第6話 冒険者は好きじゃない。
「やぁ、リーゼルくん。冒険者ギルドへようこそ。君のこれからの冒険者としての活躍に期待しているよ」
ジェイドは冒険者ギルドのカウンターに座る男に、にこやかに話しかけた。彼こそが、デミドラと戦っていた男、リーゼルである。
あの戦いから二週間が経っていた。
デミドラと戦いボロボロだったリーゼルはミーア達に保護され、ルーク王国の町へと連れてこられたのだ。途中、立ち寄った村で応急処置などを施されていたが、自然治癒では再起できないほどの傷を負っていたリーゼル。
しかし、それはあくまで自然治癒に任せればの話だ。
傷を癒す神の奇跡がある。ロナにはまだ、彼ほどの大怪我を治すだけの力はないが、神殿には彼よりも強力な癒し手もいる。なのでミーア達は神殿へと連れていこうとしていた。だが、恩を売りたいジェイドとしてはそれでは困る。
待ち伏せを行ったジェイドは、半ば無理やり冒険者ギルドへと運ばせた。
神にできることはジェイドにだってできる。
一週間も経たずに、リーゼルは全快してみせたのだ。
「ジェイドさん。あなたには助けてもらったし、感謝もしている。けれど僕は、冒険者になる気はありません。僕は騎士だから」
冒険者ギルドに迎え入れようとするジェイドに対し、リーゼルはきっぱりと断った。
「……ふむ。騎士だというけれど、どこかの国に仕えているのか? ルーク王国の騎士に、リーゼルのような騎士はいなかったはずだが。……まぁ、すべての騎士を知っているわけではないがな」
嘘である。ジェイドは勇者候補として、ルーク王国すべての騎士を探っていた。その中にリーゼルは存在しなかった。つまり、この男はルーク王国の人間じゃない。
「……いや。今の僕は、国には仕えてはいないよ。王の命に逆らい、国を追われたからね」
リーゼルは沈鬱な表情で呟いた。
「国を……? それなのに騎士なのか?」
意外過ぎるリーゼルの答えに、ジェイドは驚く。彼の言うことが本当ならば、騎士どころか罪人である。
「僕が欲しいのは肩書の騎士じゃない。騎士としての誇りだ」
「騎士とは王に使えるものだろう? 王の命に逆らい、国を追われたというのなら、それはもう、騎士としての在り方から外れているんじゃないか?」
「……確かに、それも一つの騎士の在り方だとは思うよ。でも、僕にとっては違う。騎士は弱き民を守る存在だと、僕は思っている。だから僕は、民を守るために王の命令に逆らったんだ」
リーゼルにどのような命令が下され、どうして断ったのかはわからない。それでも、祖国を追い出されるような結果になろうと、彼はその決断を後悔していないようだ。
弱き民を守る騎士。それは王の求める騎士というよりも、民の求めるおとぎ話のような騎士だろう。そして彼は、それを目指しているのだ。
「ふむ、それも騎士の在り方なのかもな。甘っちょろいとは思うが」
「はは、わかっているよ。僕が言っているのは、甘っちょろい理想だと思われても仕方ないものだってね。でも、それを本気でやる価値はあるとも思っている」
「ふぅん、理想だな。……まぁ、わからないわけでもないがな」
自分の理想を追い求める気持ちを、ジェイドにも理解ができる。冒険を行う人々を楽しむために、回りくどい手段を行っているのだから。
「ただそれでも、リーゼルが冒険者を拒否する理由になっているとは思わないがな。民を守りたいというのなら守ればいい。騎士として生きていけばいい。冒険者としてな」
冒険者になることで、リーゼルのしたいことができないなどということは、決してない。
「それは断るよ」
それでも、迷うことなく、リーゼルは断ってきた。
「何故だ? 冒険者ギルドに所属すれば、ギルドの支援を受けられる。リーゼルにとって悪い提案でもないはずだ」
魔物を狩り、魔石を持ってくることで金を得られる。それだけでも、リーゼルとしては助かることだろう。また、今は傭兵ギルドに役割を取られているが、冒険者ギルドが普及していけばそれこそ、人を助ける依頼だって入ってくるはずだ。
「そして、僕の活躍がギルドの評判につながるんだろう?」
「ああ。互いに得をするってわけだ」
「ジェイドさん。あなたの言うことはわかるよ。でもね。それだと僕の騎士としての在り方から外れてしまう。僕が民を守るのに打算を挟みたくない。何か欲を挟むことで、僕の中の理想が崩れる気がするんだ」
「……ふむ」
「それに……、いや……、ただ僕は、何と言われようと冒険者になる気はないよ。もちろん、助けてもらったお礼はするし、できるだけ力になる気はあるけれどね」
何か言い淀んでいたリーゼル。騎士であること以前に、冒険者に対し、思うところがあるのかもしれない。
まぁ、そんなものにジェイドは興味ない。
「ならばお礼として、冒険者ギルドに」
「ならないって言ったよね⁉」
町はずれの広場で、ミーアとロナは剣を振るっていた。
ドラゴンとの戦いによって愛用の剣をなくしたミーアは、今はジェイドに借りた剣を使っていた。そしてロナもまた、神聖術に頼り切っていた自分に気づき、剣の訓練をはじめたのだ。
「君たちはまた、ドラゴンと戦うのかい?」
お礼としてミーア達を鍛えてくれと言われたリーゼルは、彼女達の近くに座り込んで、訓練を見ながら訪ねる。
「今のあたしたちじゃ無理だってのはわかったの。でも、リーゼルさんみたいに強くなれれば、勝てるってことでしょ? がんばるの」
「そうなんだね。……ジェイドさんは、君たちがドラゴンを倒すから、僕がドラゴンと戦わないようにとお願いされたよ。君たちはとても期待されているんだね」
「マスターが?」
