幕間「平穏な日常」

第49話「朝からダイナミック……はキャンセルしてフライハイ!」



 太陽が眩しいくらいに輝いていた。


 前世の世界とは異なるやや蒼みがかった色合いの空。


 エーフィン・グランデン領トーリェン・プリムは本日も晴天なり。


 実に心地のよい朝だ。


 そんな暖かな空の下、おれ達は空を舞っていた。


 眼下に見えるはトーリェンプリムの街。それと屋敷から街の門へと続く草原と道。


 そして、その道をホバー走行でおれ達を追いかけて進むララの姿だった。


「待って~」


 そんな中、おれとシアとティエラは多段風圧力場エア・ブーストによる跳躍で誰が一番飛距離を伸ばせるかで競いあっていた。


 ちなみに多段風圧力場エア・ブーストってのは風圧力場エア・ブーストを一度に複数回使用する高等技術だ。


 バランス感覚の関係から才能のある者以外はかなりの努力と修行を要する。


 ララは努力を諦めた口だ。戦略的にあまり必要ないからともいう。


 多段風圧力場エア・ブーストには多重と連続使用の二つが存在する。


 空中で風圧力場エア・ブーストによる追加のジャンプをしたり、一回風圧力場エア・ブーストによる大ジャンプをしてからさらに空中で風圧力場エア・ブーストによる追加ジャンプを行う、なんてのが連続使用。


 これは無防備な空中で軌道を変えるのに有効な技だ。


 そして多重使用。一度に何発も風圧力場エア・ブーストを起動させ威力を増強する。これが今回行っている奴だ。


 これは各々の脚力、つまり身体能力によって異なるので完全に同じというわけではないが、具体的には一回の風圧力場エア・ブーストでだいたい8踏足レノリ、つまり約2、5m前後上空へと飛べる。


 なので連続使用二回で5m。三回行えば、上手くやって7から8mと行った所か。


 ちなみに二重で行った場合は24踏足レノリ。7mほど。


 三重ともなると大体50踏足レノリだから15m程の高さまで跳ぶ事が出来る。


 ちなみにもっと練習と努力をすれば四重、五重、連続四回、連続五回と、もっと多段風圧力場エア・ブーストの多段使用可能回数が増えていくらしい。


 十重なんてしたらどんだけの距離と速度が出るんだろうな。


 それはともかくとして。


 推力風圧エア・スラスターでコントロールしながらゆっくりと落下、衝撃を和らげて着地する。


 斜めに跳躍して最大距離まで上がるまでに推力風圧エア・スラスターでさらに上昇、落下の際にも推力風圧エア・スラスターでパラシュート降下みたいにゆっくりと降りるもんだから大分飛距離を伸ばせるしゆったりと降りる事が出来る。


 何より、ふわっと浮かんでいる感覚がなんとも心地よくて楽しいのだ。


 ただ、無詠唱の制約として体力の消耗を設定してあるため、ほんの少しだけ疲れる。

いわゆるMP消費とか魔力消費みたいなものだな。


 けど体力なんて少し休めば回復する。


 だいぶ高く飛んでゆったりと空を浮遊しているもんだから、その間にもほんのわずかだが体力も回復していく。

ララを待つ間ゆっくりと歩く訳でさらに回復もする。


 なので繰り返して使用しながら飛べば、案外疲れないものなのだ。

それに、体力なんて使えば使うだけ疲労に慣れて鍛えられる……気がするし?


 そんな訳で屋敷から街の入り口たる門……というか、正確には街からうちの屋敷に通じる門なんだけど、まぁそこまでの三十ペコ、つまりは三十分にも渡る長い距離を鍛えながら進んでいる訳ですよ。普通に走らせる程度の速度なら馬車よりも速いはずだしな。


