第21話「ゆったりバスタイム」



 真っ白な大理石めいた美しい床や壁。

 鹿角翼獅子ボルタレン・ガマクを模した高そうな彫像の口からは大量のお湯が吐き出されている。


 そう、ここは風呂場だ。


 スターフィールド家の誇るゆったりバスルーム。


 マジでめっちゃ広い。


 たぶん、前世で俺が住んでたアパートの3部屋全部併せてもこの大きさには届かないだろう。


 当然、何人入っても大丈夫な訳で……。


「ミリアちゃん……お風呂でもお稽古なの?」

「はりきっておるのぅ、なればわらわも」


 ララとシアも一緒だ。


 二人とも若々しいその綺麗な肌を惜しげもなくさらしていらっしゃる。


 まだ発達しきっていない体躯、それでいて、すでにしっかりとゆるやかに描かれたその曲線美たるや。

 この時期にしか見る事のできない蕾の如き桃色突起と無毛の果実は、まさに禁断の芸術が如き美しさを感じさせる。


 実に眼福である。


 で、そんな俺はというと……。


 体を温めている間は多少柔らかくなるという前世の迷信めいた知識を元に、180度まで脚を開脚させ、ペターッと地面に体を付けて柔軟をしているのであった。


「体の柔らかさ、しなやかさはすなわち、蹴りの威力に直結するというでな。たしかに風呂場での鍛錬と言うのもありやもしれぬ。汗もすぐ落とせるしのぅ」


 目の前では、シアがぺったり床に座りつつ、Y字開脚的状態から脚を後ろ首へとマフラーのように巻きつける運動に移ろうとしていた。



「……」



――桜色の芸術が咲き誇っていた。



「ん? どうしたのじゃ?」


 どうしたと言われましても。

 目がどうしても、ね?


「そんなにガン見せんでも、毎日自分のものを見ておるであろうに」


 まぁ、そうなんだけどさ。

 位置的にそうそう見れるものじゃないから。


「変なミリアじゃのぅ」

「むむむぅ、じゃあ私も~」


 ララがライバル意識を感じたのか、目の前で尻を床に付け、開脚しはじめる。


「む~、む~……っ」


 が、徒手空拳系ではなく、重武装武器戦術科のララは、それほど体が柔らかくないようで……。


 150度辺りでむーむー唸っていらっしゃる。


「ミリアちゃん手伝って~……っ」

「しょうがないなぁ」


 その手を引いて、体を前に引き寄せる。


「ひぎぃっ」


 必死に前に体を倒そうとするが、少し体を傾けただけで悲鳴をあげる。


 そして、それでも当然、充分な開脚をしていらっしゃる訳ですので……。


「くぬぅ~っ」


 見えてはいけないものが満開だったりする訳で……。


 ……眼福眼福。


 転生してよかった。


 前世の世界では捕まりかねない天国がそこにあるのだった。



 そんなこの世の天国で股割りしながら思考する。



 ノリで昨日の夜、三人で目指そうと誓い合ったものの……。

 その夢は壮大で、無謀なのではないか、という迷いがあった。


 シアも、ララも、共に7年間……いや、ミリアの記憶を含めれば、ほぼ10年間。ずっと過ごしてきた大切な友達、家族なのだ。


 そんな家族が、冒険者を目指すと言ったら。


 俺が親ならなんて答えるだろう。


 ……前世の世界で、俳優だの漫画家だのy●utuberを目指すといった、気楽なものではないのだ。


 あんなものは、失敗しても努力次第でなんとか生きていける。


 修正も訂正も充分利く範囲なのだ。


 例え失敗しても。


 だが、冒険者の失敗とは?



 そう、一番最悪な失敗の形は……死だ。



 ゲームの中ではいくらでもやりなおしが利くし、画面の中の人物がどうなろうと、プレイヤーは傷つかない。


 けど、実際に訓練で戦えば、わかる。



 実戦とは、痛いものなのだ。



 そして痛みとは、死を避けるためのシグナル。



 ゆえに、その先にあるものとは、死なのだ。



 そんな危険な仕事に……憧れて本当にいいのだろうか。



 改めて考え直す。



 若干無理ゲー臭いよな。



 四眼巨大黒毛牛狼ペルペルパンバギウスを初めて見た時を思い出す。



 今でも思い出すだけで震えてくる。

 それだけでもう、漏らしそうな程の恐怖が込み上げて来る。


 冒険者なんてやってたら、いつか、アレと戦う事になるんだぜ?


