第20話「武術はじめました」



――初めて武術の授業を受けた時、『りゅう』が成っている、と褒められた。


――やばい、と思った。





 今日も今日とて6限目。

 戦闘に関する諸々の授業を行う必修科目『戦』の時間だ。


 いつもは実戦メインの修行を行う時間なんだけど……今日は珍しく教室内で座学だ。

 何をするのかと言うと。


 今までは実戦系の訓練の合間に、主に武術の基礎鍛錬だけを行ってきた。

 だけど今度からはついに、各戦闘スタイルの主流となる流派毎の秘伝や奥義を習う段階となるのだ。

 よって、どの流派を学ぶか選ぶ必要が出てくる。


 今日はそのためのデモンストレーションを兼ねて、各流派の先生方が各自秘伝における流派の強みを説明する授業となっている。

 説明を受けた後に、各自受けたい授業をアンケートで決定する訳だ。



 教室にはシアもいる。


「なんじゃ、わらわがいるのはおかしいかや?」


 別に、可愛い横顔をただ眺めていただけなんだけどね。

 何か思うところがあるのではないか、と受け止められてしまったようだ。


「戦場に出たらすぐ死ぬような“貧弱もやし”になっては意味が無いのでな。魔法使いと言えど最低限、自分の身は自分で守らねばならぬのじゃよ」


 シアの戦闘スタイルは遠距離からの魔法攻撃を主体としているけれど、いざ近接戦を仕掛けられた時にも対応できるよう、回避系のテクニックやディフェンスを中心にした流派毎の秘伝を習いたいようだ。


「遠距離主体のシュータースタイルと、魔法で強化して近接戦を行うストロングスタイル。そういった違いがあるだけで、今時、魔法使いと言えども白兵スキルは必須で学ぶべき時代なのじゃよ」


 得意げに語るシアがいた。


「なるほどね~」


 私は適当に相槌を打つのだった。


 ちなみに、武器をメインとして使う流派と徒手空拳の流派は別れていたりする。

 なのでララちゃんは別教室だ。




「そういえば、お主は初回の授業時からいきなりできておったのぅ。一体どこで、いつ誰に学んだのじゃ?」


 ふぐぅ!?


「ぐ、偶然だよ~」

「いやいや、偶然であそこまで完璧な『流』は行えまいよ。今となってはよくわかる。初めての武術の時間、わらわ達がへなへなのパンチしか撃てない中、お主だけはしっかりとした突きが出来ておった」


 うぐぐぅ……っ!


「主とは長い付き合いじゃが、気付いた時にはなんぞ一人でこそこそ鍛錬しておったのぅ……じゃが、師たる人物が思い当たらん。父上殿達でもないのであろう?」


 ふ、ふふ、ふんぐるぃぃっ……!


「きちんとした師に学ばねば、ああも完璧なフォームにはなるまいよ。独学では下手な癖しかつかぬしな」

「あ、あははは……」


 最初に言った、やばい、と思った理由がこれだ。これを聞かれると困る。


 師匠は異世界に、俺は異世界から転移してきました~。なんて、口が裂けても言えないしな。


 もし万が一にも、中身がオッサンだなんてバレてみろ……。


 あのパパさんだぜ?


 ……あ、死ぬわこれ。




「う、生まれつきの才能なんじゃないかなぁ? 余り何も考えないで無駄な力を抜いてリラックスしてやってたから……」


「ふ~む……なるほどのぅ。考えずに感じる。余分な力を抜き、生まれついての才能……か」


 上手く誤魔化せないものかなぁ……。


「まぁ、そういうものなのかもしれんのぅ」


 ふぅ……なんとかなった、かな……?




