第4話 冒険者ギルドを知ってもらいたい。

「クローリア火山のドラゴンを倒そうと思うの」

 ミーアがそんなことを言いだしたのは、彼女が冒険者ギルドに所属して一週間後のことだった。

 冒険者には仲間が必要だというジェイドの説得の下、彼女とロナ、そしてクロエの三人でパーティーを組ませることには成功した。この三人の素質はかなりのものだと、ジェイドは思う。だからこそ、かなり強引な手段で連れてきたのだ。

 しかし、素質は素質。

 まだデミドラを倒すまでには、レベルが圧倒的に足りない。

 ミーアたちのレベル七か八であり、デミドラのレベルは三十である。さらに言えば、ミーアたちのレベルが三十になれば勝てるかと言えば、そうでもない。レベルが上がる前の基礎能力は圧倒的にデミドラのほうが高い。

 その基礎能力はパーティーとして協力し合うことで、ある程度補えるかもしれない。だが、それでもデミドラを倒すのなら、三十以上のレベルが確実に欲しいところである。

「ふむ。いつか倒して、冒険者ギルドを有名にしてくれ。俺はお前たちには期待しているからな」

 とりあえずジェイドは無難な返答をすることにした。彼女の言うドラゴンを倒すというのを、遠い目標として認識しているふりをしたのだ。

「違うの、マスター。あたしはすぐにでも、ドラゴンをぶち転がしに行こうと思っているの」

 ああ、わかっていたさ。

 ジェイドはそう思いつつ、頭を抱えたくなった。

 この一週間、ミーアたちのパーティーは目覚ましい活躍をしている。

 ここ最近、多くの魔物が町の外に出没していた。町の人たちは、ドラゴン復活の影響だと考えているようだ。

 あまり強い魔物ではないが、それでもその数の多さに、町の人々は不安だっただろう。しかし、おいそれと傭兵ギルドに報奨金を懸けるだけの資金を、町の人々が用意し続けることも難しい。

 そんな中、魔物退治の活躍をしていたのはミーアたち冒険者だった。

 冒険者である彼らにとって、報奨金が懸かっていなくとも、魔石という収入があるのだ。そのため、ミーアたちは魔物を狩っていった。彼女たちにしてみれば、魔石だけでなく、腕試しの意味合いもあっただろう。

 報奨金もかけていないのに魔物を狩ってくれるミーアたち。

 町の人たちは彼女たちを持ち上げた。

 さすがに英雄とまではいかないけれど、怪しげな冒険者から、いい子たちだという印象に変えてくれたのだ。

 ……まぁ、それで冒険者になりたいというものが増えたわけではないが。少なくとも、冒険者ギルドへの苦情は減ったと思う。……実際、苦情はかなりあったのだ。獣人族の女が、いつ牙をむくかわからなくて怖い。とか。冒険者ギルドから出てきた酔っ払いが暴れている。とか、様々な苦情があった。

 もちろんマルナはそんなことしないし、酔っぱらって暴れているのは正直、冒険者ではなく一般客がほとんどだったのだけど、町の人間からすれば、真実など関係などないのだろう。冒険者ギルドという怪しげなところの、変な奴らが暴れている。それが町の人々の印象であり、問題だったのだ。

 しかし、ミーアたちが町のために活躍してくれたおかげで、その風当たりは緩くなってくれたと思う。それこそ、ミーアたちのために、わざわざ魔物を仕込んだ甲斐があったというものだ。

 そう、魔物はジェイドの仕込んだものだった。町の人は都合よく、ドラゴン復活の影響だと考えているようだが、ミーアたちの訓練用に彼が用意した魔物だったのだ。

 おそらく、それを軽々と倒したことで、ミーアたちは自分の力に過信してしまったのだろう。

「はっきり言うが、今のお前たちでは、逆にぶち転がされるぞ?」 

「大丈夫だよ。マスターが思うより、あたしたちは強いんだから。ドラゴンなんてちょちょいのちょいさ」

 やはり調子に乗っていた。ジェイドは後ろにいあるロナを見る。彼ならまだ、慎重な意見を言うのではないかと思ったのだ。

「僕もミーアの意見に賛成です。町の人々はドラゴンの脅威に怯えています。このままでは心安らかに、眠ることだって難しいと思うです。実際、ドラゴンの影響で魔物も現れているわけですから。なのでドラゴンは、一刻も早く倒すべきだと思います」

「倒せると思っているのか?」

「はい。僕はアーステリス様から、世界を救うという神託をいただいています。きっと、アーステリス様はクローリア火山に住まう邪龍を倒すことで、世界を守るようにおっしゃったのだと思っていますので」

