第25話EX「幕間:ダークソーン家のお・仕・事☆(後編1)」



「という訳で、貴方を殺しに来ました」


 あれから十ペコ、つまりは十分後。セルディウス・ダークソーンはドヴロクサス・イーブルクラウンの目の前にいた。


 場所はデスクリムゾン内にある巨大な屋敷。中世西洋建築に似たデザインの美しい石造りの館。イーブルクラウン邸。富裕層の生活する闇カジノ街の中心にそびえたつ巨大屋敷である。

 当然、場所が場所である。スラムより平和とはいえ、いつ敵対者からの襲撃を受けるともしれない身。護衛は山のように配置されているはずだった。それが、三ペコほど前にあがった門前の悲鳴から、連鎖的に屋敷内へと無数の悲鳴が鳴り響く事となり……。


「申し訳ありませんね。貴方に“よりいっそうの恐怖”を、というオーダーだったので。暗殺というか、普通のカチコミになってしまいました」


 趣味の悪い真紅の部屋の中には漆黒の机や家具などが立ち並んでいた。その中に、紫の燕尾服に似たデザインの衣服を着込んだふくよかな男がいた。美しくロールされた金の髪、小麦色に肌を焼いた、碧い瞳の純人族。ドヴロクサス・イーブルクラウンである。

 そして、その両隣には、スラッとした背の高い真紅の髪をした狼族の青年と、比較的小柄な、少年めいた茶髪の猫族の青年がいた。


「最後に一応聞いておくね。ミロル、バグズ。どうしてそいつについた?」


 セルディウスは両者に問う。

 赤狼のミロルと茶猫のバグズ。両者の特技とする魔法は魔獣使役である。手印や呪文など、特殊な術式を用いた魔法で魔獣を捕らえ、マジックアイテムに封じ、自在に解き放つ事を得意とする。

 低レベルの魔物であればコントロールも可能だが、四眼巨大黒毛牛狼ペルペルパンバギウスレベルになると、コントロールは難しい。せいぜい、目標の近くへと向かうよう誘導させる程度が関の山だ。

 だが、それでも確実な死を与えるために中級魔獣クラスの襲撃を企てたのだろう。

いづれにせよ、人災で襲撃が起きた事が問題なのではない。その事に、ダークソーンの部下が使われた事に問題があるのだ。ゆえにセ ルディウスは問いかける。

 だが――。


「はて、何の事ですかな?」


 ドヴロクサスが割ってはいる。


「彼らはたまたま私の屋敷に招いていただけ。それに、一体何故私めが殺されねばならんのですかな」


 にやにやと、この状況において余裕を持つその姿にセルディウスは、ドヴロクサスが何か奥の手を隠し持っているであろうことを予感した。


「お前には聞いてない。黙ってろ」


 それでも、冷静にセルディウスは二人から真実を聞きだそうと努めた。


 なぜなら、二人はダークソーン家が従える暗殺者の中でも生え抜きのコンビ。若手ではトップクラス。手塩にかけて育て上げた自慢の部下であった。才もある。伸び代だってまだある。

 魔物を操り、魔物と連携する技術はレムリアース国内に数多あれど、その修行は過酷極まり、幼少期から魔獣の巣で共に暮らすなど、様々な努力の果てに成り立つ奥義とも言えるもの。ゆえに一種の動物のみを使役するのがやっと。だがこの二人は、魔法でコントロールするだけではなく、基本的に、あらゆる魔物と本能的に同調連携できるという特殊な才があった。軽い自我を残したままのコントロールでさえ一つの生物の動きが如く、完全連携できるというのは彼らくらいのもの。軽いコントロールでも連携できる強みは、魔力容量からくる使用魔法限界ともいえる容量を削減する上でも効果的である。ゆえに、まさに魔獣使役は彼らにとって、もっともふさわしい魔法と言え、その才は暗殺者ギルド上層部も目を置くほどであった。

 さらに体術にも優れ、忠誠も厚い。そしてセルディウスとの関係もある。

 彼らはセルディウスと同期であった。共に切磋琢磨していった友と呼べる存在。そんな彼らが金如きで裏切るはずが無い。ゆえに、セルディウスもガルヴエも、その点だけが疑問であった。

