第34話「今日は楽しい休息日(前編)」



 夕日の赤に染まる校庭。


 一人の少女がそれに苦戦していた。


「うんしょっ……えいっ……!」


 ララちゃんだ。


 今よりもちょっとだけ幼い。


 行っているのは変則空中二段ジャンプの応用、初等科二号生における上級訓練である変則空中二段宙返りだ。


 バク宙をする途中で風圧力場エア・ブーストで加速して高速バク宙するというもの。


 それを何度も繰り返している。


「むずかしい……」


 変則空中二段宙返りは初等科二号生における最大の難題だ。

 その頃のララちゃんにはまだとても難しいらしくて……。


「う~ん……ちょっとタイミング遅いかな。少しでも遅れたら頭打っちゃうよ~」


 すでにできるようになった私が付き添ってアドバイスしていたのだ。


「わ、わかった……こ、こうかな?」


 タンっと飛び上がり魔法で宙を蹴り、クルンっと一回転。


「うぅむ……今度はちと早すぎじゃな」


 その光景を眺めるシア。

 シアも当然、今よりもちょっと幼い。


 私の視点も、ちょっとだけ低い。


「むぅ~……」


 わずかでもタイミングを間違えると物凄い勢いで頭を打つ危険性がある。

 だから一人でやるのは禁止。

 友達と見守りあいながら訓練するがルールだ。


 特に衝撃緩和風圧防護エアクッションが発動しているかはきちんと確認する必要がある。


 危険な訓練だけど、ここ白露花女学院においては、前世でいう所の逆上がりみたいなものだ。

 出来るようになって当たり前。これが出来て初めて次の応用技に進めるのだから。


「見ててね。このタイミングだから……えいっ」


 お手本に、タ・タンッと回転する。


 景色がクルッと回転して見事にスチャッと着地する。


「こんな感じ。どう?」

「わ、わ、衝撃緩和風圧防護エアクッション無しじゃ危ないよ。死んじゃうよっ……」

「大丈夫大丈夫これくらい」

「こらっ。いくらお主が慣れておるからといえどそれは見過ごせんぞ」


 結構本気で怒ってる様子のシア。


「万が一という事もある。練習の間はきちんと安全な環境でやらんと……危ないじゃろうが」

「ごめーん」

「まったく……」


 そうこうしていると、集まってくる小さな影たち。

 それはカタリナちゃん達。純人トリオのみんなだった。


「わ、我々にも御指導いただきたいでありますっ」


 やっぱり今よりもちょっと小さい。


「わしらもたまに成功はするんじゃがのぅ……手本にできるほどではないんじゃ」


 ナタリーちゃんとエミリーちゃんもこの変則空中二段宙返りにてこずっているようだ。


 獣人族と純人族。やっぱり種族が違うとどうしても壁ができてしまうもので、あの時まではあんまり仲良くできてなかったんだよね。


 やっぱり生まれ持っての力の差っていうのはあるもので。

 そのせいで色々と考えさせられるものがあるみたい。

 私はそういうの気にしてなかったけど、力の無い側からすればやっぱ『ずるい』って感じで嫌悪感とか出ちゃう場合もあるのだろう。

 力がある側からすれば『なんでこの程度もできないの?』って感じで苛立ったり上から目線になっちゃったりする事もあるから……。

 そうなってくると、頭を下げるのもプライドが邪魔になったりとか色々あったりして。

 そんなこんなで……まぁ、当時はちょっと派閥みたいなものがあったのだ。


「だったらさ。ティエラちゃんも誘おうよ。たぶんクラスで一番上手だよ」


 こうして、ティエラちゃんも招いての変則空中二段宙返りの練習大会が始まるのだった。




「つまりな? こう、バッと飛んで、ガって蹴るやろ? そんでもってドーンってなもんや」


 そんなこんなで呼ばれたティエラちゃん。

 技術は上手なんだけどね。

 説明がてんでダメ。

 見る分にはお手本にはなるんだけど……何言ってるかはさっぱり全然わからなかった。


 そうこうしている内に、他のクラスメイト達も集まってきて、全員で練習大会となっていく。



 そう、あの頃は結構バラバラだったんだよね。


 いくら魅力Sランクっていってもいきなり全員からの信頼を集められた訳じゃない。


 こうやって少しづつみんなと仲良くなっていったんだ。


 最初から無条件で好かれていた訳じゃなくて、ちゃんと努力の結果だったりするのだ。



 そんな事を思い出した。



 そう、これは初等科二号生時代の記憶。


 私はそれを夢で見ていた。



 景色が徐々に遠のいていく。


 懐かしい記憶。



 まどろみの心地よさに揺られながら、意識が覚醒していく。



 ……。



 …………。



 眩しい。



 窓を覆うカーテンと天蓋付きベッドのカーテンで遮られているものの、眩い太陽の光が出迎えてくれた。


 ……それにしても太陽、眩しすぎじゃない?


 ……?


 あれ? これもしかして……。


 目を開く。

 天蓋付きベッドの天上が見えた。

 差し込む光の位置を確かめる。


 おかしい。


 あの太陽の位置はおかしい。


 っていうか、この時期にこの暖かさもおかしい!


「わぁぁぁ! 寝坊したーーっ!? 遅刻だーーっ!!」


 ガバッと起き上がる。

 これ、お昼だよ! もうお昼の明るさだよこれ!

