大人達

 振り向いたペローネの目に映ったのは、憔悴しょうすいし切った作務衣姿の錬金術師の青年だった。


「にっ、だ、大丈夫ですか!?」


 ふらふらと今にも倒れそうな猿神楽さるかぐらに駆け寄り、右肩を当てて支える。


「ちっ、心配ねえよ。二週間徹夜しただけだ」

「それ大丈夫じゃないです!」


 ペローネは猿神楽を抱え上げ、事務スペースに置かれたソファの上にそっと横たわらせた。


「強化魔法が上手くなったな」

「お陰様で」


 収納から毛布を出して猿神楽に掛け、簡易コンロに水を入れたポットを置いて湯を沸かす。

 その間に茶葉と急須を用意して、湧き上がったお湯でほうじ茶を淹れた。


「はいどうぞ」

「おう」


 一口、二口でカップの中身を飲み干した猿神楽はすぐに目を閉じて、眠りの世界の住人となった。


 ペローネが頭を撫でるが反応しない。

 それが嬉しくて、申し訳ないとも思ったが、楽しかった。


「あ、ペローネ様」

「ゼブさん、お邪魔しています」

 

 買物籠かいものかごを抱えたメイド姿の少女。

 トテトテと歩いて近寄って来て、ソファで眠る猿神楽の姿を見て呆れた声を出した。

 

「もう、だから寝て下さいって言ったじゃないですか~。まったく、変な所で頑固なんですから~」


 買物籠を事務机の上に置き、取り出した林檎を放った。

 ペローネの手刀が閃き、皮を剥かれ綺麗に切られた林檎りんご

 整然と並んだ林檎の兎達に、ゼブが拍手を送った。


「お見事です~。もうそこらの半端者はんぱものじゃ相手になりませんね~」


 傷一つ無い皿も見てゼブは満足そうに頷く。

 林檎を放ると同時、死角を経るように高速で投げた硝子皿だったが、ペローネの左手は柔らかく掴み取っていた。


 ちなみにゼブは投げた硝子皿で鉄柱を両断する事が出来たりする。


「ご指導ありがとうございます。それと合格しました」

「まあ! おめでとうございます!」


 ゼブが背伸びしてペローネの頭を撫でた。


「がんばりましたね~ペローネ様~」

「うん」


―― でも、あの黒衣の騎士にはまだ勝てない。


 炎に包まれる故郷の光景が、迫り来る【清浄の刃 オヌルス・アムン】の姿が忘れらない。

 思い出すと、怖い。


「んっ」


 ゼブに抱き締められた。


「囚われ過ぎるのはよくありませんよ~。あなたはまだ子供です~。今は今出来る事をがんばれば良いんです~」

「ゼブさん……」


「大人を頼って下さいな~。不肖このゼブ、王剣十七峰の十七位ちゃんも力を貸してあげますから~。ついでにそこで力尽きている主様も~」


 すやすやと眠る猿神楽が「俺様に任せておけ~」と言った。

 寝言なのだが、妙にぴったりのタイミングが可笑しかった。


「ぷふっ、ええ、はい。ありがとうございます」


「あ! ペローネちゃん来てるし!!」

「ほんとだ。試験お疲れ。どうだった?」


 奥の通路から賑やかな大人達仲間達が顔を見せる。

 

「はい! 楽勝でした!!」


 右手でVの字を掲げると歓声が上がった。

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