第37話「戦う理由」


 来世であるこの肉体に宿って七年になる。

 女々しいと思われるかもしれねぇけどさ。未だに思い出してしまう事がある。

 忘れた方が良い記憶。前世での事さ。


 かつて俺は作家を目指していた。

 その前は役者を目指していた。


 俺はさ。結局叶えられなかったんだよ。夢って奴を。


 そりゃあ全力でがんばったよ? 努力だってしたつもりさ。

 けど、届かなかった。眩しい憧れの世界に、指先の一本さえ触れる事ができなかったんだ。


 小さな事務所に所属してた時期だってあるんだ。ちょい役だけどCMに出たりな。ほとんどスチール広告の写真モデルがほとんどだったけど。


 それが、劇団立ち上げようとして、呼び込んだ役者の中の一部から嫌がらせを受けて、扇動されて、後一ヶ月ってとこで集団で役者に逃げられて。頓挫せざるをえなくなって。小屋ハコ代20万近くを無駄に使う羽目になった。んで、役者って存在そのものがトラウマになっちまって。全部嫌になって役者をやめちまった。


 その時に残った脚本用の物語があってさ。それを元に今度はヴィジュアルノベルを作ろうとしたんだ。

 まぁ、今度は身内に“俺を蹴落としてリーダーたぶらかしてサークルを私物化しようとする奴”が現れて……。

 結局作品の版権はもぎ取って守り抜いたものの、サークルは潰れた。そして人間不信になった。


 人間不信になった俺は一人でもできる創作の道として小説を選んだ。書きたかったネタは沢山たまってたからな。当時流行ってたWEB小説って奴を始めてみたのさ。まぁ結局は、音とか目で見る演出抜きで書いても実力は発揮できず……そもそも小説盲の俺が純粋な小説なんて、どうあがいたって無謀だったのかもしれない。結局ろくな結果は出せなかった。


 挙句、某呟くSNSでやたら粘着して噛み付いてくる奴がいて、ちょっと反対意見呟いただけでさらに粘着してきやがって……不快になって一旦そのSNSをやめたら、今度はネットストーカーみたいな不自然な出来事に襲われ始めて……。


 何の成果もあげられず、度重なる様々なストレスが原因で欝になって、ネットストーカーの話もしたら統合失調症判定ももらっちまって、仕事もやめざるをえないほどに追い込まれて。それでも金は稼がなきゃならなくて……3級じゃあ障害者年金とかもらえないんだよな。で、障害者用の仕事についたものの、まだ回復しきってないのに無理したせいで欝が悪化して、その仕事もやめちまって……んで、家を追い出されて。小説書くことさえできなくなって、夢も希望も何もかもを失って……。


 何でこんな話をしだしたかって?


 そりゃぁ、どうしてこうまでして強くなる事に躍起になってるのかって話しだよ。


 前世ではとにかく、何をするにしても色々邪魔が入って、結局は全部諦める事になっちまった。


 それがどう関係あるのかって?


 まず第一に。今は環境がまったく違うって事だよ。


 力を貸してくれ仲間が沢山いる。


 前とは違うんだ。とても喜ばしい事さ。


 あの頃みたいに、誰かからの邪魔が入ったりしない。むしろみんな味方なんだ。

 泣けてくるくらいに嬉しい事だよ。みんなが俺を応援してくれて、力を貸してくれる。

 なら、がんばるっきゃないじゃん?


 次に、今度こそ、生きてるうちに何か一つでも成果をあげてみたかったから。


 やりきって、何かの頂点に立って、やりきった、成し遂げたって経験が欲しかったんだ。


 全部、中途半端なまま終わらざるをえなくて……結局自殺を選んで……まぁ、死因は事故なんだけどよ。

 そんな前世だったからこそ。憧れるんだよ。頂点トップって奴に。


 こんな愚痴みたいな話、もし聞かされたら嫌になるかもしれねぇけど。

 悪ぃけど、これが俺なんだ。


 転生して幸せな環境にいるってのに、今でも過去の事で色々と考えちまう。


 三十年以上過ごしてきた記憶や経験って奴は案外忘れられないもので、そもそも人間ってのはトラウマのある時期が人格を作るって説もある。

 だから、俺って人間やつはいつまでたってもあの頃のままなんだろう。


 ……だからこそ、本来人間は転生したら記憶をリセットされるんだろうな。


 けど俺は違った。


 こんな不幸な記憶、無かった方がましだった。

 けど、だからこそ、がんばれる。

 人生を再挑戦するのが、この転生での俺にとっての意味であり目標なんだ。


 だからさ。俺にとっては意地みたいなもんなんだよ。


 この世界でしっかりやりきって、成し遂げて、何かで頂点取りてぇんだ。


 何かに真剣に全力で取り組んで、結果を出したいんだよ。


 だからさ。くだらねぇと思われるかもしれないけど。

 今の俺の目標は、こいつを超える事だ。


 目の前で身構える愛らしい少女を見据える。

 ティエリア・ウィンドスレイヤー。

 活発そうな明るい笑顔が可愛らしい、猫族アイルーリスの少女。


 俺の……この体。ミリアの親友で、クラス最強の体術使い。


 勝ちたい。

 勝てるだけの実力を身に付けて、さらなる高みへと登りたい。


 それが、今の俺の目標なんだ。


 だから――。


 胸を貸してもらうぜ。ティエラ。



 俺は、目の前の可憐な少女へと向かって全力で駆け出した。


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