「遅いて……置いてくで~」


 ララを待たずにティエラは再度跳躍を行おうとする。


「ティエラちゃんストップ。もうちょっと待とう? さすがに離れすぎだよ」

「え~。なんでやねん。ララもブーストつこうたらええやん」

「ララはブーストが苦手じゃからのぅ」

「苦手やったらそれこそ練習すりゃええやん」

「まぁそれもそうなのじゃがな」

「ララちゃんは回避型の戦闘スタイルじゃなくて装甲で受け流すタイプだから」


 戦術的にもララはブーストを必要としないのだ。

 ゆえに鍛錬などで必要な時以外は風圧力場エア・ブースト自体魔紋登録していないようだ。


「なんやもう、せっかく面白うなってきとったのに~」


 ティエラは少々御立腹らしい。


「楽しみにしとったんやで……朝の競争」

「でもこれ以上距離を開けるのは危ないよ」

「むぅ~、つまらん」


 ティエラのブーストジャンプとスラスターでの落下コントロールが余りに上手なのでついつい釣られて普段以上の距離を跳躍してしまったのだ。


「あんまりばらけると危ないよ」

「そうじゃそうじゃ。またアレが出るやもしれん……」

「何が出るっちゅうねん」

四眼巨大黒毛牛狼ペルペルパンバギウスじゃ」

「なんやねんそれ」


 残念。魔物知識の無いティエラには理解できなかったようだ。


「準大型魔獣じゃ。幻屠獄悶闘岩人げんとごくもんとうがんじんのゴーレム、中級魔獣よりも凶悪な奴じゃ」

「魔法も使えるんだよ」

「なんでそんなんがおんねん……」

「わからないけど、この間襲われたんだよ」

「本来はおらんはずだったんじゃ。多分、事故による乱入か……何者かによる暗殺計画という可能性もある」

「ほぉ。ええなぁ。ほんなら返り討ちにしたったらええやないけ」

「無理じゃ。あれは子供の身でなんとかなる相手ではないのじゃ」

「準大型くらい楽勝やろ」

「実際に見ておらんからそんな事が言えるのじゃ」

「絶対おしっこ漏らすよ」

「漏らしたんか?」

「そりゃあもう、ドバドバだったよ」

「あれは苦い思い出だったのじゃ」


 そんなこんなで話しているうちにララがやってくる。


「お待たせ~」

「遅い~」

「ごめ~ん。で、何の話してたの?」

「あんま急いでると四眼巨大黒毛牛狼ペルペルパンバギウス出るよ~って」

「ひぇっ……」

「楽勝やで。な?」

「無理無理無理ぃ……!」

「さすがにあれは勝てないよ」

「せやけど冒険者やったら倒せるんやろ?」

「たぶん駆け出しじゃ無理なんじゃないかな」

「そうなん? けどええよなぁ。冒険者」


 ティエラは冒険者に憧れているらしい。


「そんなん出てきた所で華麗にズバ~ッってぶっ倒すねん。んでな、恐怖でブルブル震えて腰抜かしとる一般人に向けて手を差し伸べながらこう言うたるねん。『大丈夫か? 立てるか? 怪我はないか?』 ってな。んでお礼も受け取らんで颯爽と立ち去るねん。ウッハめっちゃかっこええわぁ~!」


 頬を赤く染めながらクネクネ動くその姿はさしずめ夢見る乙女といった感じだ。

 ティエラはそんな冒険者になりたい側なのだろうか? それとも実は救われるお姫様の側に憧れているのではないだろうか?

 謎なリアクションである。


 ちなみにこの世界の冒険者というのは古いTRPGによくあるような危険なならず者達では断じてない。

 身分に関係なく誰でもなれるものではあるけれど、いざという時に命を賭して戦い国を守る誇り高き戦士達なのだ。


 そもそもまずは成人認定試験に合格した国の認めた大人としての資格が必要となる。

 スラムでその日暮らしに飲んだくれて過ごしてたり盗みを働いたりするような非国民にはなる権利すら無いのだ。


 そして何より英雄譚である。

 魔法があるとはいえ、中世ヨーロッパに近いこの世界。娯楽が少ない。

 まぁ、魔法オーブによるテレビみたいな魔法放送だったり異世界人が広めたテーブルゲームやらカードゲームみたいなのがあったりもするみたいだけど、やっぱり一番馴染み深いのはサーガだ。


 様々な英雄が活躍する大冒険、大活劇な物語は子供心をくすぐり冒険心をかきたてる。

 子供はおろか大人だって大好きだ。


 だから酒場で吟遊詩人が歌うのみならず、魔法オーブの放送ドラマだって冒険者の英雄譚が多くをしめている。

 それだけ人気なのだ。


 未知の遺跡を探検したり、強大な魔獣の群れに襲われた村を救ったり、時には妖魔との戦争物だったり。

 彼らはその命を賭けた代償として莫大な富と、時として栄光を手にする。


 そんな冒険者達の物語はフィクションじゃない分、波乱万丈だ。


 あれ? あの冒険者の物語の続きなはずなのに、パートナーのあいつが出てないぞ?

 なんて話があった場合、大抵は別の冒険で負傷して引退していたり、最悪の場合死んでたりする。


 死の瞬間が描かれる冒険者もいれば、描かれる事も無く影で散っていく者さえいる。


 命とは儚いものなのだ、と気付かされるのと同時に、彼らは命を賭してこの国を守ってくれているのだと感謝の気持ちさえ沸いて来る。


 そんな冒険者をならず者と言う輩がいるはずがない。


 もしいるならば、そんな輩は非国民に違いない。


 散る花もあれば咲く花もあり。


 当然の如く、バッドエンドな物語ばかりであるはずがない!


 英雄達のサーガには当然の如く、莫大な富を得てハッピーエンドに至る物語だって多々あるのだ!


 大冒険! そして富と名声!


 ロマン溢れるサクセスストーリーが受けないはずもなく!