 ……失敗だ。

 ジェイドは顔を覆いたくなる。

 マルナが予想したとおり、アーステリスの神託に見せかけ、ロナに冒険者になるよう吹き込んだのは彼だったのだ。しかし、神託を受けたと思っているロナは、アーステリスの加護によって、それこそ、何をやろうと上手く行くと思っているのかもしれない。そして、その思いを増長させてしまったのが、ミーアと同じように魔物退治だったのだろう。

 もっと苦戦するような魔物を仕込んでおくんだったと後悔する。

「……クロエはどう思っているんだ?」

 もう一人の魔術師の少女に尋ねる。まだ彼女は、他の二人よりは現実が見えているはずだ。

「……ウチですかぁ? まぁ、普通に無理でしょ。でもマスターぁ。あたしがどれだけそう言っても、こいつら聞きゃあしませんよぉ」

 彼女は諦観した顔をしている。どうやら諦めた後のようだ。

 さて、困った。どう説得すべきか。

 なりふり構わない方法ならば思い浮かぶ。三人と戦って、ジェイドが勝つことで、驕り高ぶった彼らの自信を、文字通り叩き折るのだ。

 しかしそれは、冒険者としての心まで叩き折りかねない。

「いいんじゃないですか? 行けば」

 掃除をしながら聞いていたマルナが、そんなことを言ってくる。

「行ったら死ぬぞ。こいつらは」

「ん? マスターが死なないように見せてあげればいいんじゃないですか? デミドラ……じゃなかった。ドラゴンの強さを。それを理解すれば彼らだって、無茶はしないはずですし」

「ふむ。……つまり、こいつらに戦わせる前に、ドラゴンの強さをみせろってことか?」

「まぁ、マスターがどうしたいかですけどね」

「……俺がどうしたいか、か」

 ジェイドはこの状況をどうすれば、自分の思い描く方向へと導けるかを考える。

 ミーアたちを止めることはできないだろう。いや、正確にいうのなら、止めることはできる。けれど、それは彼女らの考えや思いを捻じ曲げるということだ。そして、それはジェイドの望みとはちがうところにある。

 思い通りに捻じ曲げる。そんなことをしていたら、魔界で暮らしていた時と変わらない。思い通りにならない世界。思惑通りに進まない世界。そういったものを望んで魔界から飛び出してきたのだ。

 なら、マルナの言う通り、行かせるべきなのかもしれない。それが、ジェイドの思惑とは違うところだからだ。


「ミーアたちを行かせたんですね」

 ここ最近、いつも来るミーア達の姿がないことに気づき、マルナは店の中をキョロキョロと見まわしながら言った。酒場を兼用している冒険者ギルドだが、酒場として繁盛しているのは夜だけだ。相変わらず冒険者自体はは少ないので、昼はガランとしている。

 机で何か作業をしていたジェイドは、顔をあげて首をかしげる。

「お前が行かせるように言ったんだろう?」

「でも、それで許可を出したのはマスターですよね?」

 私は意見を言っただけだと、マルナは主張する。ジェイドはそれに頷いた。

「まぁな。……ただ、あいつらにはデミドラの狩場である平原に行かせた」

「クローリア火山ではなくですか?」

 マルナは首をかしげる。

 デミドラの棲み処はクローリア火山である。そこに行けば、必ずデミドラに出会えるし、もし追い詰めたとしも逃げ出しもしない。また、デミドラの守る財宝もそこにあるのだ。

「まず、俺たちがクローリア火山に行ったときは、俺の魔力によって魔物は現れなかった。だが、あそこにはミーア達より強い魔物が何体かいる。デミドラに出会う以前に殺される可能性があるだろう」

「……やっぱりあそこ、魔物も棲んでいるんですね」

 クローリア火山に行ったときのことを思い出したのか、マルナはぶるりと体を震わせる。

「それに、もしデミドラの棲み処に行けば、ミーア達が逃げ出さない限り戦いは終わらない。つまり、逃げださなければ彼女らは死ぬことになる。どんなにデミドラに手加減させてもな。だが、平原ならば、デミドラの気まぐれで、殺さずに引き返すこともできる」

「ふんふん、確かに。……上手く行けば、ミーアたちがドラゴンの強さを感じ取れるかもしれませんね」

「ああ、そうだな」

 ジェイドは頷き、作業をしている机に視線を戻す。そんな彼に、マルナは尋ねる。

「で、マスターは何をやっているんですか?」

 見たところ、彼は紙に何かを書いているように見える。酒場の帳簿でも作っているのかと思ったが、違う気がする。ジェイドはぼりぼりと頭を掻く。

「ああ。俺は最近、反省していてな」

「反省?」

「デミドラを倒す英雄が現れれば、冒険者ギルドは上手く行くって思っていた。いや、実際上手く行くとは今でも思っている。ただ、それだけに任せっきりにしていいわけじゃないってな」