 彼らが、なぜイーブルクラウンなどに味方したのか。


 イーブルクラウンの暗殺者ギルド内でのイメージはあまりよくは無い。

 なぜなら、非暗殺者にして彼は発言力を高めるべく暗躍を繰り返していたからだ。


 主に商人が暗殺ギルドに入るのは、ギルド内の不文律を利用し、暗殺されないためである。だが、ギルドに所属しておきながら、暗殺の仕事を行わないのだから、上納金も当然、非常に高くつく。実際にデスクリムゾン内の悪徳富豪が多く参入しており、ギルドの収入源となっているのが現状だ。もっとも今回のようなケースになってしまえば契約は反故にされる訳だが……。

 それでも、命と比べれば安いのだろう。大半の富裕層はギルドに所属する道を選ぶ。もっとも、参入できるのはデスクリムゾン地区に住まう者に限られる。ゆえに他地区の富裕層はいつ狙われるともしれない恐怖を背負う事になるのだ。


 そう、商人は命を買うために本来はギルドに所属する。だがこのドヴロクサスという男は……。


「言いがかりは止めてほしいものですなぁ。一体私が何をしたと言うのですかな?」


 商人と言う立場にありながら、暗殺者を買収し、その立場を高めていったのだ。本人は殺しに関わらない。だが部下を派遣する事で暗殺を請け負う。新たなビジネスの一環として。

 そうして発言力を高め、他の暗殺一家を貶め、ギルドの乗っ取りを企て始めたのだ。いわばイーブルクラウンはギルド内におけるダークソーン家に対する政敵とも言える存在となった。


「私は正当な行為で地位を高めているに過ぎません。それにギルド内の不文律、知らぬ訳でもありますまい?」

「正式な依頼がおりた。お前はやりすぎたんだ」


 その言葉を聞き、一瞬顔を歪めるドヴロクサス。


「チィッ! スターフィールド……またアイツか……!」


 ギルドに入れば安全。そのはずだった。だが、こうなる危険性を知った上で“外”に手を出したのだから、もはや自業自得といえた。


「どこまで私の邪魔をすれば気が済むのだ……! あの青二才めが!!」


 激昂するドヴロクサスを蔑んだ眼で見下しながら、セルディウスは問う。


「ドヴロクサス。貴様が何故こんな事をしでかしたかは想像がつく。問題はお前らだ。もう一度問う。なぜこんなゴミに加担した」


 二人が口を開く前に、ドヴロクサスが慌てて口を挟む。


「金で買ったんだよ! 二人とも君たちの所では貧しくてやってられないって泣きついて来てね! 君たちはもう少し反省すべきなのではないのかね!?」

「……そうなのか?」


 その言葉に、セルディウスは明確な殺気を持って二人を睨みつける。


「違うんです……坊ちゃま。その……私は……恥ずかしい事に、恋人を人質に取られまして、仕方なく……」

「え? お前も……? 俺も……恋人を……」


 ここに至り、二人は顔を見合わせる。


「……っ、まさか」


 ようやく気付いたのだろう、これらは全てハニートラップであり、恋人と思っていた相手でさえも敵の手の内であったのではないか、と。


「何の事ですかな?」


 二人が睨みつけるその先――。

 しらばっくれるドヴロクサスがそこにいた。


「君たちの恋人? 知りませんなぁ、そんな輩は」

「しらじらしい芝居はやめにしたらどうだ。どうせ死ぬんだ。依頼が来た以上、お前の末路に変わりはない」


 セルディウスが両手を開いて半身に構え、戦闘体勢に入り依頼を実行に移そうとしたその時――。


「……今さら気付くとは愚か者な奴よ! 誰が貴様らのような日陰者を愛する者などいるものか!!」


 セルディウスの足元の影が膨れ上がり、二人の美女がヌルりと姿を現した。


「メイリ!?」

「アグサ!!」

「そうよ、わしが雇ったのじゃよ! お主らを貶めるためになぁ!」


 恐るべき速度で現れた二人の女暗殺者達は、その手に持った歪な形状の短剣ダガーで一瞬の内にセルディウスへと襲い掛かる――。


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