第26話EX「幕間:ダークソーン家のお・仕・事☆(後編2)」


――かつて、神々は魔法を生み出した。世界は魔法により豊かになり、神々は裕福な暮らしを実現し、幸福に暮らしていた。


 伝承ではそう語られている。真実はさだかではない。なぜなら、実際に過去がどうであったのかを知る者は、レムリアース国内はおろか、現エルデフィア星内において、ほぼ存在しないに等しいからである。


 魔法にはルールがある。それは、望めば何でも叶うが、リスクがある、という事。

リスクとは何か。それこそが、この世界における魔法の最大の特徴であった。


――この世界における魔法のリスクは、自身で設定できるのである。


 例えば、炎の球体を投げつける魔法があったとしよう。使用者は、何のリスクも無く望むだけで発射する事も不可能ではないのだ。 最もその場合は、威力や精度はたかがしれるし、膨大な“容量”を使用することになる。

 この世界には、魔力ランクという物が存在する。正式には、人がその魔力総保有量を測定する際に、ランクという位置づけをしたに過ぎないわけだが。

 上記、ノンリスクでの火炎魔球を使用する場合、そこそこの精度と威力のものであれば、最低でもBランク以上の魔力保有者の容量を全て使用してようやく使用可能となる計算になる。そう設定する事により、やっと使用可能となるのだ。

 容量とは何か。それは、個人の魔力保有量である。“設定”次第ではあるが、魔力ランクが低ければ低いほど、使用可能な魔法の数は制限されるという事である。リスクやコストの少ない強力な魔法ほど容量を圧迫し、使用可能な魔法の数を少なくさせる。リスクやコストで容量を制限すれば、その分多くの魔法を使用する事が可能となるのである。それが、この世界における魔法のルールだ。

 次に、設定とは何か。この世界で魔法を使う場合は、どの魔法を、どのようなリスクで、どの程度の威力、精度で使用するかを設定し、自らの魔紋に設定することで、始めてその設定どおりに魔法を使用する事ができる、というものである。

 上記、火炎魔球はBランクと言ったが、威力や精度を落とせばCランクでも使用可能にはできるし、Bランクであるならばリスクの設定を増やせばもっと別の魔法も使用できるだけの空き容量が残せる事であろう。

 つまり、この世界において、制限とは、魔法を多く使うためのテクニックの一つなのである。

 ゆえに、魔法使いは――最もこのレムリアースにおいては、魔法文化が定着しているため、国民のほとんどが魔法使いな訳だが――より多くの魔法を、自らのランクに合わせて設定するために、多数の制約を魔法に付随させるのである。

 例えば、呪文詠唱。呪文詠唱を行わなければその魔法を行使できないとなれば、設定に必要な魔力保有量、魔紋の空き容量を大幅に削減する事が出来る。長ければ長いほどに、つまりは、デメリットが強いほど、リスクが高いほどに空き容量は削減できるのである。

 他にも、魔法の名前を設定し、キーワードにし、口にする事で発動する。手を相手に向ける事で、手の先から放射させるよう設定する。発動前にポーズを決める、複雑な手印、視線を合わせる、使い込んだ道具を媒体とする、媒体を消費する、体力を消耗する、時間的な制約、などなど様々なリスクを設定できる。

 当然、威力や精度を高めれば容量は高まるし、威力や精度を落とせば容量の削減になる。

 魔力総量の少ない者ほど、こういったやりくりをして、沢山の魔法が使えるよう、利便性を向上させるべく、努力を怠らないものなのだ。

 ちなみに、魔紋とは何か。これは個人の魔力保有量、つまりは体内に蓄積されている生まれつきの魔素保有量に比例する、体に刻まれた紋様の事である。

 普段は見えないが、暗いところで魔法を使用すると、うっすらと紋様のように輝くため、魔紋と呼ばれる。

 個人個人で限界量が異なり、ランクが高いほど刺青のように全身に魔紋がみっしりと描かれる事になる。そして、その量だけ、様々な使用できる魔法を設定する事ができるのである。

 魔素とは、そちらの世界で訳すのであれば、マナと呼ばれるであろう存在。魔法として世界に事象を発するために使用される“何か”である。原子や分子、素粒子のように、この世界には魔素と呼ばれる存在があり、それが反応する事で魔法が発生していると考えてもらえれば間違いは無い。

