月下 三

 闇夜に輝くのは蒼の上弦。

 その月光の中でもなお赤く、パムの町の瓦礫を染める血は広くちりばめられていた。

 

 ミカゲが振るう二振り小太刀が、縦横無尽に聖銀の刃の軌跡を描き出す。

 鎧ごと細切れにされたアッパネン王国の兵士達が、バラバラの血肉となって散っていく。

 

「これでここは片付いたか」

「はい」


 風で敵を斬り刻んだ配下のくノ一が、ミカゲの声に応えた。


 ミカゲは他の配下とも合流し、生き延びた住民が集められている広場へと戻った。


 宙には魔法の灯りが浮かび、憔悴した人々を照らしている。

 無傷な者は誰一人としてなく、皆が大なり小なり傷を負い、その顔には暗い影が落ちていた。

 

「頭領に報告。ここ以外に生命反応、そして魔力反応は無いです。短期予見においても敵影はありませんでした」

「そうか。御苦労だった」

「恐縮です」


 見渡す限り瓦礫の山。

 闇の中より立ち込めるのは、鉄錆を思わせる濃い血の臭い。

 赤土の大森林では獣達が盛んに鳴き声を上げている。


「長居は無用ね。どうリクス?」


 頭上に声を掛ければ、焼け残ったはりの上に佇むリクスが目を開いた。


「ミントの言う通りもう生き残りはいないわ。地下の隠し部屋や通路は全て確認したしね」


 黄金の魔力が周囲を覆うと、瓦礫や死体が地面の中に沈み、消えていった。


「でも面倒なのが来ているみたい」

 

 リクスが紫眼を細める。

 その視線の先には地平の彼方まで続く、広大な砂礫の大地の姿があった。


「はぁ、早く戻らなくちゃいけないのに」


 聖銀の槍を抱えた物憂げな表情で、リクスは自分の黄金の髪を弄る。


「何だか楽しそうねリクス?」

「ふふふ、分かっちゃうか。そうね、さっきとても素敵な男の子に出会ったの。可愛くて、でもそれ以上に一生懸命な子。ミカゲには後で紹介するわ」


「そう、期待しているわ」

「ええ」


 リクスが聖銀の槍をクルクルと回すと、槍は木製のリュートへその姿を変えた。


 張られた弦に指を掛けて、リクスはまた紫の瞳を閉じる。

 

 十五本の弦を繊細な指達が弾く。

 優美なリクスの声がリュートの曲に乗る。

 

 地面から輝く光の粒子が現れて、天上の世界へと昇っていく。

 

 生き残った住民、その最後の人々が百合のつぼみに包まれていく。


 その彼らが祈る姿に応えるように。

 星の瞬く月夜の世界を、黄金の魔力と共に清らかな鎮魂歌が満たしていく。

 

 無数の魂の輝きは廃墟となったパムに一瞬の輝きをのこして。

 それを町の終わりへ手向けると、彼方へと去ってった。

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