 勝てるのか?


 犠牲も出さずに?


 ずっと……?



 純人族と比べれば恵まれてはいるとは思う。


 けどそれでも、兎族クニークルスも、狸族ラクーンイタチ族フェレリスも、戦闘に適した種族ではない。



 だけど……。


 ……それでも、せっかくこんな世界に生まれたんだ。


 三人で目指そうと思ったんだ……。



 少しくらいは、夢を見てもいいのだろうか……?



 冒険者。


 本気でやるなら努力は必須だ。


 それこそ、命をかける覚悟で挑まないといけない。


 この中の誰一人とも、欠ける事無く、駆け抜けていく。


 そんな未来を目指すのなら――。



 ララとシアの顔を見る。



 二人とも、キョトンとこちらを見ている。


「がんばろうね」

「?」


 二人は一瞬、不思議そうな顔をしてから、俺の意を汲み取ったのか。


「うん」

「がんばるのじゃ~」


 三人で手を取り合った。



 そして、風呂場での、こっそり鍛錬大会が始まるのだった。



 中国武術の鍛錬に、站樁たんとう、と呼ばれるものがある。

 簡単に言えば、馬歩と呼ばれる空気椅子のような姿勢で足腰を鍛える鍛錬だ。


 が、鍛えられるのは足腰だけではない。


 体幹と姿勢。


 それにともなう全身の筋肉。


 大地から返る力を末端にまで伸ばす技。


 そういった、立ち方の鍛錬法なのだ。



 そんな訳で、レムリアースにも伝わる鍛錬法『樹立』大会が始まった。


「はいはい、それではお嬢様、お体を洗わせて頂きますので、しっかり動かずにいてくださいませ」


 メイドのマキューさんとネキスさんが俺の体を洗う中。


「シアちゃんもがんばってね」

「うむ」


 ララがシアの体を洗いつつ、俺とシアで空気椅子の姿勢に入る……もちろん、全裸で。


 ちなみに、マキューさんは黒毛ボブヘアーな目つきの鋭いお姐さんで、種族は犬族カナン

 ネキスさんは赤髪で三つ編みダブルお下げのそばかす眼鏡なお姉さんで、大きな翼が特徴的な鳥族オルニスだ。


 ネキスさんはボンッという音が聞こえそうなほどにグラマーで、マキューさんはちょっと平たい。

 二人とも、立派に成長した美しいスタイルを維持していらっしゃる、当然くびれる所もしっかりくびれていらっしゃる。

 ちなみに二人とも、今は当然ながら全裸だ。待機中はバスタオル姿だったのだが、今は体を洗うためにバスタオルを置き、そのたわわに実る果実とかなんか色々と心ときめく肌色空間を演出してくださっている。


