第5話 勇者が現れた。
「はぁああああああああああああああっ!」
ミーアは渾身の力を持って、剣を振るう。
今、ミーア達はルーク王国とゼスティスの国境沿いにある平原へと来ていた。ドラゴンの狩場となっている平原だ。ドラゴンの出現を待つこと数日、その間に魔物や獣を狩り、兵士から逃げ、ドラゴンを待ち続けていた。
そしてついに、念願のドラゴンが現れたのだ。
悠々と上空を飛び回るドラゴンは、想像以上に大きく恐ろしく見えた。しかし、そこで怯えて何もしないわけには行かない。啖呵を切って出てきたミーア達のプライドに関わる。
空を飛び回っている間、ドラゴンには手を出せない。なのでドラゴンが着陸するまで身を隠し、着陸したと同時にミーアはドラゴンの死角から飛び出していた。
その剣は彼女の小柄な体からは想像もできないほどに重く鋭い。彼女の一振りは、ドラゴンの足首を確かに捉えた。
ようやく当てることのできた攻撃。
当たりさえすれば、それ相応の傷を与えられると思っていた。
しかし、剣を握る彼女の手に伝わったのは、肉を引き裂く感触ではなかった。それこそ、頑強な鉄の塊でも殴っているような衝撃を受け、振るったはずの剣が弾かれる。
「うそっ⁉」
ドラゴンの鱗は傷一つついていない。あまりのことに、ミーアは驚きを隠せずにいた。しかしそれが、彼女の大きな隙となった。
ロナの声が聞こえる。
「ミーアさん、危ない!」
「え?」
声に反応して視線を転じると、ドラゴンの尻尾がこちらに向かって振るわれようとしている。渾身の一撃が効かなかった動揺で、反応が遅れてしまう。
「女神よ。彼女を守る奇跡を!」
ミーアが避けられないと判断したロナが、女神に祈り、神の奇跡を起こす神聖術を使う。彼の祈りは力となり、ミーアの前に光の障壁を生み出した。
それは今まで、魔物のどんな攻撃も防いできていた。しかし、ドラゴンによって振り払われた尻尾は、軽々と光の障壁を砕き、そのまま振るわれる。それでも、わずかながら尻尾の速度を落とすことができたのが幸いした。
ぎりぎりでミーアは、尻尾の攻撃を寝そべるように掻い潜ったのだ。だが、ドラゴンの動きはそれで終わったわけではない。真横に振るった尻尾の勢いそのままに、ミーアのほうへとくるりと体を回転させ、彼女の体に向かって腕を振り下ろそうとする。
「さぁせないけどねぇ」
クロエの放った火球がドラゴンの顔にぶつかり爆ぜる。ドラゴンは驚いたように一瞬動きを止め、ミーアはその間に身を起こし、ドラゴンの攻撃範囲から逃げ出した。
「うわぁ。全然効いてないんだけどぉ」
クロエはうんざりしたようにぼやく。彼女の放った火球は狙い通り、ドラゴンの顔に当たった。鱗がどんなに頑強だろうと、目にならある程度効果があるかと思ったのだ。
しかしドラゴンは、目の前で起こった爆発に驚いただけで、傷らしい傷も負ってはいなかった。
「なんなのなんなの? マジで硬すぎなの」
強い衝撃に痺れてしまった手をこすりながら、ミーアはぼやく。
「ああ、その様子だと、ミーアの攻撃もダメだったんだねぇ。元々無理だと思ってたけど、ほんと無理すぎるのさぁ。攻撃が通じない時点で詰んでいるしぃ」
「なんか方法はないの?」
「……んー、無理でしょぉ。たぶん、逃げるほうがいいと思うよぉ。なんか知らんけど、ドラゴンさんもウチらを狙っているって感じでもなさそうだしねぇ」
ドラゴンはこちらをジッと見つめるが、追い打ちをかけてこようともしない。
「……これは案外、あたしらの攻撃が効いていて、警戒しているとか?」
「どんだけ自信過剰なのさぁ。傷一つ付けられてない時点で、どうしようもないでしょうよぉ」
「……むぅ」
ミーアは不満そうな顔をするけれど、理解もしているようだ。さすがに勝てないと判断しているのか、いつもの勢いがない。しかし、そこに異を唱えたのはロナだった。
「そこなんですけど、僕に考えがあります」
「ロナぁ。そこは諦めようよぉ」
「いえ。この試練を乗り越えてこそだと、僕は考えます」
ロナの返答に、クロエはため息を吐く。案外、このパーティーで一番暴走しがちなのは、彼なのかもしれない。
ロナの言う作戦は単純なものだった。ミーアの持つ剣を、神の奇跡によって強化するというものだ。つまり即席の聖剣を作るというわけだ。
「そういうことができるのなら、最初からやってほしいのさぁ」
ぼやくクロエに、ロナは不満そうな顔をする。
「僕だって初めてやるんですよ。思い浮かんだことなので、本当にできるかどうかもわかりませんし」
「やったことないって、それで上手く行くのかねぇ」
「まぁ、上手く行かなければ逃げればいいの」
気楽に答えるミーアにクロエは呆れる。
