夜の風の中で 一
地面と空を水中のように自在に泳ぎ、巨大な口が獰猛な鳴き声を上げる。
黒い大剣を握るペローネは必死に鮫の制御を成そうと歯を食いしばるが、魔力は穴の開いたバケツの底から抜ける水のように消えていき、額から吹き出し続ける汗は血の気の失せた頬を伝い、顎の先からぽたりぽたりと止めどなく落ちていく。
―― 生体魔導剣【千軍】。
一人が多数を相手にする場合を思考、その結果として生み出された兵器システムである。
本体である多彩な兵装を内蔵した黒沈鉄の魔導大剣と、凶悪無比で獰猛、様々な姿を取る金属生命体の鞘で構成されている。
作者は鞘を「全てぶっ殺せ」という想いを込めて作り上げた。
奇襲が成功すれば心道位の実力者さえ喰らう威力を発揮する。しかしその強い破壊衝動を制御することは至難を極めるものであった。
―― 使えなければ死ね。
端的に、逆説的な力の在り方を問う作品であり、半端者が手にすれば待っているのは破滅である。
十歳の少女が手にする物では、与えられる物ではないと誰もが思うだろう。
「くああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ペローネが雄叫びを上げる。
彼女を喰らおうとした鮫が寸前で顎門を閉じ、また空中へと戻っていった。
「わ、私は、」
足はふらつき、腕は振るえ、眼はその焦点を合わさなくなった。
追い詰められている少女を止めようと、助けようとした者はジルルクが止めた。
「まだだ。今のこいつを止めていいのは、助けていいのは」
スキーラが駆け、ペローネの両肩をその両手で触れた。
「ペローネ様! 私の魔力を!」
「うん!」
スキーラが持つ異能『魔力譲渡』。
自分自身の魔力を対象に譲り渡し、回復させる力。
属性の影響を受けないこの異能の存在は、パムでは上層部だけにしか知ることを許されない秘事であった。
「私は」
鮫が再度ペローネへと襲い掛かる。
巨大な顎門が開き、生え並ぶ牙が、ペローネの視界を埋める。
「王になるんだ!!」
大剣が鉄色の魔力洸に包まれる。
ペローネの突き出した切先が、鮫の口腔の奥へと消える。
―― 鮫の中で洸が弾けた。
巨大な鮫の姿は解ける。
鉄色の輝きが収まると、大剣の剣身は大鮫の姿を刻んだ鞘の中に納まっていた。
「お疲れさん」
倒れ込むペローネとスキーラをジルルクが支えた。
「凄いお嬢さんね」
「ああ。根性のある奴だよ」
ペローネとスキーラを横たえて、エトパシアの感想にジルルクは答えた。
「さてと」
魔力で生み出した糸で千軍をぐるぐる巻きにして、それをペローネの上に置く。
「お前もお疲れさん。ご主人様と一緒に休んでろ」
ジルルクが千軍を押さえると、水中に沈むように、大剣はペローネの蔵庫の中へと消えていった。
「……あなたも相当ね」
「ありがとさん。
にぱっと年相応の笑みを浮かべた少年へ、エトパシアはでこぴんをすることで応えたのだった。
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