「うん」
「僕たちがドラゴンを倒すと信じてくれているんですね」
ミーアとロナは嬉しそうな顔をする。彼女達はドラゴンに呆気なく負け、自分の力に疑いを持ち始めていた。
そんな自分たちを知っても、信じてくれている存在は、彼女たちにとってとてもありがたかった。
そんな喜び合う二人を見ながらリーゼルは思う。
確かに二人には才能を感じる。呑み込みも早いし、年齢を考えれば十分に強いだろう。しかし、ドラゴンを倒すというには、足りないものが多すぎる。
それにだ。
敵はきっと、ドラゴンだけではない。
「……それこそ、そっちは僕がどうにかすればいいのかな」
リーゼルはつぶやき立ち上がる。
「一つ聞いていいかな?」
「ん?」
「なんです?」
「君らはどうして、冒険者になったんだい?」
リーゼルがジェイドの誘いを断ったのは何も、騎士という理想だけが理由ではなかった。彼の故郷にも冒険者ギルドはあり、冒険者というものを彼は快く思っていなかったのだ。
故に気になった。
どうして冒険者になったのか。
リーゼルの問いに、ミーアとロナはお互い見る。
「あたしはただ、強くなりたくて、その強さを認めてもらいたかっただけなの。傭兵ギルドは、入れてもらえなかったしね」
「僕は神託があったので、冒険者になりました」
「傭兵ギルドに神託?……ふぅん。じゃあ、二人は冒険者じゃなくてもよかったのかな?」
リーゼルの問いに二人は頷く。
「そうだね。別にあたしは認められるところならどこでもよかったの」
「そうですね。僕も神託がなければ冒険者にはならなかったかと思います。……ですが」
「ですが?」
「僕は冒険者になって良かったと思っています」
「そうだね。あたしもそう思うの」
お互いの共通認識なのだろう。ロナの答えにミーアも嬉しそうに頷いている。
冒険者になって良かった。それはリーゼルには信じがたいことだった。
……いや、信じがたいわけではない。
冒険者を楽しんでいた知り合いは確かにいた。ただ、周りがそれに苦労させられただけの話だ。
それでも、リーゼルは気になった。
「どうして冒険者になって良かったと思ったんだい?」
「んー、あたしはただ、強くなりたかっただけなの。だから魔物を倒したりとかは、そのための過程でしかなかったんだけどね。……でも」
「でも?」
「……でも、……嬉しかったの。魔物を倒して町の人に喜んでもらえたのが。そしてそれは冒険者になって、思えたことなの」
「そうですね」
ロナも同意する。
冒険者にとって、魔物退治は決して依頼ではない。冒険者にとって魔物を狩るということは、魔石を得るということだからだ。そこに町の人を助けようなんて意図はない。
強さを求めるために戦ったミーアにしても、それは同じことだった。
自分の目的のために、魔物を狩っていたのだから。
でも、町の人はそんなミーア達をほめてくれた。喜んでくれた。
それは二人にとって、予期も期待もしていなかっただけに嬉しかったのだ。
だからこそ、欲も出た。魔物の大本であるドラゴンを倒すことで、魔物が町に出ることを減らそうと考えたのだ。
その焦った結果が、ドラゴンへの惨敗だったわけだが……。
「……冒険者だからか」
ミーア達の考えはリーゼルと近いものがある。
弱き民を守りたい。それがリーゼルの思いであり、その思いはきっと、ミーア達と変わらないのだろう。
冒険者ということを除けば……。
「……よし」
リーゼルは決心する。
実のところ、ジェイドと約束したとはいえ、冒険者の力になることに抵抗があった。だからこそ、ミーア達がどういう気持ちで冒険者をしているのかを知りたかったのだ。
かくして、彼女達の考えは好ましいものだった。
だからこそ、戦い方を教えてもいいと思う。そして、正しい方向に導くのもまた、自分の役目だと考えた。
「マスタぁ、ちょい、話いいっすかぁ?」
料理の仕込みをしていると、冒険者ギルドにやってきたクロエが話しかけてくる。
「ん? なんだ? 今日はミーア達と一緒じゃないのか?」
「ああぁ。ミーア達はほんと、脳筋みたいなことしてるからねぇ。正直、あの訓練にはウチはお邪魔っすよぉ」
「ふむ」
話を聞いていたマルナは、不満そうな顔をする。
「ええ? クロエちゃんももっと鍛えていいと思うよ。健全な精神は健全な肉体に宿るって昔から言うからね」
「マルナさん。そんなマッチョ思考はいらねっすよぉ」
クロエはうんざりとした顔をする。
魔術の研究者であるクロエにとって、外での活動はあまり好きではないのだろう。それでも、魔術の研究のために冒険者として外に飛び出している時点で、魔術師の中でも変わり者なのかもしれないが。
「それより、マスタぁ。話があるんすよぉ」
「そうだったな。で、なんだ? 話って」
ジェイドの問いに、クロエは困ったようにマルナを見る。
「あれ? 私お邪魔?」
「みたいだな。ちょっと話してくるから、料理の仕込み任せていいか?」
「はいな。いってらっしゃぁい」
ひらひら手を振るマルナ。
ジェイドとクロエは調理場からでると、三階にあるジェイドの部屋へと行く。部屋と言っても、起きている時間はギルドで何かしらしているので、寝るためのベッドと使ってない机があるぐらいの簡素なものだ。
「で? 話ってなんだ?」
机の椅子をすすめながら、ジェイド自身はベッドに座って尋ねる。
クロエは迷うような素振りをするが、大きく息を吐くと、意を決したようにジェイドに尋ねた。
「……マスタぁは、……魔族なんすよねぇ?」
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