第23話 不穏


 俺がストーカー被害に遭ってから二週間後。


 場所はトルリア連邦領の街道、時刻は昼前である。俺は海岸線沿いの街道に馬車を走らせていた。


 あのストーカー日記も焼却処分済みだ。あれは燃やしてもいい本だから、モイモイに燃やさせた。


 キセーラは『必ず役に立つ』と言うから同行を許したが、ラハヤとモイモイは変質者対策を徹底している。


 例えば夜になればキセーラを縛って俺に近づけないようにするとか、俺に媚薬を仕込みそうなキセーラに料理を作らせないといった具合だ。


 キセーラへの扱いが酷いと思われるかもしれないが、昼間から俺に対して過度なスキンシップをしようとするのだから必然である。


「もっとお前の扱いが酷くなっても俺は知らんぞ」


「これぐらいの触れ合いなら良いではないか」


 キセーラの顔が近いし、腕にすがりついているせいで馬車を御し難い。


「やはり燃やしましょうか?」


 荷台からモイモイが杖を構える。


「止めろ、俺も燃える」

 

「お兄さん、あれがバレーナ?」


 ラハヤが指さす方向に大都市が見える。


「ああ、あれがそうだろう」


 海ノ都の装飾語に相応しく、漁業の街で海に面したトルリア連邦の首都だ。


 白壁に青い扉や木窓、そんな箱型の家が沿岸に立ち並んでいる。美しい街並みだ。


「あの話を聞いても南に向かうとはな。すぐにでも精霊国に行くのかと思ったぞ?」


「そりゃキセーラのことを信用したとしてもだ。俺が疑われてるなら、すぐに行くわけには行かないだろ。だって実際に黒魔導士でダークエルフの知人がいるんだからさ」


「なんだ、てっきり海に行って私たちの柔肌を見るための口実を――」


「フンッ!」


「あだっ!?」


 拳骨を脳天に受けたキセーラが蹲る。


「神鯨伝説があるらしいから来ただけだっつーの」


「お、女にも容赦ないんだな。……ふふっ」


 嬉しそうなキセーラの顔に俺はガチで引いた。このエルフは二五〇年も処女を守ってきたせいで性癖を色々と拗らせている。拗らせた女ほど恐ろしいものはない。彼女の危ない目が、それを物語っていた。


 この世界の女は頭おかしい奴しかしないのかよ。


「シドーさん、シドーさん」


「どうした?」


「旅費がもうほとんどないです。共用の財布に銀貨二枚と青銅貨二三枚しか残ってません」


「あれ? もうちょっとあったろ?」


「お兄さん、途中で村や小さな街を経由したでしょ? そこでキセーラさんがちょっと……」


「一人で豪勢な食事や間食摂ってましたからね、そこの淫乱」


 ラハヤとモイモイから衝撃的な報告が飛んでくる。


「お前か、キセーラ」


「またお金を稼げばいいだけの話だろう?」


「数百年あの狩場に籠ってた弊害ですね、これは。金銭感覚狂ってますよ」


「まあ、また皆で依頼を受ければ……」


 俺とモイモイが呆れ、ラハヤがフォローを入れるがキセーラは自信満々な顔を崩さない。前にドヴァさんが、エルフは頭逝かれだと言っていたが、今ならそうだと同調するだろう。


 門兵に滞在許可証を見せ街に入ると、白い街の景観が視界に広がった。


 遠目から見えただけでも美しい街並みは、日の光を一心に受けて尚輝きを増している。今日は天気も良く、海も近いので潮の香りも漂ってくる。


 民家には魚が暖簾のれんのように吊るされ、街の人々は日に焼けた褐色肌だ。模様が美しい服装は簡素で開放的である。


「もう夏だもんなぁ……」


 日中の気温がだいぶ高くなってきた。ちょっと動くと汗ばむぐらいだ。


「夏と言えばこんな話を知っているか?」


「なんだ?」


「トルリア連邦が帝国やドワーフたちと共同で魔導飛行艇を作ったんだ。それが夏から運行される」


「それは興味がありますね」


「この国で情報を集めた後は一旦帝都に戻るのも有りかな? お兄さんはどう思う?」


「一考の価値はあるな」


 宿屋を見つけ馬車を預ける。

 

