第3話 英雄候補を見つけたい。

 デミドラの出現は、瞬く間にルーク王国だけでなく、ゼスティスにまで知れ渡ることになる。もちろん、デミドラと呼ぶのはジェイドとマルナだけではあるが、伝説のドラゴンの復活だと、国中で騒がれている。

 出現が確認されたのは、ルーク王国とゼスティスの国境沿いの平原。両軍の間で幾度となく戦闘の起こっている場所である。しかし、デミドラが現れたことにより、派遣した兵が両軍関係なく襲われており、平原近くの砦も放棄している状態だ。

「くはは、狙い通りだ」

 ジェイドは新聞を読んで、満足げに笑う。

 確かにジェイドの考えていた通りに動いている。むしろ、予想以上にデミドラの影響が出ていた。それだけクローリア火山のドラゴンは、この国に影響力のある伝説だったということだろう。

 料理の支度をしているマルナもそれに同調する。

「デミドラはすごい騒ぎになっていますね。倒すことができれば話題性抜群ですし、確かに英雄として見てもらえるかもしれませんね」

「だろう? 思った以上にいい仕掛けだったと思う」

「……でも、これ、冒険者以外が倒しちゃったらどうするんですか? 騎士団を派遣する予定があるみたいなこと、新聞に書いてありましたけど」

 先に新聞を読んでいたのだろう。マルナが半目で見てくる。

「…………あっ」

「あっ、じゃないよ、ダメマスター。もしかして考えてなかったんですか? ほんと、マスターは抜けているんですから」

「いや、まぁ、それはどうにかするさ。……というかマルナ。お前、どんどん遠慮がなくなってくるな」

「ここ最近、マスターのがっかり具合を理解してきましたからねぇ」

 マルナはやれやれと肩をすくめるので、ジェイドは不満そうな顔をする。

「……がっかり。……俺、何かしたか?」

「昨日、燃えるゴミの日なのに、間違えて燃えないゴミを出してましたよね? 業者の人に怒られたんですからね」

「あれは、すまなかった」

 一般家庭では町のはずれにある集合焼却地へと自分たちで持っていって、燃やしたり埋めたりしている。しかし王都の飲食店や宿屋などは、ゴミの処理を専門の業者に委託していることが多い。店をやっているとゴミの量は一般家庭よりも多く、処理時間も比較にならないからだ。

 酒場をやっている冒険者ギルドもまた、ゴミの処理を業者に委託している。

 ジェイドにしても、昨日はゴミの日だということは覚えていた。けれど、ゴミを出さなければという気持ちが先走って、違うゴミを渡してしまったのだ。

「それにこの前も、保管場所に鍵を戻すの忘れて、失くしてましたよね?」

「……すまない」

 鍵がなくさないように、鍵の保管場所は決めてある。もちろん、金庫などの重要な鍵は盗まれないように肌身離さず持っているのだが、食糧庫や倉庫、使っていない客室などは、そこまで盗まれても困るものがあるわけでもないので、鍵の保管場所にまとめて置いてあるのだ。

 しかしある日、ジェイドは倉庫の鍵を閉めた後、鍵を戻す前に客に呼ばれてしまった。それでも短時間なのでしまえば良かったのに、咄嗟にどこかに置いて仕事をしてしまった。そして結局、どこに置いたかわからなくなったのだ。

「他にも色々、私がどれだけマスターの尻拭いをしていると思います?」

「いつもお世話になっています」

 ジェイドは頭を下げるしかなかった。思い返してみれば、色々やらかしている自覚はあった。今までは魔族としてふんぞり返っていただけで、ほとんどのことは手下にやらしていた。

 そんな彼にとって、色々と想定して調べたり考えたりしていたが、店の経営自体が初めてで、勝手のわからないことばかりなのだ。

「ま、まぁ、あれだ。デミドラに関しては、ちゃんと考えてもいるんだ」

「ふんふん?」

 マルナは腕を組み、とりあえず話してみろ言わんばかりの姿勢だ。……すっかり舐め切られている。

「基本的にドラゴンていうのは、人数をかけたところで倒せるものじゃないからな。騎士団程度じゃ倒せないはずだ。それこそ、神の祝福を受けた勇者や、天才的な剣士でもいない限りは、勝てないはずだ」