 さて、ここまでに至り『流』とはなんぞや? と思った方も多いと思われる。

 ので、ここレムリアースにおける武術の基本概念である『流』と『剛』について説明せねばなるまい。


 簡単に説明するならば『流』とは内功を現し、『剛』とは外功を現すと言える。


 『流』が成っている。それはつまり内功が成っているという事。

 内功とは、武術における、基本的な体の使い方、姿勢などの技術面が成っている事を現す。


 発勁の勁に近しい概念だ。


 前世において、かつて先生から習った事を思い出す。


 頭の天辺から糸で支えられているよう真っ直ぐに立つ。されど胸は張らず、少しだけ自然に丸める。

 鼠径部を軽く折るような立ち方で、自然、やや内股気味となり体幹を整える。

 軽く腰を入れるように尾てい骨を立てるような姿勢で立つ。

 肘を90度真下に落とし、肩の力は抜いて、脇から肘を打ち出すように、肩甲骨から脇腹にかけてを硬め、背骨を中心に力を発する。

 足から力を流れ徹し、全身の筋肉を無駄なく連動させて拳を放つ。


 まぁ、適当に簡略化された言葉を使うなら、脇を締めるとか、腰を入れる、とかいうアレだ。


 転生してからすぐに、暇つぶしに始めた遊びだった。


 魔法で頭が疲れたら、次は体を動かす。

 勉強が終わった後、裏庭でこっそり、部屋でこっそり、子供の頃から思い出しながら行い続けてきた鍛錬。


 前世では様にならなかったが、思い出しつつの半独学とはいえ、七年に渡る自己鍛錬は思った以上の成果を上げたようだった。



 ところで、なぜ異世界に、名前こそ違えど、中国武術における内功と外功にも似た概念があるのか、といぶかしむ者も多いだろう。

 だが考えてみて欲しい。異世界とはいえ、肉体は同じ人の形をしているのだ。


 骨格も、筋肉も、体型も、体格も、全て等しい、人の形をしているのである。

 その、もっとも戦うに相応しいフォームが、同じであってなぜいけないのであろうか。


 逆説的に言おう。同じ形をした生き物であるが故、いきついた戦法もまた、同じような姿となるのである。

 魔法があれど、獣人であれど、基本的な体の構造が同じである以上、戦に最適な体の動かし方は決まっているのだから。

 そこにいかなる疑問の挟みようがあるというのか。


 もちろん、魔法を使用する事で、さらなる変化が実戦では行われる。

 それはもはや異次元の戦い。漫画やアニメのような戦闘となる事は間違いない話である。


 だが、鍛錬の段階では?

 魔法を用いずに行うのであれば、フォームや動き、それの元となる動きの概念は、やはり同じような結末に至るのである。


 よって、ここレムリアースに伝わる秘伝、流派は、異世界地球の現代社会に伝わる格闘や武術の戦法、戦術、フォームと似通ったものが多々あるのである。多分そうなんだろうと思う。実際似てるんだもん。


