第24話 秘密結社

 ざっと確認するだけでも黒魔導士が育てている魔獣は、ヘルハウンドを始めとした小型の魔獣が多くいた。頭から提灯のような疑似餌を下げた大きなカエルやら、小さなドラゴンのような生き物まで多種多様だ。


「やはり、あれか? 記念式典を襲撃するために育ててるのか?」


「可能性としては高い。種類が多ければ魔法の耐性も数多くあると言うこと。それだけ軍の対応が遅れる」


 相手を過激組織と見た場合には満点に近いほど正論だ。


 しかしながら、俺が双眼鏡で観察する範囲で違和感があった。


 黒魔導士たちが大規模な施設を作っているのにも関わらず、監視塔などの外敵を早期発見するための施設はなく、見張りすらいないのだ。


 それはまるで、自分たちは悪いことをしていないという証左に思えた。彼らの行動が堂々過ぎるのである。


「ラハヤさんとモイモイはどう思う? やっぱ悪巧みをしてると思うか?」


「冒険者であった私から言わせれば、あんなに種類が多いとなると、どうしても対策は後手に回りますね。地下迷宮で今みたいな状況に遭遇したら一時退却をせざる得ないと思います」


「猟師としての意見だけど、私としては森を荒らす魔獣が闊歩してるのは異常だと思うかな。狩猟小屋で他の猟師がいなかったのも、魔獣が怖くてこの狩場の依頼は受けなかったんだと思うし、そうなれば悪循環だよ」


 どうしたものかと俺は悩んだ。ラハヤもモイモイも間違ったことは何一つ言っていない。そればかりか、多角的な見方から導き出された正論なのだ。


「良し、こうしよう。俺とキセーラが敵に気づかれないように接近して敵を制圧する。ラハヤとモイモイは俺たちの援護。俺とキセーラが討ち漏らした敵を制圧してくれ」


「シドー、殺しは有りか?」


「あー、うん。……殺しはなしにしてくれないか? 一度、相手を殺してしまえば後戻りは出来ない。もし、相手が絶対悪じゃなくても仇を討とうと徹底抗戦するかもしれないし、そうなれば俺たちが大怪我をする」


 俺がこう言った背景にあるものは、自衛隊を辞めざるを得なかったことを背景とするだけではない。人間誰しも味方が過度に傷つけられたら激怒する。そのような極当たり前な常識によるものだ。その一線は相手を殺傷するか、しないかである。殺すのは魔獣だけだ。


「急所を攻撃するのは、なしってことだよね?」


「それなら私は大人しくしていろってことですね」


 ラハヤは納得したが、モイモイは不満があるようだ。流石、放火魔は頭のネジが溶けていらっしゃる。こいつが良からぬことをしでかさないか俺は不安だ。


「じゃあ、二手に分かれて制圧しよう。俺とモイモイ、キセーラとラハヤだ」


「了解した。ラハヤには隠蔽擬態インビジブルを掛けよう。これなら魔獣が暴れたりはしない」


 俺たちは黒魔導士の魔獣牧場を制圧するべく、崖下へ静かに降りて行った。


 黒魔導士の魔獣牧場は小屋が乱立し、身を隠せる場所は多い。


 俺は小屋の角に立つ黒魔導士の背後に静かに立ち、裸絞で頸動脈を締め上げると失神させた。


「上手いものですね。こうもあっさり制圧するとは」


「まあ、昔習ったからな。俺は人一倍真面目だったし、格闘徽章だって持ってたしなぁ」


「カクトウキショウ?」


「あー、格闘上手でしょう。……みたいな?」


 余り上手く説明できていないような気がするが、つまりはそんな感じだ。


 キセーラとラハヤのチームを見る。


 二人とも隠蔽擬態インビジブルにより姿は見えないが、ひとりでに黒魔導士が失神していく様から考えると上手くいっているようだ。


 俺とモイモイは静かに歩き、黒魔導士たちを失神させていく。一人、また一人と俺は黒魔導士たちを気絶させていった。


 ここまでは上手く行っている。五人目の黒魔導士も制圧した。華麗に敵を失神させる己を褒めたいぐらいだ。異世界に来てから一番輝いていると言っていいだろう。


 小屋を通った時のことだ。


「シドーさん! 後ろ、後ろ~!」


 モイモイが俺に注意喚起をする。俺の背後から致命の一撃を加えんとする黒魔導士が立っていたのだ。


「……あ、やべ」


 油断していた。まさか小屋で寝ていた黒魔導士が、急に起きるなど思いもよらなかったのである。


「お兄さん危ない!」


 ラハヤが隠蔽擬態インビジブルを解いてクロスボウを構える。

 

 そして――ラハヤが引き金を引いた。


 すとんと俺の胸に矢が刺さる。


「「「「……あ」」」」


 傷口から鮮血が流れた。


 全員が全員、口を開けて固まる。俺も口を開けて放心していた。


 俺に危害を加えようとした黒魔導士さえも、口を開けてその場で固まっていた。

 

