第36話「今日は楽しい休息日(後編)」
「よっしゃ! ほんならはじめよかー!」
訓練場に到着次第、ティエラちゃんがやる気満々の表情で身構える。
二人きりの空間。
周囲は静か。
邪魔する物は何も無い。
ちなみに部屋の見た目はなんというか、どうしたらこんなにも同じような文明になるのだろうかと不思議に思うくらいに、俺君の知っている日本の道場に良く似てたりする。
掛け軸めいた飾りも壁にあるし、板張りの床や壁の色に見た目、全てにおいて、まさにザ・日本の道場、って感じなのだ。
材質とかは多分違うんだろうけど、見た目的に似た物を使っているんだろうね。これも異世界転移者が関わっているのかもしれない。
まぁ、それはともかくとして。
「よし、行くよー!」
私も距離を取って身構える。
「ほな、いくでー!」
そして戦いが始まる。
ちなみに、ティエラちゃんも私も格好は来た時のまま。
これにはちゃんとした理由があったりする。
――個人防衛権利法。
ここレムリアースでは自身の身を自分の力で守る権利が国法により認められているのだ。
俺君のかつて住んでいた日本という国とは違って、全てを
そして、有事の際には犯罪者を殺害しても当然の権利として認められるのだ。
過剰防衛なんていう裁決は、よほどのことでもないかぎりこの国ではありえない。
明らかに相手に非がある戦闘状況の結果であれば、当然の権利として個人の武力の行使が法で認められていて、身を守るために戦う事は個人の権利として守られて……ううん、むしろ国家から推奨されているくらいなのだ。
つまりこれは、事件が発生した時なんかに、憲兵なんかの身分が無かったとしても、戦いに参加する事が許されていて、自衛は自己責任としても、事件解決のために個人の武力を行使する事が許されているという事でもあったりする。
学校の周辺。登下校通路とか中央街にある貴族街なんかは警備が万全なんだけど……。
商業街や一般民居住区から少しでも外周に離れたり裏路地に入ったりすると、そこにあるのは
そこは、法的に国民と認められていない危険な方々がたむろする場所。
彼らはみんな貧困にあえぎながらも非正規業の安月給で細々と暮らしている無害な方々が大半だという。
けれど中には、デスクリムゾンに行く勇気も無い癖に中途半端な犯罪を行って生活しているチンピラまがいの犯罪者なんかも一部住み着いてたりするらしい。
中には邪教を崇拝しながら国家転覆を企むテロリストなんかも点在するという話だ。
努力もせず、はいあがるチャンスはあるのに怠慢に生き、そんな自身の選択による不幸の原因を他人に求めて罪を犯して生きる者達。
彼らの怒りの矛先は大抵、富める者に向かう。
ましてや、力の弱い子供ともなればなおさらだ。
そんな万が一の時、相手が不意に襲ってきた場合に備えて、最低限身を守るために行うのが、対市街地遭遇戦用、着衣戦闘訓練なのだ。
――ちなみに、さっきの法律について、悪用する者がいるのではないかとの懸念もあるかもしれない。
確かに、気に入らない人を殺したりして、死人は口無しとばかりに嘘の証言を行う事で自身を被害者であるかのように主張して、殺人の罪から逃れようとする悪い人もかつては存在したという。
けどそこは魔法の国。
術師による術式見聞捜査が行われて、嘘を禁じる魔法を行使して、本人に真実を語らせるという方法を用いる事で虚偽による殺人無罪が発生する事を防いでいるのだ。
検査員も定期的にこの魔法により、不正をして罪人を養護していないかを調べられる程の徹底ぶりだから、法が悪用される事はほぼありえない。
まぁ、それはさておき。
「せいっ!」
一瞬の踏み込み!
たった一歩の跳躍でティエラちゃんが目の前に現れる。
そして、ゆるく握られた拳がスルリと首元めがけて伸びてくる。
ちなみに今回のレギュレーションは、怪我をしないために貫手などの刺突、斬撃攻撃は禁止にしてたりする。
せっかくのお洋服が斬れちゃったらもったいないからね。
まぁ、
ティエラちゃんの得意分野はそっち系、斬撃主体の狼牙銀爪拳だからね。
万が一にも本気とか出されちゃったら三級で覚えられる日常生活レベルの回復魔法じゃ治しきれない。
怪我する場所次第じゃ致命傷だ。
だから今回は、当たったら一本という形に。
ここまで歩いてくる途中で決めたのでした。
後は目突きと鼓膜への攻撃、噛み付きなんかも禁止ね。
一方、
あぁ、
男の時みたいに致命的な急所って訳でも無ぇし、妥当だな。
ちなみにこの名称、見た目瘤みてぇなでっぱりで、まるで膿んでいるかのように激痛が走るという事から名づけられているらしい。
世界が違うと名称も違うもんなんだな。
しかし金的か……男だった時がどんだけ不利だったかを思い知らされるぜ。
思いっきりデコピンされただけでも悶絶必至の激痛とかどんだけ頭悪いんだよ……。
この身体構造の設計図作った奴、絶対馬鹿だろってずっと思ってたからな。
男ならみんな思うだろ? くっそ邪魔だなぁって。
そのアレが今はないんだぜ?