 共用の財布は空っぽになってしまった。早急に狩猟組合へ赴き、依頼を受けねば軒先に干された魚のように、俺たちも枯れ果ててしまうだろう。


 トルリア連邦の狩猟組合前に着く。


 この国の狩猟組合の建物も白壁で青い扉と窓である。屋根も青く綺麗だった。


 受付嬢たちも開放感溢れる露出の多い服装で、非常に目に嬉しいが目のやり場に困る。


「俺たちは帝国から来たんですが、登録はどちらで?」


「ああ、帝国の猟師さんですね。こちらへどうぞ」


 俺たちはカウンターに行き、トルリア連邦で狩りをするために登録をする。


 胸の小妖精のバッジから小妖精ピクシーが姿を現した。俺だけでなく、ラハヤとモイモイ、キセーラのバッジからも。


 夜になると勝手に小妖精ピクシーは遊んでるらしいが、久しぶりに見た。


 小妖精ピクシーが受付嬢の周りを飛び回り、何かを伝えているようだ。受付嬢の耳を注意深く見ると、魔石が嵌められたインカムのような装置を付けている。


「モイモイ様は銅の兎に昇格です」


「やっとですか」


「全員分の手続きは終わりました」


「その小妖精ピクシーたちって何て言ってるんです?」


「まあ、下世話な話も伝えて来るので……」


 受付嬢が苦笑いして言葉を濁した。俺たちのことをしっかりと、この小さな妖精たちは見ていたということだ。


「お兄さん、この依頼なんてどう?」


「どれどれ……」


 ラハヤが見せる依頼書にはこう書かれていた。


『農作物被害軽減のために害獣をとにかく狩ってくれ。場所はバレーナ近郊の山だ。報奨金は狩ったものの種類や数で決める』


「我々は四人と一匹。この依頼なら一気に稼ぐこともできるだろう」


 キセーラもこの依頼を受けるのに一票を投じた。


「私も賛成です」

 

 モイモイも賛成のようだ。


「これにするか」


 俺たちはこの依頼を受諾して狩場に向かった。


 今回の狩場はトルリア連邦のバレーナ近郊の低山帯。この国特有の自然は、想像を超えて厄介だった。


 眼前に広がるのは密に茂る樹木やツル植物で、幹が二股に分かれたところから着生植物が茂っている。この森は湿度も高く、気温も体感で二七度ほど。日本のじめっとした夏に似ている。


 俺たちは汗を流しながらジャングルを進む。


 悪路を進み疲弊した俺たちへ追い打ちを掛けるように、小型の魔獣が現れては襲って来た。


 現在も俺の前方四〇メートル先に、唸り声を上げる魔獣がいる。


 黒毛の野犬の姿をして、炎のような魔力を揺らめかせている魔犬ヘルハウンドだ。


 俺は薬室に一発装填すると猟銃を立射に構えた。


 ズバァーン!!


 銃声が轟き、弾丸がヘルハウンドの首を貫通する。


 森に入ってからこの魔獣を仕留めたのは、今ので四匹目だ。


 ラハヤが三匹、キセーラが四匹、クーが一匹と全体で仕留めた数は軽く二桁を超えている。


 そのどれもが、ラハヤを見た途端に襲い掛かって来た。ラハヤから香るのは虫よけの香草の匂いぐらいだが、魔獣が好む匂いでもするのだろうか。


 流石に多過ぎる気がしたが、猪を狩るより効率良く金を稼げるのは喜ばしい。


 ラハヤが狼煙矢を上げてゴブリン出張回収サービスを呼ぶ。


「狼煙矢、上げといたよ」


「……ああ、ありがとう」


 蒸し蒸しと暑い。皮鎧を脱いでしまいたい。


 ラハヤは既に緑のフード付きマントはおろか、ベストのような布服まで脱いでいた。


 だが、暑すぎて彼女の谷間をチラ見する余裕すらない。


「シドーさーん」


「どした?」


「……私の水が切れました」


 モイモイが皮製の水筒をひっくり返して、水が切れたことをアピールする。彼女の服装は見ているだけでも暑そうだ。汗でローブがひっついている。


「水ならクーが予備の水筒背負ってるから、それを取ればいい」


「シドー、ちょっといいか?」


 キセーラが俺を呼んだ。彼女だけは涼しい顔をしている。


「なんだ?」


「魔獣が多過ぎる。それにこの山はおかしい気がするんだ」


「一旦下山するか? それとも狩猟小屋に戻るか?」


「これがラハヤに掛けられた呪いだとしても、この魔獣の遺骸に違和感を覚えないか?」


「なんだ? 切り上げる話じゃないのか」


 暑さのせいで思考が鈍っている。話が少し噛み合っていない。


 キセーラがヘルハウンドの遺骸をずるずると引きずり、俺の前へ投げた。


 遺骸をよく見ると、耳に標識のようなものがついていた。それは家畜の牛や豚の耳につける耳標じひょうのようなタグだった。


 番号は二七四。


「こいつらが自然発生しただけの存在に見えるか?」


 キセーラの問いに俺は首を横に振った。


「こいつら、家畜に見えるな。魔獣が獣の群れに混じっているのは、土地柄かと思ったが」


 だが、家畜であったと仮定しても、こいつらの肉なんて食えやしない。 


 如何なる種類であっても、魔獣の肉は腐臭がする。利用できるところは皮や牙、骨、胃から獲れる魔石だけだ。倒した後は埋設処理をする冒険者も多いと聞く。家畜にしたところで何になると言うのか。ペットにでもする気だろうか。