「いたら?」

「ふふん、倒されるな」

 なぜか自慢げに言うジェイドに、マルナはにっこりと微笑み首をかしげる。

「……マスター?」

「まぁ、待とうか。一応、デミドラは俺の使い魔のようなものなんだ。だから何かがあれば俺にはわかる。つまり、もし倒されそうになったら、俺が颯爽と助けに入れば問題ない」

「それじゃあまるで、デミドラがヒロインみたいじゃないですか」

「いや、別に愛情を持っているわけじゃないからな。目的のために必要なことってだけだ」

 真面目に答えるジェイドに、マルナは呆れたようにため息を吐く。

「もう、真面目に答えないでくださいよ、冗談なんだから。それより、デミドラを冒険者に倒させる目途はついているんですか?」

「まぁ、それについては、次の策がある」

「ふんふん?」

「正直、このまま待っていても、冒険者がデミドラを退治してくれる可能性は限りなく低い」

「そうですね。冒険者ギルドの登録者は少ない上に、傭兵ギルドの人と比べても、個人個人の単純な実力でも負けているでしょうから」

「ああ。だから俺は考えた。自ら英雄になれそうな人を探し、育て上げ、一流の冒険者としてデミドラを倒してもらうんだ」

「ふむふむ。……でもそれ、時間かかりません? 探すのにも育てるのにも」

「かもな。けれど、すぐ倒されたら、デミドラの脅威は薄まってしまうし、時間がかかるのはそんなに悪いことじゃないさ」

「まぁ、そうかもしれませんね。幸い、冒険者ギルドとしては全然ですけど、酒場としてはそれなりに繁盛してきましたからね。最悪、冒険者ギルドがうまくいかなくてもいいかもしれませんし」

「……マルナは酷いことを言う」

 しょげるジェイドを見て、マルナは悪戯が成功したかのように笑った。彼が求めているのが酒場の繁盛じゃないことをわかっていてこんな軽口を言ったのだ。確かに遠慮がなくなっていて、彼女はからかうようなことを言ってくるが、それでもジェイドは、この状況が楽しかった。

 ただ上に立ち続けた今までの自分にはないものだったから。


「ということで、未来の英雄三人を連れてきた」

 ジェイドはそう言って、三人の少年少女を連れてきた。

「どこから攫ってきたんですか?」

「酷いな」

「君たち~、このお兄さんになんて騙されて連れてこられたの?」

「さらに酷いな!?」

 ジェイドは文句を言ってくるが、彼ならそのくらいやりそうだと、マルナは本気で思っていた。何しろ、本当にドラゴンを生み出すくらいなのだから。

 三人の子供は顔を見合わせる。

 一番活発そうな小柄な少女が、マルナを見てくる。

 愛嬌のあるかわいらしい子だ。ただ、冒険者ギルドに加入させるにはあまりにも幼く見える。十歳にも満たないのではないだろうか?

「あたしはミーア。最強の戦士を目指して、元々傭兵ギルドに入る予定だったんだけど、小さいからって断られたんだよね。ほんとむかつく。でも、ジェイドさんは冒険者ギルドでも戦士として強くなれるって言うから、冒険者になることにしたんだ」

 そう言ってニコっと笑うミーア。

 可愛い。なんというか純真無垢な子供って感じで、持って帰って面倒見たいくらいだ。……ジェイドさんはロリコンかな? とマルナは本気で心配になる。

「……マスターどういうつもりですか? こんなちっちゃい女の子捕まえて、冒険させようなんて。確かに冒険者は少ないですけど、さすがにこれはダメでしょ。確かこの国の商業規約にあったはずですよ? 十三歳未満の子供を働かせてはいけないって」