バンバン叩いても太ももとか腕叩いてるのと大して変わらない程度とかさ……反則だろ。
まぁ、小さいピンポイントに勢い良くぶつかったらめっちゃ痛いんだろうけど……。
それなりに色んな皮膚みたいのに守られてるし、よほど一点集中で来ない限り大丈夫だろ……多分。
今のところそういった事故にあった事はねぇ。
この体、幸せすぎるぜ……。
それはともかくとして、ティエラちゃんの放つ、設定上貫手扱いとする事にしてた拳打をスルリと避け、こちらも拳をあわせる。
その拳に対し、にやりと笑いながらティエラちゃんは腕の側面を叩きつけるような勢いで捌いて払いのける。
「~~~ッ!?」
痛ぁーいっ!
腕の骨に手刀を打ち込まれたような衝撃が走る!
受けと攻撃が一体化してる……っ!?
狼牙銀爪拳の技なのかな……。
一瞬、意識が痛みに集中しているその隙に――。
「もろた!」
ティエラちゃん渾身のハイキックが即頭部めがけて襲い来る!
しなるように鋭い蹴り脚が迫る。
脛を叩きつけるタイプの蹴り。
俺君の世界で例えるなら、ムエタイ系の蹴りっていうのかな?
蹴り脚を高く上げているため、当然スカートの中が一瞬丸見えとなる。
外行きの服とはいえ、正装でなければ尻尾が邪魔なのでパンツをはかないのが獣人スタイル。
当然、はいてない。
見えてはいけないものが丸見えだけどそんな事は気にしない。
お互いに女の子だしね。
そもそも、戦場でそんな事気にしてたら死んじゃうからね。
その点、この世界の常識は、俺君の世界とは異なってて良く出来ていると思う。
羞恥心なんて、戦士には不要。
戦場での羞恥心は時に死を招く。
だからレムリアースでは戦士として生きるために、死なないために、戦場では恥じらいを捨てる事こそが一般的とされる。
見られてはいけない場所をモロに見られちゃっても、戦場では怯まない。
というか試合とかの場合なんかは「あ、お見苦しい物をお見せしちゃってごめんなさいね」的な感じですませるのが礼儀だ。
見てしまった方も「あ、お気になさらず」の精神で軽く受け流す。
これが作法なのだ。
まぁ、生きるか死ぬかの戦場で、恥じらいのせいで生まれた隙で死んじゃったら元も子も無いもんね。
ちなみに男子は逆で、万が一見せられちゃっても怯まないように精神を鍛えられるのだそうな。
だからモロ見えでも気にしない。
全力全開で戦うのみ!
なんかこう、一部桜色な場所が見えちゃってるけど、全力で蹴りを放つティエラちゃん。
そして迫り来る蹴り脚!!
……うん、これもう走馬灯見えてるのでは? って気付いた方もいるかもしれないね。
半分だけ正解。
実はゆっくり見えてたりするんだよね。
獣人特有の目の良さのおかげでね、最初の攻防の段階から脳がクロックアップ状態で周囲の動きが遅く見えてるのです。
動体視力の差なのか、前世である俺君の頃とは見えるスピードが全然違うんだよね。
だから割と余裕で対処が出来たりする。
ただまぁ、実際の戦闘では加速魔法とかかけるから、もっと速くなって対処も難しくなるんだけど……そこはほら、今回は訓練な訳だし。
今はまだ、お互いに目を慣らすためのゆっくりしたじゃれ合いみたいなものだったりするんだよね。
というわけで。
迫り来る蹴り脚に対してちょっと急ぎめで体を無理矢理動かして、最小限の動作により肘で迎撃する。
こんな芸当、前世の体だったらできるはずがないよね。
見て、理解して、対応するなんて無理無理無理。
見て理解するより早く攻撃が叩き込まれるのがあっちの世界での現実。
見てからじゃ遅い。
初動だけ見て即、予想して反射する。
それくらいじゃないと間に合わない。
それが、俺君の世界での当たり前。
でも、この世界では違う。
私がガード用に繰り出した肘に、ティエラちゃんの脛が叩きつけられる。
勢いを一瞬殺して身をよじって方向転換しようとしてたみたいだけど間に合わなかったみたい。
「痛゛っ!?」
月兎光舞拳初伝。
拳や蹴りなどの攻撃に対して肘でブロックする戦術。
こうする事で地味にダメージを蓄積させる技だ。
対武器戦の場合は、相手の武器によっては武器破壊も狙う。基礎にして必殺の基本技である。
まぁ、さっきのお返し的な意味合いもある。
そして痛みで一瞬怯んだティエラちゃんに――。
下から蹴り上げる、膝を伸ばした蹴りを放つ。
俺君の世界で例えるなら、中国武術式の上空に向けて踏みつけるような蹴りだね。
普段やってる柔軟の成果がここで生きる。
この蹴り、股関節が柔らかくないと相手の顔まで蹴りが届かないんだよね。
けれど、さすがはティエラちゃん。
顔面へと下から伸びる蹴り脚を、スウェイバックして上半身を反って避けて、そのままバク転しながら距離を取る。
ほんの一瞬の攻防。
けれど、お互いに良い目慣らしにはなった。
「よっしゃ、ほんじゃ今度はウォームアップ用に、加速ありでいこか」
「おっけーっ」
こうして、長くて短い休日の実戦鍛錬が始まるのでした。
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