 ゆえに、そこで培われる武術もまた、名前こそ違えど同じようなものとなっているようで……。


 それを踏まえた上で、続きと行こうか。




 先生が来た。


 その二の腕は多分、私のウエストよりも遥かに太い。

 蒼い闘着を身に纏った岩のような巨体。

 ごっつい髭もじゃの大男。


「……」


 熊族アルクトスのフィルゲン先生はいつだって寡黙で無口。

 今日もはちきれんばかりにピッチピチの筋肉がトレードマークだ。


 そんなフィルゲン先生は『狼牙銀爪拳』の達人。


 狼牙銀爪拳。それは銀狼神デュミナリア様が伝えたとされる、古流空手のような流派だ。


 剛健質実な動きで静かに敵を仕留める。ただし正拳突きではなく、貫手や虎爪などの無数の手形を用いた技が強みの流派だ。


 教室の前方。黒板の前に立ったフィルゲン先生は、軽いデモンストレーションとして、宙へとレンガを放り投げる。

 そして見事、貫手で貫いてみせるのだった……。


 いやいや、どこが現代地球と同じ武術やねん! ってツッコミが入りそうだけど、事実、これはおかしな事なのだ。


 本来、貫手はレンガだの胸板だの腹筋を貫いたりするものではない。

 あんな硬い部分を貫くのは漫画の世界くらいなもので、貫手というものは普通、喉などの柔らかい急所を狙うもの。

 それが“現代地球”における常識なのだ。


 けど“この世界”は違う。

 ここは“漫画のような”“魔法が存在する世界”なのだから。


 ゆえに、魔法による強化や、獣人族の強靭な筋力や体であれば、鍛錬次第でこのような事も可能となるのである。


 狼牙銀爪拳、それは、貫手で岩を貫き、鍛えぬいた指先で金属鎧を切り裂くような、そんな化け物めいた拳法なのである。


 超人的なパフォーマンスが功を奏したのか、拍手喝采、大歓声。教室中が沸いている。


 近くでは、ティエラちゃんがワクワク顔で先生に見惚れていた。


 ……これは多分、選ぶなぁ。


 というかティエラちゃんは、この流派の鍛錬法をオーブ動画で見て真似したのか、一部の技を身につけていたはず。

 幻屠獄悶闘岩人でも切れ味鋭い手刀と、エグい貫手を見せてくれてたもんね。


 ちなみに、オーブ動画っていうのは、例えるならば、魔法の力で動くテレビというか、ブラウザ?

 例えるならば、マジックアイテムで見るy●utubeのようなものだと思って欲しい。


 だから、もうすでに我流、独学でいくつかの流派における多少の技は学んでいる、というのが一部生徒の間では普通……なんだけど。



 ……『流』ができてた理由……の言い訳にはできないだろうなぁ。

 オーブ動画の投稿が可能になり始めたのは比較的最近だから……七年前から出来てた理由にするには少し無理があるんだよなぁ。




 さて、デモンストレーションの好評ぶりがよほど嬉しかったのか、フィルゲン先生がさらにレンガを取り出し、指先を軽く振るってなぞる。


 すると……


 見事レンガが抉れて切り裂かれているのだからとんでもない。

 当然、さらなる歓声があがる。


 まるで南斗○拳だ。


 大歓声、拍手喝采の嵐の中、去っていく先生。

 その余りの喜ばれように、ちょっと照れてるみたい。

 ごっついけど、どこか可愛いフィルゲン先生なのであった。



 けど、動画で見た感じ、部位鍛錬が辛そうだから、私はパスかな。



 続いて現れたのは、小柄だがパワーは凄い。獣人界のドワーフ的存在、猪族ヴィルトのピリフ先生だ。

 黄色いチャイナ服めいた伝統衣装が可愛らしい、赤毛のシングル三つ編みが特徴的な美少女だ。

 若い。10代後半にしか見えない。


 ピリフ先生が教えるのは月兎光舞拳。

 光兎神ルミナリオ様が編み出したとされる、瞬時に懐へと入り込み、無数の『流』を用いた一撃必殺の打撃を決める流派だ。


 その動きはまさに八極拳そのもの。


 フォームも震脚も体の使い方も、どのような流れで行き着いたのか、というくらいに酷似している。

 ただ、頭突きや肘、膝を使う技も多数含まれていて、シラットの肘、ムエタイの膝の使い方が組み込まれ、ラウェイのような戦い方もする、心意六合拳や形意拳っぽい部分も混ざったような技を持つ八極拳といった感じだ。


 超近接距離での戦い方を極めたような、そんな強みを感じる。


「月兎光舞は一撃必殺。当て感とかディフェンスは苦手だけど、威力は上がるヨ~」


 『流舞』、つまり長い型の披露を終え、特徴的な中華めいた口調、南方方言で先生が告げる。


「一撃必殺、岩を粉砕できるようになりたいならコレだネ。よろしく~」


 先生はそそくさと去っていった。やっぱりちょっと恥ずかしいらしい。


 デモンストレーションは地味だったけど、動画で見た感じ、型メインで学ぶらしいし、鍛錬は厳しく無さそう……かな?


 前世で少しかじった場所では、甩手スワイショウ(腰を旋転させて両腕を振る運動)で手をがっつり勢いよくぶつけ合うような『剛』の鍛錬もあった八極拳。

 けど、こっちのは向こうとはやっぱり異なるようで、『流』を重視して鍛錬するみたい。


 ……これにしよっかな?


