第32話「白露花女学院名物、掌泥闘覇(中)」


「行くぞ!」


 最初に身構えたのはタチアナちゃんだ。

 跳躍しての蹴り技主体、空中戦を仕掛ける際に用いる特有の構え。優雅に両腕を上げた姿勢。水鳥の構えだ。


 一方、メイファちゃんは……。

 静かに体を低くして、半身の姿勢に構える。特徴的なのは二指を突き出した独特の刺拳。蟷螂の構えで迎え撃つ。


 勝負は一瞬だった。


 風圧力場エア・ブーストからの跳躍! タチアナちゃんは多彩な蹴り技で襲い掛かる!


 一方、メイファちゃんはそれを見事に両手で捌きつつ、蟷螂手の刺拳で応戦する。


 両者譲らず、互角の戦い!


 どちらも被弾の様子無し!


 着地したタチアナちゃんへ、ブラリと片手を下げたデトロイトスタイルからのフリッカージャブの如き素早い一撃が放たれる。

 メイファちゃんの蛇のような拳打! 鞭のようにしなる一撃が襲い掛かる!


 ピシャリと、胸元をかすめる一撃が一線の彩りを描く。


 タチアナちゃんの胸元に、メイファちゃんの緑のインクが印を刻み付ける。

 されど、まだまだ浅いと判断されたのか、先生からの一本の宣言は無い。


「くっ」


 タチアナちゃんは再度、風圧力場エア・ブーストを用いて大跳躍。バク宙からの大バックステップで仕切りなおしを目指して距離を取り、身構える。


 一瞬の静寂が周囲を支配する。


 そして――。


「ひゅぅ……やるアルネ」


 口を開いたのはメイファちゃんだ。


 よく見ると、いつの間に一撃を入れていたのか、頬に桃色のラインが一線、描かれている。

 一撃が軽くかすめていたようだ。


 相手の実力を認めてか、照れ隠しか。


 タチアナちゃんに向けて、ウインクして笑みを向けるメイファちゃん。


「余裕ですね……。でも、これならどうです?」


 タチアナちゃんが両手を広く掲げた奇妙な構えを取り、その言葉を紡ぎだす。


「受けてみよ! タチアナ流操刃術! 舞鳥回旋刃!!」


 そして、何やら取り出して投げるような仕草をするタチアナちゃん!


「けぇぇーーっ!!」


 放たれたのは透明の……刃?


 いや、これは……ブーメラン?


 それは目に見えずらい透明のブーメランのような刃、それが、虚空を旋回するように目標へと向けて飛び交い、襲い掛かる!!


 恐らく、魔法がかけられているのだろう。何度も同じ場所へと先読みのしずらいランダム機動で飛来する!!


「どうです! 見えざる無数の刃に襲われる気分は!!」


 本来なら、これで終了……なのだろう。


 だがしかし――。


「どういうことじゃ?」

「おう、なんでタチアナは誰もおらん場所に向けて攻撃を仕掛けておるのかのぅ……」


 ドワーフのナタリーちゃんと小人族のエミリーちゃんが首を傾げる。


 それもそのはず。


 タチアナちゃんは“先ほどまでメイファちゃんがいた”てんで見当違いの場所に攻撃を行い、勝ち誇っているのだから。


「はっはっは! これでお仕舞いのようですね! さぁ、先生。試合終了の合図を」


 とは言っても、メイファちゃんは一切の被弾もないままに、タチアナちゃんのそばへと近寄っているのだ。


 そう、ゆらりと、迂回しながらゆっくりと。


「そうアルな。それじゃ、終わらせるアルよ」


 ペタリと、無防備なタチアナちゃんの胸元にベットリとインクが塗りたくられる。


「勝負あり! 勝者! メイファ!」

「なっ!?」


 まるで、唐突に目の前にメイファちゃんが現れたかのように驚愕の表情を浮かべるタチアナちゃん。


「やぁ、良い夢は見れたアルか?」

「これは……どういう……!」


 先ほど、タチアナちゃんが攻撃を向けた場所と、目の前のメイファちゃんを何度も見比べるタチアナちゃん。


 これは一体――。


「……幻影じゃな」

「シア?」

「恐らくじゃが。さっきのウインクが術の制約なのじゃろう。以降、恐らくタチアナは幻影を見せられておったのじゃ。己にとって最も都合の良い幻をな」

「……なるほど」


 それならば納得がいく。

 タチアナちゃんの奇行にも。

 メイファちゃんがいともたやすく近づく事ができたのも。

 良い夢は見れたか? の言葉の意味も。


「相応のリスクがあるはずじゃ。こんな都合の良い魔法。相当の制約が無ければ成立せんからのぅ」

「ありゃりゃ、すぐに見抜かれてしまたネ……また別のズルイ術、考えなきゃアル」


 白露花女学院名物、掌泥闘覇。

 第一回戦はメイファちゃんの勝利で幕を閉じた。


「ぬぅぅ……所詮、持たざる者は勝てないさだめなのかのぅ」


 小人族のエミリーちゃんが小さな声で呟く。


「やはりわしら非獣人ピュアでは勝ち目はないのかもしれんなぁ」


 ドワーフのナタリーちゃんも弱気な声をあげる。


 そこへ――。


「そうとも限らんよ」


 二人の前に颯爽と現れたのは、混じり気の無い方々代表とも言える、セフィアちゃんだった。


「何言うとんねん。あんたは充分に特別なもんもっとるやないかい」

「なに、君ほどじゃないさ」


 セフィアちゃんはティエラちゃんの前に立ち、その目を睨みすえる。


「お、なんや?」

「我が同胞が自らの生い立ちに心を痛めている。私は、彼らのために一矢報いたいと思っている」

「ほぅ、せやったら、なんやっちゅうん?」

「お手合わせ願いたい。と言っている」

「ん~……アンタとはもうちょい後にやりあいたかったんやけどなぁ」

「君でなければ意味が無い。このクラスにおけるトップの実力者である、君で無ければな」

「しゃぁないなぁ。ほな、いっちょ揉んだろかいな」


 重苦しい雰囲気漂わせてるとこ悪いけど、これ、ただの派手な泥鬼だからね?


 こうして、このクラスのトップ候補とも言える二人。

 セフィアちゃんとティエラちゃんの試合が決定するのであった。


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