黎明の時 三

 天幕の外からは風の音が聞こえる。

 虫の声も鳥の声も聞こえる。


 小さな置時計の針が回る音が時々聞こえる。

 サンドイッチを食べて紅茶を飲んで、ペローネは一息吐くことができた。


 わくわくもドキドキもない。ピクニックじゃない。地獄の入り口で溺れそうになって、必死に岸に辿り着いた状態だった。

 

 お腹がいっぱいになって、だから考える余裕ができて、不安が頭の中から滲み出て来る。


 ペローネは拳を強く、強く握った。

 そうしなければならないと思った。

 

 ルルヴァが林檎りんごを手に取った。

 氷の小刀を生み出して手際よく、あっという間に小皿に六匹の兎を作り出した。


「はいペローネ。母さんも」

「ありがと、兄さん。む、冷たくて美味しい」

「ありがとうルルヴァ。……ほんと、懐かしいわ」


 ペローネは頬張り、満面の笑みを浮かべた。

 ノイノは朱の瞳を細めて、フォークで刺し、口へと運んだ。


「よくママに作ってもらっていた……」

「おばあ様が?」


 ノイノは自分の母の事をあまり語らない。

 ペローネの問いにも小さく首を横に振り、結局何も答えなかった。


 だからルルヴァも新しい林檎の皮を剥いて、また兎を作った。

 

 ペローネは少しだけ兄と母を見て、また林檎の兎を口の中へ放った。


「水よ応えて」


 手の中に水球を生み出し、変化させて遊ぶ。


 球面が波打ち魚達が飛び跳ねて、帆船が世界一周、二周。

 島が現れて冒険者達が上陸し、村ができて町ができて都市ができる。その反対には木々の生い茂る森が生まれる。

 そして水球は泡となって消えた。


 蒼い目の先には天幕の天井がある。

 見慣れていた家の梁は何処にもない。


 だからペローネは本当の意味で理解してしまった。

 踏ん張りが利かなかった。

 目が滲む。唇を噛む。涙が零れ、止まらなくなった。


「ペローネ」

「だ、大丈夫、大丈夫だから」


 兄が抱き締めてくれた。

 兄は泣かなかった。

 でも自分は無理だった。


「うっ、うっ、うぇっ」


 ルルヴァの腕の中でペローネは泣いた。


 こんこん。


 木の扉を叩く音がした。


「おーい、ルルヴァ、ペローネ、いるか?」

「はーい」


 立ち上がろうとしたペローネを押さえて、ルルヴァが扉を開けた。


* * *


~ 飛行戦艦クラディフ・貴賓室 ~


「飛燕王をあげた!? 誰に!?」


 ダンッ!! と青年が重厚なテーブルを叩き、そうすることは百も承知と、エトパシアは退避させていた皿のチョコケーキをぱくりと食べた。


「誰って、あなたの弟によ」

「な!?」


 青年は絶句。

 その後ろで彼の親友は天を仰いでいた。


「おいゼブ!!」

「はい!! 何でしょう主様!!」


「どうして止めなかった!!」

「無理でした!!」


 ……。


 その瞬間確かにこの部屋の時が止まったように感じたと、後に関係者は語った。

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