 この二人のメイドさんはこの間、四眼巨大黒毛牛狼ペルペルパンバギウスを倒してくれたメイドさんだったりする。

 マキューさんが家具の人。ネキスさんがタロットの人だ。


「では」

「いきますよ」


 そういうと、石鹸で泡立てたスポンジっぽいタオルでごしごしと体を洗ってくれるのだけど……。


 くすぐったい。


 しかも大人なお色気ボディを見せられるとさすがにこう……。


 俺の無いはずのナニカが……。


 ムラムラと来るっていうか……。


「ふにょぉっ!?」


 にゅるりと、体の色んなところを現れているうちに、反応するポイントをこすられる。


「おっほ、おほぉぅっ!?」

「お嬢様、変な声をあげないでくださいませ」

「はしたないですよ」

「そ、そうはいいましても、は、はひょっ、ふひょっ、ほっひぃ!?」


 空気椅子の姿勢で我慢するものの……力が、抜け……。


「く、ぬ、わらわもなんか……ほぎぃっ!?」


 シアの体を洗うララの手つきが、なんかおかしい。


「な、何をするじゃー……ぬわーっ……んぅっ!」

「これはね、ミリアちゃんをね。幸せにするためにね。ママから教わった秘伝のテクなんだよ?」

「な、なればミリアに……ぉふっ……わ、わらわでなく、ふんぐるぃぃっ!? ぴにょぁぁぁぁ~……ぉぉっ」


 空気椅子の姿勢でのけぞりながらビクンビクン震えだすシア。


 これは、とてもいけない光景なのではなかろうか……。


 実は最初、ララとシアの二人が俺の体を洗いたがっていたんだが、怪しい気配を感知してメイドさん達が間に入ってくれたんだよなぁ。

 ……正解だったっぽいな。


「何をやっているんですか」

「そういう遊びはまだ3年早いですよ」


 バシャッとお湯で石鹸を流してくれる。


「それじゃあこっちも、はい。終わりだよ~」


 ララがシアにお湯をビシャッとぶっかける。


「ふぅっ……ふ、ふぅ……ふぅ……んほぁぁっ……な、何か、不思議な、感覚だったのじゃ……」


 まだビクンビクンしてるし……。


 こうして、謎の鍛錬大会も終了するのだった。



 それにしても、これは一体……ナニを鍛錬していたというのだろうか……。



 ……まぁ、それはさておき。



 鍛錬を終え、体を洗った後は――。



 湯船に浸かってゆっくりバスタイムだ。



 ポカポカと温かいお湯に肩まで浸かる。

 ハーブの香り漂う暖かさ。

 その温もりの中で静かに目を閉じる。



 そして……。



 そばで待機してくれているマキューさんとネキスさんを見つめ、尋ねてみた。


「どうしてそんなに強いんですか?」

「ん?」


 しばし逡巡するマキューさん。


「あぁ、昨日のか」


 やがて目を瞑り、何かを思考する。


「そうだな。それは……」


 短い逡巡の末、目を開いたマキューさんが語りだす。


「経験だな」

「経験?」

「お嬢様たちはまだ子供。それに、実戦経験も無い」


 次いで、ネキスさんが柔らかな笑顔で答える。


「私たちは、幾度と無く実戦を経験し、鍛錬した年月も倍はありますから」

「経験かぁ……」

「経験です。それに、年端も行かない子供に負けたりしたら、それこそ私たちの今までの努力が報われませんよ」


 言われてみれば、確かにそうかもしれない。


 俺はまだ、この世界では子供。

 いわばルーキー。始めたての素人なんだ。


 この世界の実戦と鍛錬を、それこそ何年も倍以上積み重ねてきたパパさんやメイドさんたちになんて、まだまだ叶うはずもない。


「お嬢様方はまだ子供なのですから。子供は大人に護られていれば良いのです」

「危ないと思ったらすぐに逃げてください。下手に立ち向かわず、生き延びる事を最善とするのです」

「そしてやがて強くなって、大人になった時に、今度は貴方方が子供たちを護る側になれば良いです」

「なるほどな~……」

「背伸びして無茶してはいけませんよ?」

「いざ大人になり、誰かを護るその時に、強くなっていればいいのです」


 メイドさん達は優しく諭してくれた。


 どんなに背伸びしたところで、今はまだ子供である事実は変わらない。


 中身の精神は、別世界で過ごしたアラサーのおっさんだとしても、こっちの世界ではまだまだド素人の新米で、体なんてまだ子供なんだ。


 体は子供、頭脳は大人、だとしても……頭脳だけでは埋められない差と言うものがある。


 フィジカルの差は埋められないのだ。



 子供が大人の大男を倒す。そんなものはフィクションだ。


 魔法があっても、ファンタジーの世界でも、きっとそれは同じなんだろう。


 体格も技術も経験も違う。


 才能だって、特別抜きん出ているというほどでもない。


 漫画の主人公のように、異常な天才と呼べるほどのものではないのだ。



――勝てる道理がない。



 ならば。


 背伸びしても現実は変わらないんだし。


 今はまだ甘えておこう……。



