試験日

~ 統合暦二三〇二年三月一日 一四時 ~


 王立学院の筆記試験を終えたペローネは、学院の修練場へ案内された。

 向き出しの土と周囲を覆う石壁と、その全てを覆う結界の洸。

 まばらに埋まる観覧席には、生徒達やそれ以外の大人達の姿が見える。

 誰もが興味深そうに、歯に衣着せず言えば珍獣を見るような視線をペローネへと向けている。


 非肯定的な色合いのもの方が多かったが、ペローネは特に気にする事は無く、眼の前に立つ試験官の男と対峙した。


「ペローネ・パムです。よろしくお願いします」

「ゴルペだ」


 鎧を纏った男、ゴルペが腰に下げた魔導剣を抜いた。

 

「ペローネ・パム受験生、そのままでいいのか?」

「はい。もちろんです」


 剣も盾も鎧も無く、ありふれた町娘の装いで、しかしはっきりとペローネは頷いた。

 ゴルペは右手に魔導剣を、左手に魔導盾を構える。


 完全武装で一回り以上も年下の非武装の少女を前にしながら、ゴルペの構える姿には一切の油断や慢心が無かった。

 茶色の瞳の中にはただ真っ直ぐ、試験官として、ペローネを見定めようとしている。


 優秀な戦士だった。

 構える姿に硬さは無く、向けられた剣の刃は揺らぐ事がない。

 魔力の波動は非常に安定しており、血気盛な未熟者とは程遠いその様子は、まさに戦場の経験を重ねた熟練者のものであった。


「それでは試験を始める」

「はい」


 観客席の熱が高まる。

 期待しているのだろうか。

 魔王に堕ちた者の血を引く少女が無様に敗北する光景を。

 或いはこの場所に足を運んだ手間に値する愉しい見世物ショーを。


 先に動いたのはゴルペだった。 

 小細工無く、疾風の片手突きをペローネへと放った。


 ヒュンと風切り音が響いた。

 鉄靴で地面を踏んだゴルペと、何事も無く佇むペローネが再び相対した。


「ペローネ・パム受験生。合格を申し渡す」


 観客席が騒めく。

 その多くはこの学院の制服に身を包む者達であった。

 彼らはペローネとゴルペが交差した瞬間にあった事が、全く見えていなかった。


 副学院長の一人であり何よりである【夕谷ゆうこくの風 ゴルペ・ラッソリア】が、魔王の血を引く娘に『合格』と告げた事が信じられなかった。

 

「見たか?」

「ああ。彼女の魔力、色を持っていた」


―― 超越的な実力を持つ者の魔力には魂の色が宿るという。


 ペローネの実力は確かに並外れていた。

 もしペローネが今この場所で狼狽えている有象無象の全員と戦うような事があっても、鎧袖一触、虫けらのように一蹴する事が出来るだろう。


 しかしそれはも同じであった。


「彼女が使った強化魔法、出力だけは大したものだったけど、制御は丸っ切りのダメダメだね。去年入学したばかりのボクの妹の方が、まだスマートに魔法を使えるかな」

「まるで品の無い暴れ牛ですわ。それでも運良く先生の剣を弾けたようですから、期待値込みでの及第点という所かしら?」


「剣も鎧も無しでラッソリア師の前に立った時はふざけた奴と思ったが納得だ。あのザマならば剣も鎧もまともに使えはすまい。寧ろ暴れ牛のように振舞う方が戦果も上がるだろう。組むのは御免だがな」


 ペローネの右腕は、肩の付け根から剥き出しになっていた。

 傷一つ無い綺麗な肌を包んでいた服の右袖は、一瞬だけ発動した強化魔法によって消し飛んでいたのだ。


「あら、ヴァスコ君が静かですわね? いつもは程度の低い魔法の使い方を目にした瞬間爆発しますのに」


 彼らの視線が端に座る少年に集まる。

 しかし眼鏡を掛けた少年は彼らに応えず、ただその視線をペローネへと向ける。


 そのペローネへとゴルペが右手を差し出して、二人は握手を交わした。


「次はこのような形ではなく、万全の君の力を見せてくれ。そして学院では是非声を掛けて欲しい」

「はい、ありがとうございます」


 頷いたゴルペに背を向けて、ペローネは修練場の出口へと足を向けた。


 筆記試験では答案用紙を埋め切れなかった。

 故郷のパムでの勉学の成績は普通より少し上程度だったが、パスパグロン王立学院の門を潜るには全く足りないものだった。

 そしてペローネは生まれて初めての猛勉強を行い、何度も徹夜をしながら、今日を迎えたのだった。


 鼻歌が口から零れていく。

 王都の中を歩く足取りが軽い。


 大勢の人込みの中を流れるように移動し、颯爽と路面電車に乗り込んだ。


 空いていた座席に座り、窓の外に流れる景色を眺める。

 時折窓に映る自分の顔が揺れると、肩まで伸びた癖の無い黒髪も踊る様に揺れ動いた。


 ガタンゴトンと電車が走り続ける。

 心地良い揺れに身を預けていると、電車は区境の門を過ぎて、工房や軍事施設の立ち並ぶ西区へと入って行った。


 駅に停まって数回の客の乗降を経ると車内にいるのは、殆どがカタギとは違う雰囲気を持つ者達となっていた。


 終点の一つ前の駅で降りて、工房の立ち並ぶ間を通る路地の先へと歩いて行く。


 独特の臭いと響き渡る金属音。

 目の合った野良猫は一目散に逃げて行き、少し悲しくなる。


 元は赤煉瓦で今は少し黒ずんだ雑居ビルの錆の浮いたドアを開いて中に入り、誰もいない一階の事務室へと入る。


「ほんと、偽装する気あるんだろうか」


 綺麗に並べられた八つの事務机と、背表紙の無いファイルが詰め込まれた壁際の棚。

 壁に掛けられた『ディカルクの錬金工房』と書かれた許可証と、エトパシアが謎植物の植えられた幾つかの鉢、誰かの描いたパスパ山脈の風景画。

 ここまでならばギリギリだが、事務机に座らされた八体のマネキン人形が異彩を放っている。


 私の気にする事ではないかと切り替えて、ペローネはロッカーの中に入り、隠しボタンを押した。

 機械音と共に少しの浮遊感覚を味わい、チーンという音と共に開いた扉の外へ出る。


 火晶石の照明が照らす、広大な秘密の地下工房。


―― 市民議会軍秘匿記載外工房第ゼロ番。

―― 通称『丸番工房』。


 格子状の棺のような戦闘装甲ゴーレム用の整備匣せいびこうが壁に立て掛けられるようにして六つ置かれており、その下を十体の作業用ゴーレムが行き交っている。

 中に納まっている一体はマックスの旋風天狗ボルテックスであり、他四体も見慣れた機体であった。

 

 しかし一体だけ、ペローネが初めて見る機体があった。

 剥き出しのフレームはまるで人骨標本のようであり、装甲と呼べるような物は殆ど無い。

 肋骨と肩甲骨だけは紅玉ルビーのような赤色をしているが、他は人骨のような白色である。

 骨のようなフレームの中を幾つもの管が走っており、それが骸のような姿とは逆の、命を持つ存在ものの力強さを見る者に印象付ける。


(やっぱりあの人の作品は凄く良い)


「そいつはお前の機体だ」

「っ、猿神楽様!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る