「試すのでさえ、命懸けなんだけどねぇ。まぁ、いいさぁ。決めたって言うのならやるだけなのさぁ。お膳立ては任せてぇ」
クロエはドラゴンの風上から魔石を砕いた粉をばら撒く。
文句らしきことを言いながらもクロエの目元は笑っていた。彼女は試すことが好きな魔術師だ。ロナが試すというのなら、それを完全に否定する気はない。
試して試して新しいことを発見する。それが魔術師だ。
クロエが冒険者になったのも、魔術素材を得るためだけではない。魔術を実践の場で試すことができる。それも彼女にとって重要だったのだ。
今から使う魔術にしても、実験だ。思った通りの効果が出るかわからない。
でも、だからこそ面白い。
「弾けろ!」
ドラゴンの周りを、魔石に粉が包むのを見届けたクロエは叫ぶ、彼女の声に反応し、魔石の粉は次々と爆発を起こしていく。一つ一つは大した威力はない。けれど、連続して起こる爆発は、まとめればかなりの威力になる。何より爆発音と巻き起こる煙が、目くらましとして何より有用だ。
強靭な鱗を持つドラゴンにとって、爆発自体はさしてダメージにもならなかっただろう。けれど、さすがに煩わしいようで、嫌そうに顔を振り、大きな翼を広げ、粉を振り払おうとする。
しかし、これで十分だ。思い通りの効果を発揮している。
ミーアは爆発に紛れてすでに間合いまで接近していた。
「女神よ、悪を断つ力を」
果たして、ロナの祈りに女神は答えた。彼女の持つ剣は、光をぼんやりと放つ。
「いけるの! くらぇえええええええええええぇ!」
ミーアは叫びながら渾身の一撃を、再度ドラゴンの足首へと斬りつける。その一撃は、先ほどとは違った。鱗が砕き、確かに肉へと食い込んだ。
「よし!」
先ほどとは違う手ごたえに、ミーアは喜色を表したが、すぐに焦りが顔を出す。
「……やばいの、抜けないの」
食い込んだミーアの剣は、ドラゴンの肉にがっちりと食い込み抜けなくなっていた。ミーアは必死で引き抜こうとするが、まったく抜ける気配もない。
しかしドラゴンにとっては痛覚を刺激されたのだろう。煩わしそうに足首を振るう。それに剣を抜こうとしていたミーアも巻き込まれた。
空高く投げ出されるミーア。
高く投げ出された彼女は、下手に地面に叩きつけられれば、ただでは済まない。
「ミーアさん!」
ロナはミーアを助けようと駆けるが、明らかに間に合わない。クロエも何とかしようと、魔術を考えるが焦りからか思い浮かばない。というより、そんなに都合よく、魔術は用意されていない。
むしろ、ロナが神聖術でミーアの防御力を強化するべきだとも思うのだが、神聖術にしても代償のない力ではない。神に願い、神の代理として力を行使するのだ。つまり、それだけ精神力を必要とし、限界を超えて使いすぎれば、精神に異常をきたし、衰弱死すると言われている。
即席の聖剣。それはロナにとって、今までにやったことのない奇跡だ。だからこそ、彼への負担は相当なものだっただろう。
ミーアは頭から落ちないように何とか態勢だけでも直そうとしている。
そんな時だった。
影が一つ、ミーアが落ちようとしている場所へと物凄い速さで近づいてきた。
その影は、ミーアを優しく受け止める。
「大丈夫かい?」
受け止めた男がミーアに優しく尋ねる。
「え? あ、うん。平気なの。……ていうか、誰なの?」
見たことのない男に、その場の誰もが首を傾げた。
「誰なんだ? あれは」
遠くでデミドラとミーア達の戦いを見ていたジェイドは、構成していた魔法を中断しながら首をかしげる。
さすがに今のタイミングは、ミーアが危ないと思っていた。なので、死なない程度に彼女を守ろうとしたのだ。それでもミーアは怪我を負うはずだった。そして怪我を負ったことで、彼女らが退却するという展開をジェイドは考えていた。
しかし、見知らぬ男が現れ、ミーアを助けたのだ。
そう、見たことのない男だ。
遠見の魔法により、その男の顔はしっかりと見えている。
顔の整った優男。やや中世的な顔立ちであり、世間の女性たちには人気の出そうな顔をしている。ミーアに接する物腰も柔らかく爽やかだ。
とても貴公子然としており、一度見たら印象に残りそうな男である。
けれど、少なくともジェイドの記憶にはない。
初めて見る顔。
しかし、問題はそこではなかった。
「この男、強いな」
もしかしたらデミドラが、この男に倒されてしまうかもしれない。そう思わせるほどに、その男には力を感じる。
「しかし、そういうわけにはいかないのだよ」
男が冒険者でない限り、デミドラを倒させるわけにはいかない。
今までデミドラには手加減をさせていた。しかし、この男にはそうさせるわけにはいかない。
ジェイドは男を倒すように、デミドラに指示を出す。
「子供だけで、ドラゴンに挑むだなんて、あまりにも無謀だよ」