 いつか、その時までに、強くなればいいんだ。



 ゆったりとお湯につかりながら。



 そんな事を考えてた。



 考えつつも、時間は過ぎる。

 過ぎる時間は有効に使わなければならない。

 よって、やっぱり湯船に浸かりつつも何か鍛錬を、とね……。



 風呂場では滑るから、あまり激しい動きはできない。

 なので湯船に浸かりながらも、色々考えながら、とりあえず脚をペターッと180度開脚して柔軟を続けていた。


「ミリアちゃん柔らかいね~」

「鍛錬してるからねっ」


 壁に背を付けて、バランスを支えつつ、両足を後ろ首に巻いてさらに柔軟。

 このまま倒れて溺れたりはしないよう、しっかり注意しながら。


 まだまだ強くならないといけない。

 そのために、できる努力はするんだ。


 そう決意しながら。


 ……。


 おや? シアの目つきがナニやら一点をチラチラ見つめていらっしゃる。


「ところでおぬし……さっきから見えておるぞ」

「何が?」

「その……ピンク色のピラっとしたものが」

「ん? あぁ~」


 しばし言い訳を考えてから、どうでもよくなって適当言ってみる。


「……ふ、魅せてるのさっ」

「見せ付けられておったか!?」

「お尻の穴まで丸見えだよっ!?」


 二人とも今さらだなぁ。


「っていうか、それを言うならシアもなんだけど……」


 シアも対抗して片足を後ろ首に巻いて柔軟している。全裸で。

 まるで見せ合っているかのように。対極の位置でだ。


「ふむ。まぁ……アレじゃな。男子じゃあるまいし、別に見られた所でなんともなかろうて」

「だよね」


 しばし無言で見つめあう。


「いやいやいやいや! それでもけっこうドキドキするぞい!?」


 頬を少し赤らめながら、シアが立ち上がり、湯船からあがる。

 続いてララも。

 ならばと俺も後を追う。


「そうかな?」

「も~、ミリアちゃんは自分の魅力をもっと自覚するべきだと思います。誘ってるんですかっ」

「襲ってしまいかねんぞ」

「いやん」


 ペチンペチンと尻を叩きあいながら、わいわいキャッキャと歩み行く。全裸で。


 そんな、いつもの友達としての振る舞いをして、風呂からあがる。

 あくまで友達同士のやりとりである。


 かつてあった相棒マイサンももう付いてないからな。

 それにまだ子供。興奮するようなものではない。


 ちょっと可愛らしい、ちょっとした芸術を眺めているような気分なだけだ。


 みんな可愛いからな。


 そんな、ララとシアの綺麗な尻を眺めつつ、脱衣所へと向かうのだった。



――そして脱衣所にて。


 脱衣所でもこっそり『樹立』鍛錬をしていた俺。


「そぉいっ」


 シアが謎の奇声を発すると同時に、俺の股間に真下からスパーンと濡れタオルが叩きつけられる。しかも真後ろからの不意打ちでだ。


「ひゃん!? 何するの!」

「ふ、男子じゃあるまいし、痛くはあるまい?」


 確かに、野郎の頃にやられていたら殺意満載な痛みが発生していた所だ。

 が、この体ならたいして痛くない。

 実に幸福な体である。

 けどね。


「いや、痛くなくてもびっくりするよ」

「そぉい!」

「あひんっ」


 スパーンと再度濡れタオルで股間を殴打される。


「も~……っ」


 しょうがないので『樹立』鍛錬を終える。


「そうそう、鍛錬ばっかでわらわ達をないがしろにするからじゃ」

「そうだよ~。もっと一緒に遊ぼうよ~」

「はいはい。それではララちゃんにシア、樹立鍛錬開始~」


『サー、イエッサー!』


 軍隊式の返答をして、空気椅子体勢になる二人。

 もちろんまだ全裸だ。


「そい! そぉい!!」


 スパーン! スパーン!!


 二人の股間を真下から塗れタオルで殴打する。


「きゃんっ」

「はうあっ」


 のけぞりながら奇声を発する二人。


「お嬢様方……」

「何をしていらっしゃるのですか……」


 メイドさん二人がゲンナリした顔でこちらを見ていらっしゃった。

 二人とも着替えるの早いなぁ。

 もうメイド服になってらっしゃる。


「ほら、まだまだ全然拭ききれていませんよ?」

「そんな姿で遊んで、風邪でもお引きになられたらどうするんですか」


 わしゃわしゃと体を拭かれ、温風魔法で乾かされる。


 お馬鹿な遊びもたまには楽しいものだ。



 そして――。



「どうぞ。シェフからお風呂上りに、と」


 メイドさんがフルーツミルクを持ってきてくれた。


 前世の世界とは、ミルクの元も、果物も違うけど、香りも味も違うけど。

 腰に巻いたタオル一丁で飲む風呂上りのソレは、格別に最高だった。



 そんな感じで、三人でまったりと過ごす、今日の幸せバスタイムは終了するのだった。



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