 もともと、といっても前世での話だけど俺君が中国武術を軽くやっていたみたいだし、興味深いし。



 などと考えている内に、黒板の前では樹人ラーディクスの先生が華麗な『流舞』を魅せていた。


 髪は植物っぽいけど、肌はけっこう人間っぽい。


 襟足の長いミディアムヘアーがオシャレな深い緑色の髪。

 緑の生地に金糸の縁。龍の模様をあしらった、まるで中国武術服のようなデザインの伝統服を身に纏っている。

 目の細い、温和そうな長身の美丈夫。


 その流れるような優雅な動きにみんなが酔いしれる。


 鏡泳遊魚拳。


 運命の神、鏡魚神オレイユが伝えたとされる、防御主体の流派だ。


 『流』を練り、無駄の無い動きで戦う。

 動きに無駄は無いが、動き続ける事を重視する。

 流れるような歩法や体の使い方、相手の力を流すような手の動き、化勁めいた技が特徴的。


 ちょっと前に見たオーブ動画の説明によると、太極拳的な体の育て方に、八卦掌的な歩法や技術をくわえ、システマのような、姿勢制御技術と体を動かし続けて自然な呼吸を維持する事を重視するスタイル、といった感じ。


 息を強く吐き出しながら大きな声を出して威力を高める、といった技法もあるようだ。

 改めて、異世界といえど同じ人体構造なのだなぁと思いしらされる。


 こちらも『流舞』がメインらしい。

 辛く無さそうだし、これもいいかも。



 続いて、八華水仙拳。


 無数の花弁、舞うが如く。素早い腕の動きで無数の拳打を放ち、実戦的な体の使い方で相手の急所を的確に打ちのめす、軍隊格闘術のような流派。


 小柄なドワーフの先生が、ダイナミックでスピーディな流舞を見せてくれる。


「みでの通りだ。興味さあっだら来てくんろ」


 きつい北方なまりの口調で、目元まで前髪で隠した桃色ミニツインテールの小柄な少女が去っていく。


 カリ・シラット、またはエスクリマやアーニスと呼ばれる技術体系に見られる、素早い手の動きで行われる打撃。目にも止まらぬ速さで行われる関節などを決めて倒す極め技。体勢を崩してからの肘、膝など全身を駆使した攻撃。的確に人体急所を狙う殺法。何をしているのか、されているのかもわからない連撃の数々。