ミーアを下ろしながら、男はたしなめる。
「むぅ。助けてもらったのは有り難いけど、子供じゃないの」
文句を言う彼女に、男は苦笑する。
「それは失礼した。けれど、君らではあのドラゴンに勝てないのはわかったはずだ。逃げなさい」
「あんたが戦うんすかぁ?」
近づいたクロエが尋ねる。
「まぁね。僕はそのために来た。ドラゴンが現れ、民は困っている。ならば、どうにかするのが騎士だろう?」
「騎士なの?」
「ああ。私は騎士だよ。とはいえ、今は国を出てしまったのだけどね」
男は気恥ずかしそうに笑いながらも、ドラゴンとミーア達の間に立つ。
「それよりも、そこの男の子も限界だろう。早く引いたほうがいい」
見れば、駆け寄っていたはずのロナの顔は蒼白になっており、呼吸は荒くフラフラしている。
「ロナ、大丈夫? マジで死にそうなの」
ミーアが気づいて心配する。もしかしたら、彼女を守るため、守護の奇跡を祈っていたのかもしれない。それでも足りないと感じ、助けに走っていたのだろう。
確かに限界が近そうだ。
「ミーア。これはほんと一度退いたほうがいいってウチも思うなぁ。正直、ウチもほぼネタ切れだしねぇ」
そう言われて、ミーアは改めて自分たちを見る。すでに限界のロナ。魔術が尽きかけているクロエ。そして肝心のミーア自身、剣をなくしている。
「……そうだね。ここはいったん退くの」
「ああ、そのほうがいい。ドラゴンもやる気になっているようだしね」
そう薦める男の声には、緊張感があった。見ればドラゴンが明らかにこちらを敵視している。
ミーアに傷をつけられたことで怒ったか。もしくは、男を敵として認めたか。ただ一つわかるのは、この場に居続ければ殺されるということだ。
男はとどまり、ミーアとクロエはロナに肩を貸しながらその場を離れていく。
それを見届けるようにドラゴンは動かなかったが、男が一人になると吠え声をあげて挑んでいく。大地を踏み鳴らし、襲い掛かってくる巨大なドラゴン。その威容は恐るべきものだった。
それでも男は怯むことなく、ドラゴンへと敢然と立ち向かう。背負っていた大盾を手に攻撃をいなし、長剣でドラゴンを斬りつける。
彼の持つ剣は魔法剣なのだろう。彼の剣はドラゴンの鱗を易々と切り裂き、ドラゴンへと確かなダメージを与えていく。
しかし、男が必ずしも優勢だったわけではない。
ドラゴンの放つ炎は大盾で防ぎきれたわけではないし、捌ききれずに吹っ飛ぶことも何度となくあった。
まさにその戦いは命と命を削るほど熾烈であった。
吹き飛ばされた男は剣を杖代わりに、何とか立ち上がろうとするが、上手く立ち上がることができずに膝をつく。盾はひしゃげ鎧も傷つき、額からは血を流している。肩で息をし満身創痍の状態だ。
しかしそれは、ドラゴンも変わらない。
体中から血を流し、片目は斬られて塞がっている。消耗が激しいのだろう。攻撃して吹き飛ばしたにも関わらず、ドラゴンは追撃することができずに、その場に突っ伏してしまう。
けれど、お互いに戦意がなくなったわけではない。
男は膝立ちになりながらも、斬り込む力をためている。
ドラゴンにしてもジェイドの命令を、正に命を賭して果たそうとしている。
「……潮時だな」
ジェイドはつぶやく。
おそらく、次の瞬間にでもどちらかが死ぬだろう。しかしデミドラを殺させるわけにはいかない。
横やりをいれれればデミドラを生かし、男を殺すことだってできる。
……だが、ここで横やりをいれるのは、間違っているような気もするとジェイドは悩む。お互いに死力を尽くして戦っているのだ。それを邪魔するのは、あまりにも無粋な気がする。
「とはいえ、このまま死なれても困るからな。悪いと思うが邪魔をさせてもらうぞ。……まぁ、その詫びとして、命は奪わないでやるさ」
ジェイドはデミドラに魔力を送り、体力を少し回復させる。それと共に、逃げるように指示を送った。
デミドラはこれ幸いと、翼を広げ空を飛び、クローリア火山へと戻っていく。
急に逃げ出すデミドラに、男は警戒しながらも驚いた顔をする。
まぁ、無駄な警戒だ。
ジェイドはもう、男を殺す気はなかった。
むしろ、命を奪わなかった以上、男を利用できないかとも考え始める。
もしも男が冒険者になれば、ミーア達の成長を待つ必要もない。それこそ、計画が早まることだろう。
「……いいかもしれないな」
デミドラがいなくなったことで緊張の糸が切れたのだろう。力尽き、その場に倒れる男。そんな彼に、遠くに逃れていたミーア達が近づいていくのが見える。
ジェイドはそんな彼らを見やりながら、広がる考えに何度も頷いた。
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