黎明の時 二
ある日、人間の女の人が父さんを訪ねて来ました。
僕は庭で父さんと剣の打ち合いをしていて、母さんとペローネは神殿に行っていていませんでした。
父さんは女の人と話をして、僕は素振りを続けました。
二百を数えた頃に女の人は帰っていきました。
柔らかい雰囲気の、優しげな笑みを浮かべていた人だったと思います。
でも。
その茶色の瞳は……。
* * *
~ リーシェルト公爵家宿営・要人用天幕一 ~
―― 九月二十二日午後十五時。
「はい、母さん」
「ありがとうルルヴァ」
ルルヴァはテーブルのコップに水を入れて、それをノイノに渡した。
「ペローネから聞いたけど、かなり無茶をしたんでしょ? 体は大丈夫?」
「大丈夫。それに父さんとの剣の修行に比べれば、ずっと楽だったよ」
「そっか」
「兄さん、ご飯貰って来たよ!」
サンドイッチの乗せられたトレイを抱えたペローネが帰って来た。
「はい兄さん! あとこれ!」
「ありがと」
ルルヴァはサンドイッチを頬張り、パンとトマトとレタスと蒸し鶏を薬理酒で流し込んだ。
アルコールは殆ど無く、生薬の効能が体の芯に溜まった疲れを溶かしていく、ように感じた。
「それとこれは大きな執事さんから」
ペローネが背中に抱えていたリュックを下ろして中を開いた。
その中には果物やお菓子に保存食、薬等が詰まっていた。
「兄さんに『ありがとう』と伝えて欲しいって。兄さんがいなければ助からなかった人がいっぱいいたって」
ルルヴァは灰色のリュックを受け取った。
「……」
エプスナを始めとした軍医、衛生兵達。
魔法で即座に複数の仮設病棟を作り上げた魔法士達。
赤土の大森林の中に在って、魔獣等の脅威を排除した騎士達。
そしてパムから人々を脱出させ、救ったのはリクスだった。
―― だからルルヴァは両手で顔を覆った。
「いつか絶対に」
ここに逃げ延びて来た人々全員を救けられたで訳はない。
百合の蕾には包んだ者の体力を回復させる効果があり、それによって命をギリギリで救えた者は多くいた。
だが、それでも救えなかった者、もう救うことを諦めるしかなかった者もいた。
助けて欲しいと目で訴える、いや、訴えることさえできない者達を諦めた。
ルルヴァ達は命を選択した。
いや、しなければならなかった。
「諦めることを選ばない強さを。この手に」
絶望を乗り越えた瞬間に絶望が襲い来る。
希望へ手を伸ばして立ち上がった瞬間に希望が消える。
十二歳の少年の覚悟など浜辺に作られた砂の城とでもいうように何度も、白波に呑まれるようにあっけなく、消えていく。
「必ず!!」
顔から両手を放して拳を握る。
「兄さん」
ルルヴァの顔に涙の跡は無かった。
でもペローネは知っている。
自分の兄が優しくて、でもとても強がりだということを。
「私もがんばる。私も父さんと母さんの娘で、【ペローネ・パム】だから」
「うん」
ぐぅとペローネのお腹が鳴った。
「ほらペローネも、まずはご飯を頂きましょう。強くなる為の一歩は、きちんとご飯を食べることだってお父さんも言っていたでしょ」
「はーい」
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