 間合いを制する訓練や、ディフェンスの鍛錬もあるっぽい。


 スパーリング的な形で『動』、つまりは当て感や反射精度も強化できるようだ。


 さらに転倒状態における、グラップル以外のディフェンスやオフェンステクニックも鍛えてもらえるらしい。


 ……これはアリだね。




 ところで、中国武術は習ってたらしいしわかるけど、システマだのシラットだの、なんでそんな詳しいん? って思う人も多いだろう。

 けどね。俺、元作家希望でね。目指してたんだわ。


 ならばさ。いざ戦いのシーンとか描くならさ。最低限は体験しないとだし、体験できないならできないなりに学んだり調べたりする必要があった訳よ。


 その成果、って訳。




 さて、続いての登場は……。


「あ~らやだぁ☆ 今日もみんな、かぁ~わぁ~い~いぃ~☆」


 腰をクネクネさせたイケメン登場。


 虎族ティグリスのダロス・ディーグリー先生は、逆立った長い金髪の良く似合う、物凄いイケメンお兄さんだ。


「ハァイ☆ みんな大好きダロス・ディーグリーよォ♪ 今日もよろしくネぇん☆」


 だがオカマだ。


 正確には、性同一性障害でも同性愛者でもなく、普通に女性が好きらしい。


 つまりはオネエ系男子だ。


 全身白いタイツに蝶ネクタイ、虎柄のベストに虎柄のパンツといういでたち。

 どこに出してもおかしい変態スタイルである。


 綺麗な金の髪に赤いバンダナは似合ってるし、顔立ちに関しては超イケメンなんだけどね。


 けど意外と人気はあって……。


「ドロシー」

「ドロシーなのじゃー」

「ドロシーちゃーん」

「いぇい☆」


 彼、いや彼女? の登場にクラスは沸き立ち、机と机の間をクネクネウォークで一周しつつ、みんなとハイタッチを交し合う先生。


 ちなみに、ダロス先生こと、ドロシーちゃんが教えてくれるのは、七式蛇咬拳。


 虹蛇神ナスティ様がその知恵を振り絞り編み出したとされる、投、極、締めを極めた武術。


 間接を極め、絡みつくように締め、そして無数の投げ技を持つ。

 痛点を圧迫して、技を補強するような秘伝奥義もあるとか。


 柔道、レスリング、サンボ。それから柔術、少林寺拳法の柔拳、果ては擒拿とシラットの投げとか間接、締め技とかが全部合わさった感じ。


 ただ、わかると思うけどこの技、人体にしか効果がない。


 魔物とか怪物にはほとんど通用しない武術なのだ。


 けど、対人戦においてはすこぶる有効で、プロの格闘試合を行う上でほぼ必須習得科目とも言える流派だ。


 寝技も豊富。


 というか、今後の武術の鍛錬では、もう寝技とか投げ技はこの流派でしかやらないことだろう。


 必然……。


 ティエラちゃんが物凄く熱いまなざしでこちらを見ている。


 いやいや、さすがに訓練中に変な事はできないぞ~?

 まぁ、家にくるなら、考えるけど。


 ……その先でどうにかなっちゃってもしらないぞ?


 対武器用のディザーム技術も豊富なのが強み。

 護身、捕縛術としてとても有効な流派だ。


 ティエラちゃんもホクホク顔でこちらを見ていらっしゃる。

 選びそうだ。


 オーブ動画による、グラップル技術のデモンストレーションを終えた先生が去っていく。

 お尻をプリプリくねらせながら……。

 扉の前で一回立ち止まり、振り返りざま、こちらに向けての投げキッスというオマケ付きで。


「う~む、さすがドロシーちゃんじゃ。凝った編集じゃったのぅ」

「うん」




 確かに編集も技術も凄いんだけど。


 ……変態度も強すぎる。




 けどこれ、ありだよね。




 私ちゃんの意見に。


 ……ま、まぁな。


 俺は賛同せざるを得ないのだった。


 技術的には必須っぽいしな。




 さて、続いては――。



「ファック! いいかてめぇら。他の流派なんざなぁ、極太黒芋虫ペテロヴァッケ鎧帰退行化蟲パンネグリムトしたみてぇな腐れ悪臭浅黒小菊蕾テッペロンガだ」


 狐族ルナールの小柄な美少女が謎の言語を口走っていた。


 彼女はメネフィラ先生。スラム生まれのスラム育ち。

 襲ってくる無数のチンピラを蹴りで撃退して生きてきたという。


 そんな先生は、長い銀髪を振りかざし、リベット付きのレザーファッションと言う“いかにも”な姿。

 釣り目で小顔で蕾のような可愛らしい唇をなさった……素材的にはプリティ側であろうはずのそのお顔を……。

 片側の目元は赤い炎めいた彩りに、唇は黒と……とてもヘヴィでメタルなメイクで染めていたりする。

 そして、お声も可愛らしいというのに……。


「ヘイ! てめぇらがいくら廃棄場春売婆ババネロゲッフェ悪臭巣穴マンゲロカッソから生まれた孵化途中雛卵ネゲロペスタ共でも、脚が腕の三倍の力持ってるくれぇの事ぁ知ってんだろぉ?」


 多分、裏町で流行っているらしいスラングであろう、謎言語バリバリだから、正直何を言ってるか意味がわからない。

 けど、罵詈雑言であろう事だけはかろうじてわかる。


「だったらその脚を武器に使わねぇ武術なんざよぉ、蟲製腐臭動死体マスマディオ嘔吐臭毒花ポポロッティにも劣る短小蚯蚓アヴェルカスから吐き出された腐れ臭白粘液花クリナハヌに等しい! 違ぇか!?」