「ふむ。それは、ミーア達が上手く行かない可能性もあるって思ったからですか?」

 思い通りにならないミーア達。ジェイドはそれを求めながらも、危うさを感じたのも事実である。

「……そうだな。ミーア達は暴走する。それで上手く行かない可能性は十分にあるのだと思い知らされた。……それに、ミーア達が冒険者の評判をあげてくれたのにも、考えるところがあった」

「考えるところ?」

「ああ。信頼を得ることの大切さだ。今回、多く湧いた魔物を狩ることで、冒険者ギルドの評判は上がった。それによって、冒険者ギルドの立場は良くなった」

「そうですね。少なくとも、酒場の仕入れの時、嫌そうな顔をされることが少なくはなりましたね」

 今まで、嫌そうな顔をされていたのは知っていた。仕入れ業者の中には断ってきたところもあった。それこそ、冒険者ギルドは疎まれていたのだ。

「……まぁ、その前が酷すぎたというのがあるのかもしれないけどな。そんなわけでだ。俺は考えたわけだ。どうして冒険者ギルドは今まで、嫌われていたのかを」

「……私がいるからじゃないですか」

 マルナは自分の腰にゆらゆらと揺れる尻尾を掴み、悲しそうに呟いた。今だ根強い獣人族という偏見。幸いミーア達はそういうことを気にしないが、商売上付き合うもの達の中には、嫌がるものがいるのは事実だ。

「……獣人族か。それも確かにあるかもしれない。しかし、それは俺が容認したことだ。気にするな。俺はマルナが居てくれて助かっている」

 ジェイドは心から言う。彼女によって助けられているという気持ちを、彼は持っていた。それこそ、魔族の時には感じられなかった思いを、マルナに対して持ってもいる。

 彼の言葉に嘘がないことを感じたのだろう。彼女は気恥ずかしそうに顔を伏せる。

「……ありがとうございます」

「……まぁ、要するにだ。何故嫌われていたか。それは、町の人間の無知からくるものだ」

 ジェイドは気持ちを切り替えるように説明する。

「無知ですか?」

「ああ、そうだ。さっき言った獣人族にしろ、冒険者にしろ、そして冒険者ギルドにしても、町の人間はよく知らないんだ」

「ふんふん」

「よく知らない。だからこそ彼らは、恐れ偏見を生む。しかし、ミーア達の活躍により、町の人間達は冒険者を認知し始めた。故に彼らは少しずつ、冒険者を受け入れ始めようとしてくれている」

 ジェイドの言葉に、マルナは納得したように頷く。

「なるほど。つまりマスターは、冒険者ギルドがどういうものか認知させたいってことですか?」

「ああ。俺はそれを、デミドラ討伐のみに頼りすぎていた。むしろ、俺たちとしてはもっと、地道な周知努力をするべきだったのではないかと思ってな」

「そうですね」

「だから、これなんだ」

 そう言ってジェイドは、何かを書いていた紙を見せてくる。

「……これは?」

「見てわからないか?」

「えっと、……冒険者募集。……冒険の依頼募集。魔物退治、護衛も承ります。……君も冒険者になろう。……つまり、これは冒険者ギルドのチラシですか?」

「それ以外の何に見える?」

「いえ、文章だけ見ればそう見えるんですけど、この下に書いてある文字は何ですか? 読んだことない文字ですけど」

「文字? いや、それは絵だが。ふふん。文字だけだと目立たないし、見てもらえない可能性がるからな」

 自信満々にいうジェイドに、マルナは頭を抱える。 

「……下手すぎませんか? これが絵って誰も思いませんよ」

 マルナの指摘に、ジェイドは顔を 

「失礼だな、マルナ。じゃあ、お前が描いてみろ」

「いいですよ。絶対、マスターよりうまい自信あります」

 マルナは自信ありげに頷き、絵を描き始める。

 少しすると、マルナは自信ありげにジェイドに見せる。

「どうですか。できましたよ」

 ジェイドは彼女の描いた絵を見て、首を捻る。

「なんていうか、何描いたのかわからないんだが。というか、なんか気持ち悪い」

「酷くないですか? ってマスターに言われたくないですよ。何ですかこれ。丸の中に書いた頭って文字。絵って言うかその絵を文字で説明しようとしているところで、もう終わってます」

「そんなこと言ったら、お前だって相当だろう。何だこれ。変な生き物が変な立ち方しているぞ」

「それは人ですぅ」

「人なのかよ。なんで耳みたいのが頭の上にあるんだ。ていうか、これ頭なのか?」

 二人はぎゃいぎゃいと不毛なやり取りを始めた。

 最終的に、チラシ配りをして受け取ってもらったほう数の多いほうが優れているという結論に至り、冒険者ギルドを閉め、街中でビラ配りを始める。

 その結果、二人のチラシは誰にも受け取ってはもらえなかった。

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