 その結末に憧れて冒険者を目指す者だって当然いる訳で……。


 なんでも生きた遺跡にはそりゃあもう様々なお宝が眠っている事が多いのだそうな。


 例えば古代魔法文明の遺跡には失われた古代の魔法技術とかが眠っていたりだとか……。


 ちなみにおれ達が今使っている魔法もそういった、けっこう最近になって解明された古代魔法文明の遺跡から発掘された技術なんかも多いのだそうな。


 それこそちょっと昔なんかは魔法といったら詠唱が当たり前、みたいな感じだったらしく、今でも高等な学び舎でない限り未だに古い詠唱魔法なんかが当たり前のように教えられていたりするらしい。


 そう考えると、おれ達は大分恵まれた環境にいると言える。


 ただ、今の時代はもう生きた遺跡というのはほとんど無いらしく、新しい遺跡が発掘されても即座に探索は法律違反で、まずは国に発見を届けて許可を得た冒険者以外探索はできないのがルールなのだとか。

 夢の無い話だこと。


 あぁ、生きた遺跡っていうのは、新しく発見されたばかりの誰にも踏破されていない遺跡の事な。


 それに遺跡といっても古代人がわざわざ侵入者よけに罠を張りまくるなんていうのはゲームのための都合の良いフィクションな訳で、実際にそんな遺跡はほとんど無いらしい。

 だからRPGにあるようなトラップを切り抜けながら進むダンジョンってのはまず見られないのだそうな。


 最も、稀に自分達が暮らす文明が崩壊する事を予見して、未来の冒険者のために、なんて罠だらけの遺跡を残したりした変わり者もいたりはするらしいんだけどね。


 それはさておき。


「あ~、なりたいなぁ! 冒険者!」


 ティエラの言葉に。


「うむ、なりたいのぅ」


 即答するシア。


「けど、危ないよぉ……?」


 現実的な反応を示すララ。


 そして――。


「……」


 未だに何になりたいか、悩み中のおれ


 確かに、冒険者ってのは憧れる。

 せっかくこんな世界に生まれてきたんだ。

 面白おかしく生きたいし、富も栄光も手に入るってんなら欲しいし目指したい。


 けど――。


 あの時。おれは恐怖で動く事さえできなかった。

 パパさんが助けに来なかったら、あの人が元英雄なんて存在じゃなかったなら、間違いなく殺されていただろう。

 冒険者になったら、あんな怪物ともやりあわなければならないのだろうか。


 あれと戦って生きて帰れる未来なんて、今はまったくと言って良いほど想像さえ付かない。


 まだまだ、全然、実力が足りてないんだ……。


 というか、そんな危険な仕事なんて諦めて、夢を追いかけるってんならせっかくこんな可愛いんだし、アイドルみたいなのもいいんじゃないかなぁ、みたいな、ね?


「……」


 ちなみに作家って夢は諦めた。

 この世界、フィクションの物語の需要がめちゃくちゃ低いんだ。

 なんたって下手な物語よりサーガの方がクオリティ高いんだもんな。

 事実は小説よりも奇なり、ってな。

 それを地で行くような物語が山ほどあるんだもんな。


 何より、こっちの世界の人達はわりとシビアだ。


 下手に盛り上げるようなフィクションを織り交ぜれば嘘くさいと叩かれる。

 そしてあまりにも練らなけすぎればつまらないと叩かれる。


 唯一盛り上がる展開が許されるのは実話であるとされる場合のみときたもんだ。


 だったらもう、いっそ冒険者についていってサーガでも纏めた方が売れるだろう、って感じなのだ。


 本当、俺。この世界で将来何しよっかな。


 なんて未来について悩んでいると。


「さて、そろそろええか?」

「え?」

「え? やあらへんがな。競争の続きに決まっとるやろが」

「あ、あぁ~、うん、そだね」

「なんなん?」

「うぬ、たま~にな」

「うん、たま~にね」

「ミリアは最近こうして何か思い悩んだ顔で固まる事があるのじゃ」

「悩んでるミリアちゃんも可愛いよぉ。ハァハァ……」

「なんやねん。悩み事があるんなら相談しいや。もっと頼ってもええんやで?」


 さわやかなスマイルを向けるティエラに。


「うん、本気で困った時は頼るね」


 と答えて。


「よぉし、それじゃあ行こっか」

「おうよ」

「うむ」

「お手柔らかにね~」


 そしてトリプルブーストで大跳躍。

 空を舞うおれ達と、それをホバー走行で追いかけるララの姿があるのだった。



 ちなみに朝のトイレについてだが。

 さすがに何度も同じミスは繰り返せない。

 お客様のティエラに、窓からのダイナミック飛び降り放尿を強要するのも忍びない。

 もちろん自分がするのももう勘弁だ。


 なので、今日は朝早くに起きて早めに済ませておいたのだった。

 よって早朝のロードバトルは回避できた。



 こうして、おれ達は今日も無事に学校へと向かうのだった。


 平和が一番だよね。



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