 ラハヤが焦り顔で早歩きに駆け寄る。俺と目を合わせられないほど動揺していた。


「……あ、あの、お兄さん。ご、ごめん、ごめんね?」


 彼女は黒魔導士の腕を射抜こうとしていたのだ。それは分かるが、彼女が射抜いたのは俺のハートだった。一発だけでも誤射である。


「大丈夫、大丈夫だよ、ラハヤさん。矢なんて抜けば治るから。…………ゴ、ゴッフゥッ! ゴッフォッ、フォ~!!」


 ……あ、やばい、辛い、痛い。


 俺は気道に溜まる血を感じながら、吐血し、その場に蹲った。まるで泥酔して吐き散らかす高齢者。

 

 俺の背後の黒魔導士も、その場でオロオロと困っているようだった。


「丁度いい。そいつにここで何をしているか尋問しよう」


 キセーラが黒魔導士の首にナイフを当てて脅す。


 俺たちは一時小屋へ入った。


 その黒魔導士の女性が言うには、この魔獣牧場は次のような理由があったらしい。


「あ、あの、この牧場は無差別破壊とか目論んでのことじゃなくて……」


「違うなら何なんだ?」


「その、信じてもらえないかも知れないんですが……。魔獣を如何に美味しく食べるかを研究する組織でして……」


 彼女の話す組織の目的は信じ難いものだった。


 俺たちは顔を見合わせたが、情報を整理する暇さえない。


「曲者じゃぁ!! であえ、であえ~!!」


 黒魔導士たちが小屋を包囲する。


「これは窮地ですね。シドーさん、どうします?」


「仕方ねえ。牧場に一発でかいのブチかましてやれ」


 モイモイが嬉々として外に出る。


 そして、詠唱を始めると杖を高らかに構えた。


「世界の核たる焔よ、汝の力の一片を今ここに示せ!! 焔核(マントル)!!」


 魔獣牧場の中央に巨大な炎球が出現し、牧場の魔獣たちと魔獣厩舎を吸い込んだ。直後に大爆発が巻き起こり、熱風が俺たちの肌を撫でる。


「相変わらず、やっべえな」


「いやぁ、すっきりしました!」


 モイモイの魔法を前に、黒魔導士たちは杖を捨て跪いて降伏した。


「我々は悪の組織ではない! 断じてない!」


 魔獣牧場の長が弁解する。


「じゃあ、あんたたちは何なんだ?」


「儂らはただ、魔獣をどのようにすれば美味しく食べられるか、研究しておるだけじゃ!」


「そうだ、そうだ!!」


「俺たちの名は!!」


「魔食会!!」


 ポーズを取って熱弁する黒魔導士たちが言うには、彼らの正式名称は『魔食会』と言うらしい。魔獣を美味しく食べる会の略だそうだが、魔獣の脱走を許している以上は迷惑組織だ。


「……で? なんで魔獣なんかを?」


「魔獣と言うのは肉が臭く、食用には適しておらん。それは食べるものに起因すると、儂らは考えた。だからこそ! 飼料を研究し、美味しい魔獣を育てようと儂らは考えたのじゃ!」


 秘密結社、魔食会の長が言うにはこういうことらしい。


 魔獣は肉が臭くて不味く、それを如何に美味しく頂けるかを研究してこそ魔獣の存在意義がある。そのためには地下迷宮から連れ去った魔獣を使って繁殖をし、研究した飼料を以て、美味い魔獣を作り魔獣食を大陸中に広める。それが魔食会の設立理念であった。


「これぞ! 世界を震撼させる黒魔導士の野望なりや!!」


 そう言って胸を張る魔食会の長だった。


「お兄さん、どうしよう? 冒険者たちに突き出した方がいいのかな?」


「うーん、どうしたものか」


 俺は悩んでいた。この黒魔導士たちは馬鹿なだけで、一般市民に危害を加えようなどとは思っていない。それが手に取るように分かるのだ。


「そう言えば、フィリバールも熟成肉の研究をしておった!」


「え? フィリバールも?」


「そうじゃ若者よ! フィリバールは鴨肉を熟成させるように、悪霊や怨霊を獣に憑りつかせて熟成させる調理法を思いついたのじゃ!」


 魔食会の長が言うように、獲った鴨を腐る寸前まで熟成させる猛者はいる。だが、魔王候補だかを自称していたフィリバールがそうだとは誰が思い至ろうか。


「そのフィリバールさん。俺、やっちゃったんですけど……」


「何? あのフィリバールをやったのか!?」


「ええ、もうさっくりと……」


 何だか胸が痛い。


「まあ、奴はリッチーじゃったからなぁ……」


 俺が罪悪感に胸を痛め、魔食会の長が驚いている時にその報告はやって来た。


「ナッセさん!! 大変です!!」


「なんじゃ!?」


「大型の魔獣が逃げました!! ベヘモスも、グリフィンも、コカトリスも、ドラゴンも!! 全てです!!」


 その報告は強力な魔獣が、世界各地に散らばることを意味していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る