最終回

伸也のぺナントレースが始まった



肩の故障が長引き 5月2日にベンチ入りし この日早速 先発投手になった


この試合を いくらかおなかの大きくなった美麗は テレビで観戦していた


伸也は 久々の登板でも 昔の剛速球が唸る キレのある変化球も冴えまくった


7回でマウンドを降りたが 勝利投手になったのだ


長いブランクの末に掴んだ勝利だった


ヒーローインタビューでも 涙を堪え 爽やかな笑顔が ファンの気持ちを明るくした


伸也は この試合の記念ボールを持つと美麗に真っ先に逢いに自宅に帰った



「ただいま」


『おめでとう さすが伸也だわ おなかの子もきっと喜んでるはずよ おなか空いたでしょ 待ってて』


「あ 今夜は 寿司でも喰いに行かないか それと勝利の記念のボールだ 受け取ってくれ」


『わかったわ ありがとう 伸也って まさに野球をやる為に生まれてきたのね』


「努力は 誰よりもしたさ 見えない努力が実をつけたのさ」


『あなたに愛されて 私は世界で一番の幸せな女かも これからも頑張ってね』


「ああ 任せてくれ 美麗とまだ見ぬこの子の為にもね」



伸也と美麗は 駅前の割烹寿司屋に向かった


爽やかな皐月の風が 二人の頬を撫でていく


新緑の香りが 二人を包む


夜空に輝く星や月が優しく二人を見守る


絵に描いたような幸せに 思わず美麗の瞳が潤んだ夜だった



この年 チームは惜しくもBクラスだったが 伸也は16勝を掲げ エースとしての仕事を終えた


そしてシーズンオフになった


それを待っていたかのように 美麗が産気づいたのだ


美麗を車に乗せ 伸也は 美麗の通う陽光大学付属病院に向かった


苦しそうな美麗の姿が 伸也の心を打つ





朝未明 明け方の病院で 美麗は男の子を生んだ


しかし 神は残酷な試練を 美麗と伸也に与えたのだった


なんと 生まれてきた男の子には 右腕が無かったのだ


あまりのショックに美麗は 3日間意識を失った


マスコミにも この事実が暴露され 公に世間に公表されたのだ


世間の風は 冷たかった


奇形児として生まれた子供を 世間はあざけ笑う


それは 金を持つ者への妬みに近いものがあったのだろう



子供の名前は 俊也と名づけられた


この子の為に・・・


伸也は 考えた末にプロ野球界から 足を洗った


誰にも祝福されることもなく 


次第に 高橋伸也の名前は この世から消え去ったのだった





















それから20年後のセリーグ・ペナントレース開幕の日


右腕の無い男が 超満員の横浜ドームのマウンドに立った


彼の名前は 高橋俊也という


バックネット裏の特別シートに 父の伸也と母の美麗が見守る


あの忘れられていた名投手 高橋伸也と同じサウスポーで 160キロ近いストレートを投げこむ



悲鳴に近い大歓声の中 伸也と美麗の息子 俊也は完封で初勝利をもぎ取った



ヒーローインタビューを受ける俊也が この日の記念ボールを左手に持ち 笑顔でファンに応える



そして大きな声で俊也は叫んだ



「僕を生んでくれたお母さん いつも見守ってくれたお父さん ありがとう」



バックネット裏から 伸也と美麗が 抱き合って嬉し涙を流していた



ーーー 完 ーーー




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美麗の幸  @izakayatikatra

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