「お兄さん、ゴブリンさんたちが来たよ」


「ああ、分かった」


 俺はヘルハウンドの遺骸から耳標を外し、腰袋に入れた。


 ゴブリンたちがヘルハウンドを荷車に乗せて帰るのを見送る。


 急に激しい突風を伴う豪雨が降り始めた。視界が悪くなるほどのスコールだ。ピカッと空が光り、雷も鳴り始めている。木の近くは危険だ。


「こっちに洞窟を見つけました!」


 モイモイが見つけた洞窟に避難した俺たちだが、全員が濡れに濡れていた。


 モイモイが火を魔法で起こす。女性陣は衣類を脱いで体を拭き、服を乾かしているようだ。彼女たちの話し声が聞こえるが、聞き耳は立てていないので内容までは分からない。


 俺は洞窟の入り口に座ると、雨空を見上げた。気温も三、四度は低くなっている。


 次の行動をどうするのかという疑問もあるが、それよりもヘルハウンドに付けられていた耳標が気になる。


 俺は耳標を腰袋から取り出し観察した。


 表面は二七四と書かれた番号。裏面は七芒星の中央に口のマーク。牧場経営者が考えたマークというよりは、オカルト研が必死になって考えたマークに見える。


「お兄さんの持ってる、それはなに?」


 バスタオルで身を包んだラハヤが隣にしゃがんだ。


「魔獣の耳についてた耳標、だと思う」


「やっぱり私のせいで魔獣が寄ってくるのかなぁ」


「ラハヤには魔獣ホイホイの称号を与えましょう! あ、シドーさん、これお昼ご飯です」


「ああ、ありがと」モイモイから手渡された乾パンをかじる。モイモイもラハヤと同じようにバスタオルを羽織っていた。彼女はプールから上がった中学生に見える。色気もなにもありゃしない。


「……魔獣ホイホイ」


 ラハヤが気落ちする。モイモイは決して悪口で言った訳ではない。思わぬ収穫で小金が稼げることを喜んでいるだけだ。ただ、些かデリカシーに欠ける言葉ではある。


「シドーさんの持ってるそれ、七芒星が描かれてますね。ラハヤの内股にある紋章も七芒星でしたよ」


「そうなの?」


「あれ、そうだっけ?」


 ラハヤが後ろを向く。


「あ、ほんとだ」


 バスタオルを広げて内股にある紋章を確認しているようだが、俺の近くで確認するのは止めて頂きたい。良からぬ想像をしてしまいそうだ。


「ラハヤ、モイモイ、二人の服が乾いたぞ。そこの男が居た堪れない顔をしているから早く着てやれ」


「うん。すぐ行くよ」


「そうなんですか?」


「さっさと行け」


 ラハヤたちと入れ替わりでキセーラが隣に来た。


「残念だったな。私は服を着ている」


「馬鹿言ってないで、要件を言え要件を」


「……そう急かすな。さっきの魔獣のことなんだが」


「やっぱり人為的なのか?」


「こんなことをする奴は黒魔導士しかいない。だから提案なんだが、雨が上がったら今日は狩猟小屋に泊まって翌朝探索をしないか?」


「危険なことは嫌なんだが」


「黒魔導士の悪事を解決すれば、シドーの潔白は証明できるはずだ。今後、精霊国に行かないつもりであるなら解決しなくてもいい」


「ラハヤさんのこともあるし、どうするかな」


 これから先、精霊国に行くことはラハヤに掛けられた呪いを調べる上で重要である。


 しかし、入国した直後に捕まりたくはない。


「もっと理由をくれてやろう。夏に魔導飛行艇が運行されると私は言ったな? その記念式典には各国の君主や首脳、要人がこぞって参加する。あの魔獣が人為的に繁殖されたものだとしたら、それらが式典に放たれたらどうなると思う?」


「大惨事だよな」


「まあ、シドーに聞く前に二人に話したから、行く選択しか残ってないんだ」


 キセーラは勝手に話を進めていたようだ。


「……俺が居ない間に決めやがって」


「布一枚の女の中に加わりたかったのなら、シドーのことも呼んだぞ?」


 キセーラの性格は変態で意地が悪い。なので彼女の揶揄からかいはスルーである。


「まあ、行ってみるか」


 俺は奥地へ探索することを決めた。

 

 こうして狩猟小屋に戻り、翌日の早朝である。


 俺たちは魔獣を狩りながら進むと、開けたところに出た。


 二〇〇メートルほど先の小屋が建ち並ぶ場所には、黒魔導士がわんさかいた。


 双眼鏡を覗き人数を確認する。ざっと見えるだけでも二六人いる。


 彼らは魔獣の繁殖をしているようで、良からぬことを企んでいるのは間違いなさそうであった。

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