 わたわたと慌てて起き上がろうとする私。

 すると……。


「ぷっ」

「クスクス」


 押し殺したような笑い声。


「うにゃ?」


 周囲を見渡すと、二人の顔。


 ララちゃんとシアだ。


「遅刻だーっ、だって」

「寝ぼけておるのぅ」


 ベッドの上に二人の姿。

 ララもシアも制服ではなく普段着だ。


「え? え!? ちょっ、なんで!? 二人とも、遅刻……!」


 慌てて寝間着を脱ごうとする私を尻目にララちゃんは優しい笑顔でこう言った。



「今日は安息の日シュヴィルムだよ。ミリアちゃん」


 安息の日シュヴィルム……。


 それを聞き、カーッと自分の顔が真っ赤に染め上がるのが目に浮かぶ。

 それくらい、顔が熱い。


 このレムリアースにも曜日という概念がある。

 不思議な事に、それは前世の世界と同じく七日間。


 そして、当然日曜日に当たる休息日もある。


 それが安息の日シュヴィルムだ。



「い、いつからここにいたの?」


 尋ねる私の言葉に小首を傾げながらシアが答える。


「普段起きる時間くらいから、かのぅ」

「ミリアちゃんの寝顔、可愛かったぁ~」


 ほっこりした表情でやんわりと頬を朱に染めるララちゃんがいた。


「そんな長い時間いたんだ……」


 よく暇じゃなかったなぁ……と思いつつ。


 それだけ長い時間寝顔を見られていたという事実に顔が再び熱くなる。


「ミリアちゃん可愛いっ」


 抱きしめられて撫でまわされた。



 そんなこんなで、ちょっとしたアクシデントを挟みつつ……。


 今日も一日が始まりますっ。



 という訳で、今日は安息の日シュヴィルム

 前の世界では日曜日にあたる日。いわゆる一週間である七日間に一度ある休息日だ


 ちなみにこの世界の一週間は、月火水木金土日ではない。

 異世界なのだから当然だけど、偶然七日間という部分は同じであっても、意味と名前が全然異なるのだ。


 まず、週の一日目。祝福の日アヴァンシ


 一週間の始まりの日であり至高神であるデュオカルナス様に感謝する祝神の日を現す。


 前世の世界である地球とは違って、一週間は休息日である日曜日から始まる訳ではない。月曜日から一週間が開始される感じなのだ。

 まぁ、それも当然の事。

 あっちの日曜日は神様が世界を作り終えて休んだ日とか、確かそんな理由で休息日となっていたはずだ。

 けどこっちは向こうとは神話がまったく異なるのだ。

 こちらでは、神様ががんばって世界を生み出した日から始まる。

 神様がそれだけがんばったのだから、当然この日は人々も勤労に勤しむ事が神々に報いる正しい姿であるとされている。


 よって、この日は神に感謝し、日々の幸福に感謝して勤労に勤しんで生きる事が美徳とされる。


 次に週の二日目。聖魂の日ヴィルプレ


 銀狼神デュミナリア様に感謝する白銀の日を現す。

 ゆえにこの日は高貴なる魂を養うべく精錬潔白に生き、善行を行って過ごす事が美徳とされる。


 続いて三日目は運命の日グヴァンダ


 鏡魚神オレイユ様に感謝する水鏡の日を現す。ゆえにこの日は望む未来を実現するために努力する事が美徳とされる。


 四日目は正義の日ガルヒム


 星翼神カルティーネ様に感謝する輝星の日を現す。ゆえにこの日は不正の無い国家を実現するために善悪を正しく学び、清く正しく過ごす事が美徳とされる。