 彼女の教える流派は狂月影翔拳。それは、アクロバティックに飛翔し、鋭い蹴りを主体にした武術。


 出自不明の流派で、神々が教えた武術ではなく、それらを極めんとした古代の誰かが編み出したのであろうという噂だ。


 サバットやテコンドー、カポエイラ……マイナー所では躰道など。

 あらゆる蹴り技主体の技術を集合させたらこうなるであろう、派手で見た目も軽やかで美しい、華のある流派だ。


「ならわかるだろぉ? お前らは『綺麗なベベ着た結婚相談所前の豚スイーツ共が何の間違いかドスラムの最奥で極太黒芋虫ペテロヴァッケを筋肉暖めした“人ゴブリン”共に悪臭巣穴マンゲロカッソを奇襲蹂躙作戦されたみてぇに哀れな油汁人面背蛙ニュックミーデュみてぇな面しながら公開舞台通りの中で油汁人面背蛙の全排泄死ニュックミーデュ・マンゴトーレ』したくねぇよなぁ?」


 デモンストレーションとして先生の見せてくれた流舞、その蹴り技は軽やかでスピーディ。

 とても洗練されていた。


「だったら、当然、選ぶだろ?」


 ニヤリとほくそ笑んでいらっしゃる


 こちらも流舞のみではなく、スパーリングによる当て感とディフェンスを鍛える鍛錬も行うらしい。


「ファッキン! 入門、待ってるぜ!」


 去っていく先生。


 ちなみに、オーブ動画のレビューによると、口は悪いけど、意外にも優しく懇切丁寧に教えてくれるらしい。


 まぁ、すでにオーブ動画を見て自主鍛錬を行い、この流派技術の一部はすでに身に着けている。

 幻屠獄悶闘岩人で見せた大技がそれだ。


 そして蹴り技はさらに極めたいところ。


 ここも決まり、かな?



 そして、黒板の前では、燕尾服を着た男装の麗人、サングラスをかけた黒髪オールバックの純人族の先生が優美な流舞を披露されていた。


 龍尾鳳旋拳。


 近代の武術家、ヴァン・メイリェン氏が古流の失われた無数の武術を元に編纂したという、アクロバティックで豪快、スピーディで流麗華美。無数の敵を相手になぎ払うように戦う流派だ。


