バー『フィースキオ』にて

~ パスパグロン北区・フィースキオ ~


「チェック」


 盤面の騎士の駒を進めた青年が勝利を確信し、ニヒルな笑みを浮かべた。


 トン、トン、トン。


「チェックメイトです」


 対面に座る男が置いた兵士の駒に、青年の笑みが崩壊した。


「な、ちょ、待てって!!」

「二回目だから駄目です。さあ約束ですよ?」

「クソが!!」


 青年は着ていた服を一気に脱ぎ、パンツ一つとなってピアノの横に立つ。


「さあ罰ゲームの時間です。度重なる遅刻を今こそ悔い改めなさい」

「クソ上司が!!」


* * *


 パンツ一丁で国歌を熱唱した青年は、力なくバーのカウンターに座った。


「だっせ」

「うっせ」


 憔悴し、カウンターに頭を突っ伏して項垂うなだれる。


「マスターほうじ茶」

「はいよ。なあパーナク、ここは酒を飲む所だって知ってるか?」

「わかったよ。ついでに抹茶パフェも頼む」

「……もういい」


 仏頂面となったマスターがキッチンへ去っていった。


「おいパーナク、電話だってよ」

「何だよマックス」


 青年の隣に座る巨漢が指さした方で、同僚の女が壁掛け電話の受話器を持って手を振っていた。


「何だよったく」


 律儀に向かい、受話器を受け取り耳に当てた次の瞬間、青年はバーの全体に響く程の叫び声を上げた。


「か、母ちゃんがパムに行っただと!?」


 バーの中の喧噪がピタリと止まる。

 バイトの学生の打つピアノが、我関せずとジャズを奏で続ける。


「ああ、ああ。わかった。いや、よく知らせてくれた。マジ助かった」


 受話器を置き、血相を変えて相方の巨漢へ声を張り上げる。


「おいマックス!! お前のゴーレム出せ!! あとマスター勘定はツケで!!」

「何で俺が」

「あそこは転移が使えないからだろうが!!」

「……別れた夫とその奥さんがいるド修羅場に行きたくねえよ。それに万が一ってなっても、今日はゼブさんが付いてるんだろ?」


「違うわバカ野郎!! アッパネンのアホ共が攻めて来て、おまけに【愚の小人】と【清浄の刃】が来てんだよ!! 早くしろ!!」

 

 バーの中が一気に騒がしくなった。

 少なくない者が口々に勘定を言い、慌てて出口の方へと駆けていく。

 非番の女騎士が「ちょっとパーナク!!」と肩を揺さぶるが、それを振り解いて青年もまた出口へと駆けていった。


 パンツ一丁で。


「ったく、そんな大事をこんな場末のバーでペラペラしゃべんなよな」


 巨漢もまたコートを掴んで青年の後を追った。

 客達が去り、マスターが恨みがましい視線で青年の姿を見送ったが、そんなことを気に留める者は誰もいなかった。


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