「あるな」

「確かに、悪徳なところでは子供を手伝いと称して働かせたりもしますが、冒険者ギルドもそうなるんですか!? 見損ないましたよ」

「いや、待とうか。そこで、その子供が怒っているぞ」

「え?」

 見ればミーアと名乗った女の子が顔を赤くして震えている。

「あれ?」

「誰が十三未満なの! これでも、十三なんだからね!」

「……十四? ほんとに?」

 信じられないというようにマルナはミーアを見る。自分と三つしか違わないだなんてとてもじゃないが信じられなかった。

「ああ、その子は十四だよ。傭兵ギルドでは信じてもらえず、入れてもらえなかったらしい」

「ただちょっと、背がちっちゃいだけだけなんだから、舐めたらぶち転がすの」

「ごめんごめん。えっと、で、他の二人はお友達?」

「いえ、違います」

 そう言ったのは、神官服を着た少年だった。

 すらりとした体つきに幼さの残る細面、そして理知的な雰囲気を持っている。ミーアの年齢が正しければ、同い年くらいなのかもしれない。

「えぇっ!? 友達じゃないの!?」

 否定され驚くミーア。そんな彼女に、神官服を着た少年は戸惑った顔をする。

「あ、あの、僕らほぼ初対面ですよね? ジェイドさんが僕らを集めて案内してくれた時に、少し話したくらいじゃないですか」

「そうだよ。でも、楽しく話し合ったのなら、そんなのもう友達じゃん!」

 ものすごくいい笑顔で言い切った。眩しい。とても眩しくていい子みたいだ、ミーアは。

「そ、そうですか。……では、そのお友達として、よろしくお願いします」

「うんうん。よろしくだよー」

 ミーアはおずおずという少年の手に無理やり握手をして、ぶんぶんと振る。それは見ていて微笑ましく思った。だが少年は、どうして冒険者になろうとしているんだろう、とマルナは思う。服装を見たところ、神官の見習いのようでもある。首にかけた三日月に十字架という聖印の形から、女神アーステリスの信徒だということがわかる。

 そして、この若さで神官服と聖印を授かっているということは、わざわざ冒険者にならずとも、普通に神官として生きていくことができるはずだ。

「で、君はどうして冒険者になろうと?」

「僕ですか? ……そうですね。僕はロナと申しまして、アーステリス様の信徒をしています」

「ふんふん。でも、神官が冒険者にっていうのは、なんていうか珍しいよね」

「はい。僕もこうして、冒険者になるつもりはなかったのですが、いつも通りアーステリス様にお祈りをしていたところ、神託を受けたのです。冒険者となって世界を救うのだと」

「へぇ~」

 マルナは神託なんて聞いたことないので、本当にあるのだろうかとジェイドを見る。すると、彼は目をそらした。

 ……ん? なんで目をそらしたんだろう?

 マルナは考え、どうして目をそらしたのか思い至ってしまった。

 ロナが受けたという神託。それはもしかしたら、ジェイドの仕込みなのかもしれない。……追及するのが怖かった。

 とりあえず黙っておこう。

 そう決めて、彼女は最後に残った少女を見る。

「えっと、君は?」

 年齢はやはり、ミーアやロナに近い。顔は整っていて綺麗なのに、ぼさぼさの髪に眠そうにぼんやりした瞳がそれを残念にしている。

「んあ? ウチのこと?」

 ロナとミーアをまるで他人事のように見ていた彼女は、マルナが声をかけたことでやっと反応する。

「そうそう。あなたはどうして冒険者に?」

 尋ねられた少女は、ぼりぼりと頭を掻きながら、面倒そうに答える。

「ああ。ウチはクロエっていう魔術師なのさぁ。でも、この国ってあんまり、魔術師を重要視してないから、研究素材とかいつもカツカツなんだよねぇ。そんなら自分で集めたほうがいいかなぁって思ったのさぁ」

「そうなのね。……なんか、この子が一番自分の意思で冒険者になりに来たっぽい」

「いや。皆、自分の意思だからな」

 ジェイドの言葉に、クロエが頷く。

「まぁ、確かにジェイドさんには色々言われたよぉ。でも、結局さぁ。それを聞いて判断して行動したのは、ウチ自身の意思だし、他のやつもそうなんじゃないのぉ。知らんけど」

「そうなの?」

「いえ、僕は神の意思です」

 ミーアとロナがそれぞれの反応を示す。

「だから知らんって言ったじゃんよぉ。はぁ、めんどい」

 ぼやく彼女の頭を、ジェイドは優しくなでる。

「まぁ、何はともあれ、将来有望な冒険者が三人も集まったんだ。今日はめでたい! ってことで、三人にご飯を奢ろうじゃないか。なのでマルナはご飯の用意をして」

 上機嫌なジェイドはそう提案してくる。まぁ、マルナとしても気持ちはわからないでもない。将来有望かは彼女にはわからないけれど、少なくとも、何かが始まるような気もするのも確かだった。  

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