 中国武術の長拳の演舞を実戦用に改造したような、対多数戦、人外の怪物との戦いを主とした技を持つ。

 後は……ジークンドーっぽい、敵との最適距離を打ち抜き、最速で終わらせる、という理念や技もあるみたい。


 ただ、硬功夫イーゴンフーめいた鍛錬もするみたいで……。


 先生が、その身に受けた杖を逆にへし折ってらっしゃった……。



 ……うん、ここはダメだ。痛そう。



 続いては流星槍嘴拳。


 星翼神カルティーネ様が人々に伝えたとされる、俊敏な動きで雨の様に密な拳の連打を売りとする流派。


 イメージ的にはボクシングに近い。

 コンビネーションを意識して、体のバネを駆使して素早い拳打で敵を追い込み、キックボクシングのように蹴りでしとめたりする。

 スパーリングもよくやるため、当て感とディフェンスの技術が高まる。命中精度の高い素早い拳が撃て、威力も高い。

 ステップワークで間合いを制し、アウトサイドからスナイプするように打つ戦略や、インファイトでカウンター攻撃を仕掛けたりするようなテクニックも学べる。


 格闘の試合にも多く使われるスタンダードな流派。スポーツ格闘技におけるストライカーの花形だ。


 ただ、激しい運動とストイックな減量を施すのも有名で、『剛』に属するため、鉄砂掌めいたこともするらしい。



 厳しいのとか辛いのは嫌です。



 ここもアウトかな。



 黒板の前では獅子族レグルスのデューク・ディランディル先生がその素早いフットワークとコンビネーションを見せてくださっていた。


 赤髪に青い瞳のごっつい大男。

 その肉体は筋肉ムキムキで、タンクトップからはちきれんばかりに溢れている。マッスルが零れ落ちそうだ。

 女性受けするベビーフェイスではないが、男らしい、という意味ではイケメンの部類に入るのだろう。

 ファンも多い、数多くの試合を征してきた有名格闘家選手だ。


 いくつかの流派を統合したデューク・コンバットというテクニックをオーブ動画で配信もしており、道場もある。



 見ると、セフィアちゃんが頬を朱に染めてハァハァしていらっしゃる。



「あぁ……子宮が疼く……」




 おい、さっきの百合はどこへいった。


 あんたバイだったんか。


「ん?」


 こちらのゲンナリした視線に気付いたらしい。


「いや……そりゃあ私も雌だからな。可愛い少女も愛でたいが、イケメン筋肉は別腹なのだよ」


 目がハートになってらっしゃる。


「ここまで香る雄フェロモン……あぁ、濡れる……」


 発情しなさんなし……。




「む?」


 そんなセフィアさんは、こちらの視線に再度気付くと。


「ふっ、嫉妬するでない。当然だが、未だ君も、私のターゲットの一人だよ」


 ニヤリと微笑むのであった。


 やっぱりセフィアさんはミステリアスな御仁である。



 そして土竜族ドゥドジのオジサンが現れ、出所不明の秘伝の暗殺拳、魔蠍紅針拳について説明を始める。


 ずんぐりむっくりと、見た目ドワーフっぽい体型に、チビサングラスでドジョウ髭という、いかにも怪しい姿。


 非凡な才能を持つ、幼少期から特殊な修行をしてきた者だけが選べるという特別な流派らしく、該当者以外の生徒が希望しても参加拒否されるそうな。


 そんな魔蠍紅針拳。なんでも、手に毒を染みこませて拳打や貫手で対象の体内へと毒を流し込んだり、秘孔と呼ばれるマナの脈を突いて攻撃するような流派らしい。


 魔法の実在するこの世界では、魔力の循環する経穴のようなものが存在するらしく、そこを突く事で様々な効果を発揮できるのだそうな。


 場合によっては破裂するらしい……。ひぃ、恐ろしいっ!



 まるで北斗●拳だ。



 最後に銀鏡虹星光神拳。


 至高神デュオカルナス様が秘伝として伝えられたとされる神秘の技。


 謎に包まれた秘拳で、マナとは異なる……? 気のようなものを操ると言う。


 だけど、未だその真の秘儀を伝えている者は極わずかで、大体が胡散臭い噂話だけの眉唾物となっているのだと言う。

 偽者に騙されている者が大半で本物の使い手は極少数らしく、特殊な才能と真の師との出会いが無いと初伝の技までしか習得できないらしい。


 この先生もその、ある程度。伝統として初伝までを受け継いでいるだけなのだそうな。

 心と体の育て方までは知っていても、気などといった概念の使い方は学べていないらしい。


 太極拳の養生功やヨガのような心身の鍛錬、気功的な精神鍛錬と、瞑想による集中など。

 そういった、体を余り激しく動かさない鍛錬を主としているのだとか。


 ふわっとした露出の多い、アラビアンな感じの衣装を身にまとった、猿族アヴィズィヤーナの白髪紫眼な褐色美人さんが説明してくださった。


 こうして、座学は終わり、アンケートに。


 習熟度が薄れるものの、流派は最大で六個まで選択が可能。

 さて、どれにしようかな……。



 ちなみに、こっそり覗いて見ると……レイアちゃんは暗殺拳を選んでいるようだった。


「覗き見はメっ、ですよ」


 レイアちゃんが、トッと指先を私の額へと伸ばす。


 瞬間――! ピリッと、まるで秘孔か何かを突かれた様な謎の痛みが全身に走る……!


 毎度の事ながら、常に目を閉じ、何も見ていないレイアちゃん。


 ふふっと、優しげな笑みを浮かべてはいるのだけど……。



――怖い。



 レイアちゃんもまた、ダークな方面ではあるけれど、ミステリアスさに満ち溢れた御仁である事を、今さらながらに再認識させられるのであった。


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