第24話EX「幕間:ダークソーン家のお・仕・事☆(中編)」



 さぁて、今回も番外編。私、ミリアちゃんの知らないお話だよ~。

 また三人称になるから、見る人は気をつけてね~。

 可愛いミリアちゃんの大活躍が見たかった皆様方。申し訳ないけど、もうちょっとだけお付き合いしていただけると助かるかな~☆

 そんな訳で、行ってみよぉ~♪




 レムリアース国内南方に位置する、死の砂漠手前に存在する地区。国内でまともに生きていけないようなはぐれ者達や逃走中の犯罪者、上手く逃亡に成功した元受刑者など、まさに悪の巣窟であり、無数のスラムと、盗賊ギルド、暗殺者ギルドで成立する地。一部好事家が訪れる青天井の闇カジノや、人攫いからなる人身売買ポルノ、つまりは違法売春窟などもあり、無法者のパラダイスにして、同時にこの世の地獄でもある。それが通称デスクリムゾンと呼ばれる、無名特区である。

 元々は遺跡発掘のため、死の砂漠を調査する冒険者をサポートするために生まれた村が、発展した結果生まれた成れの果てなのだが……。

 そんなデスクリムゾン地区内にある、とある売春窟の奥地にひっそりと、その屋敷は存在していた。

 売春窟の元締めたる巨大な館。現代で言えば古代中華王朝風に近しいデザインの豪勢な建物。その最奥にある女神像。台座の裏側には仕掛けが施されており、特殊な手順を踏むことで、内包されている地下への階段が姿を現す。その先。地下にある隠れた大屋敷こそが、デスクリムゾン暗殺者ギルド三大名家の一つ、ダークソーン家が保有する領域。つまりは彼らの実家である。

 同じく古代中華王朝風ともとれる賢覧豪華なデザインの廊下。その先。龍尾鷲翼一角金獅子ラオタオリェン・ピンツェイゴンジェアの描かれた華麗な掛け軸の後ろ、壁にある隠し扉の先。地下三階に存在する隠し部屋。第三執務室。そこに男はいた。

 男の姿は目深にかぶったローブのフードによりはっきりとは見えない。ましてや、フードに込められた魔力によって、より認識されずらくなっているのだから、見てもその顔は影で覆われており、おぼろげにしか見えない。だが、それでもその姿を描写するのであれば、その男の顔立ちは整っていた。十代前半の少年にさえ見えるその美貌。背丈は低く、華奢で小柄。長いとも短いとも言えない程度に整えられた鮮やかな銀の髪に、種族の特徴を現す蝙蝠の翼。そして、その眼は閉ざされていた。

 彼こそがこの、ダークソーン邸の主。七代目頭首であるガルヴエ・ダークソーンに他ならない。


「参ったね……」


 彼は今、悩んでいた。その内容は「スターフィールド卿の娘が襲われた」「それは事故ではなく人災だった」「しかも、下手人として仕立て上げられたのは自身が手塩にかけて育て上げた自慢の手駒である優秀な部下だった」の三つである。

 先の二つはさして問題ではないが、三つ目が加わる事で事態はややこしい状況へと仕立て上げられていた。


 スターフィールド卿たるディルグラムとガルヴエは無二の親友であった。共に冒険者試験を受け、共に免許を得て、幾度となく死線を潜り抜けてきた盟友である。だが今回の件は、その友との絆をズタズタに引き裂かれかねない事態へと仕上げられていた。


「あいつ、クッソが付くくらいの親馬鹿だもんなぁ」


 “お前でも殺す”この言葉は脅しでも何でもない、本気の警告ととって間違いないだろう。


「怖ぇ……」


 暗殺一家の主であるガルヴエでさえ、あの化け物を相手にするのだけは、いくら詰まれようと勘弁願いたいほど、割に合わないレベルで、勝率は五分くらい、勝てても相当に骨が折れるであろう、と恐れていた。それに、自身の可愛い子供が標的にされればブチ切れるのも無理は無い。同じ立場であったなら、自分だって同様にブチ切れただろう。という共感もあった。それだけに……。


「イーブルクラウンの旦那……馬鹿やりやがったな」


 イーブルクラウン。それは三、四年前にデスクリムゾンに転属してきたトーリェンプリムの元大富豪の姓である。

 ポーションから食品、衣服、装飾品に武器、防具まで何でもござれのイーブルクラウン・カンパニーの長……であった過去を持つ男。ドヴロクサス・イーブルクラウン。

 娘のヴェラディクサスという少女がスターフィールド卿の娘といざこざを起こし、結果、この地獄のような地方に飛ばされたという経歴を持つ哀れな男である。

 元々高名な古株貴族であったが、資産は親に食い潰され、その息子であるドヴロクサスは苦い青春時代を過ごしてきた。だがその商才により、喰い散らかされた資産のわずかな喰い残しを元手にコツコツと商いに精を出し、一代で盛り返したほどの実力を持つ男だ。

