『青鬼』 一

―― メモ ――


『モルベロチェ号事件』。


~ 統合暦二三〇二年一月二十日 一四時二五分 ~


 ベルパスパ王国沖を航行していた魔導旅客モルベロチェ号が何者かの襲撃を受けた。


 突如発生した魔力嵐により、船周辺の海域で転移魔法が使用不能となる。

 モルベロチェ号に準備されていた脱出用の小型魔導船やゴーレムが破壊されているのを船員が確認。

 

 脱出不能となった船内に海中から現れた賊数十名が侵入し、客や船員を斬殺。

 騎士や高位開拓者もいたが何れも客達と同様に殺されている。


 そして最大の問題は乗客の中にアッパネン王国のクラス王子とその婚約者であるトルエルテ王国のキーバス王女がいた事だ。


 パム事件後から続くベルパスパ王国との交渉の為に王都パスパグロンへ向かう途中だった彼らは、生きたままその皮を剥がされ、針と糸で抱き合わせの姿に縫われた後、油を掛けられて燃やされたという。


 この事件の顛末を語ったのは、キーバス王女の護衛を務めていた騎士の男だった。

 四肢ししを切断され、口には犯行声明を詰め込まれて、木箱に詰め込まれた状態で置かれていたそうだ。

 

 なお、早朝不運にもその姿を発見した散歩中の老夫婦は、悲鳴を上げながら警衛隊の詰め所に駆け込んだという。


 そして騎士の傷口に詰め込まれていた犯行声明の紙には鮮やかな赤い口紅で、『新生魔王軍』の名が記されていた。


* * *


~ 統合暦二三〇二年四月十二日 二〇時 ~


 ジョピプスの細剣さいけんの青い刃が向かい来た魔導剣ごと男を両断する。

 男の血飛沫の向こうから飛来した風の刃を斬り捨て、神速の踏込みで女の首を斬り飛ばした。


 ジョピプスの魔法の光が奥を照らす。


「いやだ! こないで! こないでよ!」

「……」

「あ」


 汚物を濃縮したような臭気が鼻を突く。

 魔法で作られた石の地下牢に閉じ込められているのは、ボロボロの姿の少年少女達。

 ジョピプスにおびえる者、怯える事さえ出来ない程に壊された者、そして彼らを守るように前に立つ腕の無い少年。


 貴族会所属の捜査官であるジョピプスは彼らに言葉を掛ける事無く、その手に握る細剣さいけんで太い石の格子を細切れにした。


 素早くジョピプスの部下達が囚われていた者達の救助に当たる。

「もう大丈夫だ」「私達はあなた達を助けに来たのよ」と声を掛け、迷宮ラビリンスの出口へと連れて行く。


 その光景に背を向けて立つジョピプスの前に、腕の無い少年が立った。


「何だ?」

「ありがとう。助かった」


 少年の強い瞳がジョピプスを見ている。


「俺はライモンドだ」

「そうか」


 少年は頷き、去って行こうとした。


「【騎士 ジョピプス・キーソード】。捜査官だ」


 もう一度少年は頷き、今度こそジョピプスの部下達と一緒に迷宮ラビリンスの外へと去って行った。


 新生魔王軍はモルベロチェ号事件で存在を世間に知らしめた後は、地下に潜り暗躍を続けている。 


 事件以降、大小数多くの犯罪で新生魔王軍を名乗る輩は現れた。だがその半数は山賊や川賊かわぞく、愉快犯からただのチンピラ等であり、旧フラレント王国とは関係の無い偽物であった。


 しかし。


「チッ、商品に逃げられてるじゃねえか」


 通路の奥から現れたのは鬼人オーガの巨漢と、彼に率いられた川賊達。

 そしてジョピプスが無言で放った突きを弾いた、森人エルフの剣士。

 