 意思や念が体内のマナである魔紋に反応し、外部の空気中の魔素であるマナが反応を起こす事で設定されている魔法が発動するのだ。


 なぜこのような面倒な設定を神がしたかと言えば、神学者たちは世界保護のためだ、と解答するだろう。

 考えてもみればいい。もし、何の誓約も無しに何でも願いが叶うとしたら――世界はどうなるか。

 もしも、何のコストもデメリットも無しに、とんでもない威力の魔法が何でも自由に使えたりしたなら……ある日、誰かがほんの少しでもきまぐれに、出来心で世界の滅亡を願っただけで、この世界はいともたやすく消滅してしまうのだ。これほど恐ろしい事があるだろうか? 常に滅亡が隣にあるのだ。誰も心休まる事はない。

 ゆえに、神々は魔法に制限を加えたのだ、というのが神学者たちの考え抜いた末に出た結論であった。無論、真実は闇の中なのだが。

 それでも、魔力ランクの異常な存在であれば……それに近い事が可能なのだ。


 実際、過去に強力な魔王が現れ、そのとんでもない魔法により地形が変わったという伝承が残されている。

 だが、その魔王でさえ、強大な魔法を使う際は詠唱を用い、体力的消耗があったようだと記録されている。

 だから、このルールはきっと、この世界の魔法を生み出した神々が作り上げた、愚かな人類への枷なのだろう。

 だからこそ、神々は制約無しに魔法の使用を禁じるルールを作り上げたのだろう。


 さて、そんなルールのある魔法であるがゆえ、目の前の女暗殺者達の攻撃手段に遠距離攻撃は存在しないであろうとセルディウスは推察した。


 なぜなら、対象の影に潜り込み移動するなどという高等にして高度な効果の魔法、しかも、恐らく最初はドヴロクサスの影に隠れていたか、この部屋のどこかの影に隠れ潜んでいたであろうにも関わらず、即座に目の前の別対象の影に移りこみ、しかも一瞬で隙も見せない速度での出現。詠唱もキーワードも無し、体力的疲労も恐らく無い。となれば、容量を最大限使用しているに他ならないからだ。

 そしてその身の速度。恐らく、今使っているであろう、己の身体能力を強化する術で容量は手一杯のはずだ。

 よほどの高ランク魔力保有者でない限り、高威力の射撃攻撃魔法は使用できない道理だ。


 そう考えたセルディウスは、即座に上空へと飛翔し、天上に吊り下げられた豪奢なシャンデリアにぶらさがり、腕の力で体を持ち上げ、一瞬でシャンデリアの上へと乗りあがる。


 ここならば足場は小さい。足場に生じる影は小さい。ならば恐らく制約上、こんな小さな影の中にまでは入り込めないだろう、と考えたのである。


「チッ」


 舌打ちし、跳躍して近接攻撃を狙う女暗殺者達。

 セルディウスの推測は当たっていた。

 彼女たちは、ある程度の大きさ以下の影には入り込めない。そして投擲以外の遠距離攻撃を持たない。手にしている短剣ダガーは高級な一品物。投擲はありえない――よって彼女らは跳躍するという悪手を選ぶ他無かった。


――刹那、セルディウスの眼が開かれた。


 その瞳は鮮血の如く、宝石のように赤く――美しかった。


 セルディウスの体へ、暗殺者達の短剣ダガーの刃先が迫り来る。

 その形状は歪で、様々な紋様が刻まれていた。恐らく、魔術的な呪い、または毒などが魔力付与エンチャントされていると見て間違いない、とセルディウスは思考する。

 実際に、彼女たちの手に握られた短剣ダガーには、速度低下の時間侵食呪と、身体能力低下の呪いが付与されていた。

 いずれにせよ、一撃でもかすれば戦闘能力を著しく低下させられる恐るべきマジックアイテムである。


 ゆえに――セルディウスは“まるで、その動きが読み取れていたかのように”紙一重で女暗殺者の刃を回避した。

 同時に“まるで、相手の動きが見えていたかのように”わずかな狂いも無く、指先を相手の胸元中央にある点穴へと抉りこませた――。


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