 だが、例の件でスターフィールド卿からの恨みを買い、卿の知り合いからなる無数の商人集団達から小会社全体に嫌がらせを受け、はした金で全小会社を買収された挙句、裸一貫でこの土地へと強制転属と言う名の追放を受けるという、裸一貫からの再スタートを切る羽目になった。

 それでも健気に、その腕前によりデスクリムゾン中の様々な店舗、果ては会社を買収し、再度カンパニーを立て直し、ギルドとの繋がりも得て、裏社会の大富豪へと成りあがったのだ。たった三、四年で。

 ここまでくれば、娘はともかくとして、ドヴロクサス自身に対しては敬意を表すべき実力者、という評価を付けたかった所なのだが……。


「愚かだねぇ。娘の件での恨み、忘れる事ができなかったかよ……」


 最高級の葉巻を口に含み、口いっぱいに煙を溜め込み、吐き出すとガルヴエは静かに独りごちる。


「草陰で寝てる毒蛇に、迂闊に手を出すべきじゃなかったな……これがお前の死因だよ」


 机の引き出しに隠しておいたとっておきの黒菓子、地球で言うチョコレートに似た物、を口に放り込み――。


「心機一転、生まれ変わったとでも思ってただの商売人としてやっていたんなら、もっと長く生きられたろうに。うちのギルドの新規メンバーとして、そして裏で関わる商人として、なかなかに優秀な御仁だったんだけどなぁ……非情に残念だよ」


 ガルヴエはさして残念そうでもなく、陽気に口にすると同時に、息子を呼び出した。

 彼がその手にしたものは、小型の紅い宝石だ。そこに魔力を込めると、遠距離にいる該当者の宝石にコールサインが送られる。放たれる音は持ち主の脳内に直接届けられる。そのため、他者に聞き取られる事もなく、音で誰かに気取られる隙を作る事も無い。

 宝石は居場所を感知する機能も有していた。呼び出した長男は屋敷内の自室にいると反応が出る。宝石から感じるエネルギーに動きがあった。これなら数分もかけずにやってくるだろう、とガルヴエは再びワインを口にし、息子の到着を待った。

 その時だった――。


「今、書類ができた。転送するよ」


 目の前の魔晶球オーブから声が届く。


「あいよ~。今来た」


 部屋の隅に置かれた黒地に金の呪印紋様の描かれた豪奢な大型の四角い箱。その上に羊皮紙が転送される。術式で生物以外の物品を転送させる事が可能な高級マジックアイテムである。

 転移してきた羊皮紙には画一的な、いわゆる地球ではフォントと形容されるような、特徴的な文字で正式な依頼が描かれていた。

 想いを直接文字として対象に書き込む小規模思念転写の術を使用した際に現れる特徴的な文字である。主に、特別な詠唱文字を彫られた高級ペンと、同じく詠唱文字の彫られた高級机を併用する制限によりコストを最大限軽減し、魔力総量による容量の削減も行った状態で行われる事が多い術で、書類を多く書く仕事をする民がよく使用する日常用魔法コンボコモンスペルの一つである。もしくはそれ専用のマジックアイテムが高いが販売されている。どちらかで描かれた書類であろうとガルヴエは予測した。文字の特徴もそうだが、でなければこれだけの文字をこの短い時間でこれだけ読みやすい綺麗さで描くのは、よほどの速筆でない限り無理があるからだ。


――最も、サインだけは手書きである必要がある訳だが。


 盲人用立体文字でない以上、眼を閉ざしていては理解できない。それに、術で読解する場合、サインの真偽を見落とす可能性もある。実際にやりとりした以上、本人である事は間違いないはずだが、一応念のために、偽者である場合を警戒し、ガルヴエは数ヶ月ぶりにその眼を開くのだった。


――その瞳はまさに、真新しい鮮血の如き真紅に彩られていた。


「書面もサインも完璧だね。じゃあ、始めるよ」


 ガルヴエは魔晶球オーブに返答した後、再び瞳を閉じたガルヴエは扉の前へと声をかける。


「セルディ。いるかい?」


 いると確信しながら尋ねる。


「お仕事ですか? 父上」


 扉を開いて現れたのは、黒髪の長髪男。

 その身長は父であるガルヴエよりも高く、細身でありながらもしっかりと鍛えこまれた体躯。比較的丸顔のガルヴエと異なり、母親似なのか細面。手足も長い、スラッとした印象を受ける美青年である。当然の事のように、彼の眼もまた閉ざされていた。

 彼の名はセルディウス・ダークソーン。ダークソーン家の長男であり、未だ十代後半でありながら、誰もが八代目頭首候補と認める凄腕の暗殺者である。


「そうなんだ。ドヴロクサス・イーブルクラウンの始末を頼むよ。ほら、これはきちんとした正式な依頼だ」


 書面を渡そうとするも――。


――手を当てる事で文字を読解する術により、セルディウスは書面の内容を即座に理解した。


「スターフィールド卿……やはりあの件ですか」

「そういう事。今回は相手が悪かったね」


 やれやれと肩をすくめると、ガルヴエは息子に命じるのであった。


「お仕事、よろしくね☆」

「かしこまりました。首を三つ。三十分以内にお届けいたします」



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