 五日目は叡智の日クヴィシュレ


 虹蛇神ナスティ様に感謝する環虹の日を現す。ゆえにこの日は知を探求し勉学に励む事が美徳とされる。


 六日目が福音の日エヴァンダ


 光兎神ルミナリオ様に感謝する蓮光の日を現す。ゆえにこの日は不幸を忘れて小さな幸せを探し笑顔で過ごす事が美徳とされる。


 そして七日目に安息の日シュヴィルム


 あらゆる神が一休みする虚無の日を現す。無病息災を願い、悪神に心を惑わされないよう、無理をせずに心身ともに安らかに過ごす事が美徳とされる。


 つまり、休みが許される理由が違うのだ。

 神様がお休みになられたから休息日なのではない。

 神の加護が無い、まぁある意味で神々の休息日でもあるので、人々にとっても休息日なのだ。


 そして、日々この美徳たる生き方を意識する事で、やがて毎日がこの全美徳に満ちた生き様となるよう、それを理想として毎日を過ごすのである。


 実に宗教的である。


 けど悪くない。


 実際にこの世界で出会う人、みんな良い人ばかりだし。

 いや、スラムとか行ったら悪い人もいるんだろうけどね?

 まぁ、稀に悪い人もいたかもだけどね?


 とても考えられている。実によくできていると思う。

 こんな教えを守って生きていたらみんな良い人になれちゃいそうだよね!



 さて、そんなこんなで休息日。


 さすがに四眼巨大黒毛牛狼ペルペルパンバギウスの恐怖は乗り越えよう、という事で……トイレの問題もあったから昨日はバラバラに寝るようにしていたんだけど。


 ちょっと、その……昨日は深夜まで一人でイロイロしちゃってて、寝るのが少し遅れちゃったんだよね。


 だからこんな失態をしでかしてしまった訳だけど……。



「そういえばミリアちゃん」

「にゅ?」

「今日はティエラちゃんがお泊りで遊びに来るんじゃなかったっけ?」

「ふぇ?」


 昨日の事をよく思い出してみる。


 そうだ、帰り際にそんな約束をしていたような気がする。


 この間、運動の授業時間中にアスレチックコースでティエラちゃんに勝つためにやった卑怯というか何というか、アレな技で隙を作った際にいたいけな少女を覚醒させてしまったあの時……。


 二人きりで寝技の特訓をしようと誘われていたんだけど。


 あの約束を今日果たそうという話になっていたのだった。



 なんでもありありで寝技の訓練。


 二人きりでの特訓。


 あんまり痛いのは無しで。



 そんなレギュレーションを希望された上に、ほんのりと頬を赤らめるティエラちゃんの姿。


 一体ナニを期待しているんだか。


 けど、ティエラちゃんの身体能力とスキルはクラスでも一目置かれる……というか、たぶんトップの実力だ。

 胸を貸してもらえるなら悪い話ではない。


 もっとも、勝つために途中からまたアレな裏技を使わないといけないだろうし……ティエラちゃんもたぶんそれを期待している。


 ウィンウィンの約束だし、いっかな? って思って約束しちゃってたんだよね。


 忘れてた……。


 はやく着替えないと。


 私はベッドから降りると着替えの前に水浴びをしようと服を脱ぎかけて……。


 催している事を思い出し、ダッシュでトイレにかけこむのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る