「ガダバン殿退かれよ。この男、貴殿の手に負える相手ではない」

「おいおい魔族野郎、誰に向かってそんな口利いてやがる。この無敵の」


 瞬間、ジョピプスの細剣が青い刃の軌跡を描いた。

 剣士以外の者達の首が地面に転がり、飛び退った剣士が半ばより断たれた剣を構えた。


「投降しろ魔王軍。知っている事を話せば適正に処分してやる」


 ジョピプスが強く左手の拳を握り、強い柑子色こうじいろの魔力洸が発せられる。

 眩い黄橙色の輝きに半歩退いた剣士は、しかし背を向ける事は無かった。


「我らフラレントの無念を果たすまで、決して屈する事は無い!!」


 剣士の体が爆発したかのように膨張し、黒と黄の斑模様まだらもようが肌に浮かぶ、筋骨隆々とした巨躯の姿へと変わる。


―― 魔王から与えられた眷属の力の発現。


 腕力は魔獣を凌駕し、その皮ふの強靭さは戦闘装甲ゴーレムさえ上回る。


「行くぞ!!」


 剣士、いや魔族の右拳の一撃をジョピプスの左拳が迎え撃った。

 激突した力の爆発が迷宮ラビリンスを破壊する。

 荒れ狂う暴威の中を飛燕のように軽やかな軌跡を描いた細剣の刃が魔族の右手を斬り飛ばした。


「な!?」

「ここからは手加減無しだ。くたばれ」


 ジョピプスの左足が魔族の下顎を蹴り上げた。


* * *


 ベルパスパ王国の辺境に在る、パスパ川沿いの朽ち果てた漁村。

 石造りの家屋が幾つか残っているが扉は壊れ窓は破れ、廃屋然とした姿を晒している。


 旧村長宅の隠し扉から貴族会軍兵士 達と、助け出されたライモンド達が外へと出た。


 広場に止めた軍用馬車を目指して進む彼ら、その耳に風切り音が聞こえた。


「伏せろ!!」


 兵士の一人が防御結界を展開すると同時、眩い爆炎が周囲を埋め尽くした。


「伏兵、しかも戦闘装甲ゴーレムって勘弁しろよ」


 兵士の結界は間に合って怪我をした者はいない。

 しかし透明の障壁の向こうに彼らを取り囲む五体の巨人、戦闘装甲ゴーレムの姿が見えた。


捨て犬ストレイドッグ。多分、記録の無い民ツポーシャよ」

「分かってる」


―― 戦闘装甲ゴーレム『捨て犬ストレイドッグ』。


 捨て犬ストレイドッグは作品名ではなく、総称を指す言葉である。

 制式から逸脱したゴーレムの合成獣キメラとでも呼ぶべき外観は、ジャンク品や闇市場で調達された寄せ集めの部品で組み上げられた為である。


 そしてほぼ全てが登録の無い違法な物であり、当然使う者もまっとうな者達ではない。


 だが正規品と比べ性能が劣るかというと、一概にそうという事は出来ない。

 稀にだが正規品を凌駕りょうがする性能を持つ物も存在するのである。


 そして流民であり裏の世界で暗躍する記録の無い民ツポーシャの使う捨て犬ストレイドッグは、軍関係者には『警戒すべき物』としてよく知られていた。


「馬車は無事です。どうしますか?」

「相手は記録の無い民ツポーシャだからな。これ見よがしに姿見せてるゴーレム以外に、何かあると考えた方が良い」


「川賊の残党という可能性は?」

「無い」


 人の気配が集まって来る。

 姿は見えず音もしない。

 手練てだれ達だ。


「馬車まで強行突破しますか?」


 その場合は結界が使えない。

 集中砲火を浴びて全滅だ。

 奇跡的に馬車に辿り着けたとしても、兵士達以外の、助け出した者達は確実に死んでしまう。


 指揮官の兵士が拳を握り、考え、決断を口に出そうとした時だった。


(「僕が出ます」)


 兵士達の頭の中に誰かの念話が響いた。

 

 強く唇を噛み、息を吐いて、兵士は言葉を出した。


「頼む」


 ……。


 それは軍用馬車の中に置かれた整備匣せいびこうの中で目を開けた。


 全長2m、青色の鋼の機兵が立ち上がる。


―― 封印睡眠解除。

―― 対邪血清注入開始。


―― 最終拘束解除。


『出ル』


 一瞬だけ解除された結界の上部の穴へ、口から朱い劫火を吐き出すと同時に跳躍した。


 上空から地上を俯瞰ふかんした機兵は捨て犬ストレイドッグの一体に狙いを定める。


―― 左腕土錬玉どれんぎょく起動。


 地上から捨て犬ストレイドッグ達の魔導砲の攻撃が集中するが、機兵の左手に展開した円盾が防ぎ止める。


―― 右腕火錬玉起動。


 眼前に立つ捨て犬ストレイドッグの脳天へ、赤い洸に包まれた拳を振り下ろした。

 溶かし抉られ左右に分かたれた捨て犬ストレイドッグが倒れ地響きが上がる。


 機兵用魔導剣を抜き襲い掛かって来た三体の捨て犬ストレイドッグの包囲を抜け、後ろに下がり魔導砲を構えた捨て犬ストレイドッグの胸部を右手刀で貫く。


 爆散した捨て犬ストレイドッグの影から襲い来る魔導矢まどうしと魔法を回避。


 四方から襲い来た覆面の襲撃者達を左右の手刀で斬り捨て、口から放った劫火で吹き飛ばした。


 機兵用魔導弓を持つ捨て犬ストレイドッグが鏃の先を兵士や助け出された者達へ向ける。

 それに気を取られた瞬間、別の捨て犬ストレイドッグが口から放った拘束鎖に絡め取られてしまった。


 転倒こそ免れたが鎖は電撃を放ち、そして空間に固定されたように全く動かなくなってしまった。


(拘束用の結界。電撃は問題無いが、破るには十数秒が必要か)


『そうだ大人しくしろ。あいつらの命が惜しければな』


 初めて捨て犬ストレイドッグの操縦者が発した声は、濃い愉悦を含んでいた。


 自分より弱い者がいる事が嬉しい。

 自分より弱い者を甚振る事が楽しい。

 何度も何度も外道を重ねて来た者の、腐り切った汚泥の魂が発するものだった。


 二体の捨て犬ストレイドッグが魔導剣を振り上げる。

 その先には魔導弓を構える機兵がいる。


―― 背部風錬玉、心部水錬玉全力起動。


 全体を軋ませながら左手の自由を勝ち取った。

 掌をゴーレム達へ向け、左手を瞬時に砲形へ変える。


『っ、きさまっ』


 慌てて魔導剣を振り下ろすがもう遅い。


(戦場をたのしむ者は戦場に喰われて死ぬ)


 黒衣の騎士の「くふふ」という笑い声が脳裡に響く。


―― 複合式重加圧魔導砲【ホーリーソード】


発射シュート


 白亜の閃光が三体の捨て犬ストレイドッグを呑み込んで行った。


 輝きの収まった後、閃光の軌跡をなぞるように抉れた地面にゴーレム達の姿は無かった。


 機兵の中で警告音アラートが鳴る。


―― 対邪血清残量20%。


 腰部排気口から甲高い排気音が響き、壊れた左手からは蒸気が立ち昇る。


 もうここに敵の姿は無い、が。

 

 地面が揺れる。

 そして元村長の屋敷を粉砕し、黒と黄色の斑模様をした怪物が翼を広げ空へと飛び上がって来た。

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