第18話「邪教徒どもはデストロイ!」


 そして、今日の五時間目は宗教だ。


「いいですか、皆さん。邪教徒は悪です。邪教を崇拝する者には死あるのみです!」


 若い羊人族ベリエのフィオナ先生が相変わらず元気にピョコピョコと熱弁を振るっている。


 ちなみに羊人族ベリエはその名の通り、羊の耳と尻尾を持つ半獣人族だ。基本的に髪の毛もふわふわしている。


 そんなフィオナ先生は眼鏡の似合う小柄で童顔な可愛い系ティーチャーだ。


 しかもロリ巨乳と呼ばれる奴な訳で、相変わらずオッパイがプルンプルンと上下に飛び跳ねている。

 この授業はきっと神の思し召しに違いない。


「邪教徒共は?」

探し出して殲滅すべしサーチ&デストロイ!!』

「邪教の聖印を見たら?」

探し出して殲滅すべしサーチ&デストロイ!!』

「はいよろしい」


 にっこり笑顔でこちらを見るお顔はとてもプリティなんだけど。実に狂信者的でちょっと怖い。


「では、今日は邪神についておさらいしちゃいましょう。間違っても邪教に改宗なんてしちゃダメですよ~」

『はーい』


 教科書を開いて邪神の一柱について軽く説明を流してくれる先生。


「まずは闇魔神オルガイナスですね。この糞神は、嫉妬と悪徳を司る邪神です。漆黒のドレスに身を包んだ長い黒髪を持つ女王の姿をした邪神と信者の間では有名ですが、どうせドブスに決まってます。豚が膿んだみたいな面をしているのでしょうきっと。この糞邪神の教えは、なんとも愚かなことに『勝者こそが常に正しい』『異教徒どもは人にあらず』『欲しい物は奪い取れ』『全ては戦って勝ち取れ』『誇りなど無用の産物』『平等など弱者の詭弁』『平和など軟弱者の偽善である』『力ある者が全てを奪うのは必然』といった、もう本当にどうしようもない糞を煮詰めたようなゴミのような思想です。教義は『どんな努力、戦略、罠を用いてでも成したい事を成せ』。美徳は嫉妬、独占欲、悪徳。もうね、こんなクズ神の教えなんて学ぶ時間こそ惜しむべき事なのですが、間違ってもこのような教えに耳を傾けないように、最低限だけキチンと覚えておきましょうね」

『はーい』

「よろしい。ちなみに聖印は、歪んだ星が逆さになったような形をしています。もし見かけたら?」

「デストロイでありますっ」

「よろしいカタリナさん。その調子で次なる邪神どもの悪しき教えを、口も汚れるようなおぞましい内容ですが、みんなのために読んじゃいましょう」

「了解であります! 病滅神ティオクルスは滅びを司る神。目隠しをされ、手錠につながれた、全身に傷痕があり、血に汚れた包帯で体を覆った美少女の姿をした邪神と信者共は語りますが、おぞましい豚のようなデブに間違いありませんとも! 彼らのおぞましき教義とは『生きる事は苦痛です、それを終らせる事こそが慈悲なのです、共に世界を終らせましょう。そして永遠なる開放の世界へと導かれるのです』といった、実に陰湿で後ろ向きな滅亡思想であり、その口にするだけでも吐き気を催す教義とは『苦行を喜び、今生きている事をその苦行であるとし、他者を慈悲の元に無に帰すべし』といった、実に利己的で自己中心的かつ狂いきった思想であります! 美徳は自殺、他殺、滅亡、回帰願望、悟り、であるとされ、悟りの究極系である涅槃という考えを持ち、輪廻転生を拒絶する生き様を美とする宗派もあるとされているであります!」


 ピシッと正した姿勢で張りのある綺麗な声で朗読するカタリナちゃん。

 けど、教科書にはそこまで罵詈雑言は含まれていない。

 でも、もしこういった罵詈雑言を含まないでそのまま呼んだりすると……怒られるんだよね。怖いね。宗教。


「まったくもって、糞にも劣る教えもあったものですね。みなさん、もし見かけたら?」

『デストロイ!!』

「よろしい、では……」

「そういえばフィオナ先生殿」

「どうしました? シアさん」

「最近どうにもティオクルスの異端派の話が囁かれておるそうじゃが、ここには書かれてはおらぬのぅ」

「あぁ、あの異端派ですか」

「なんでも近年、嫉妬に狂った一部弱者どもが国民として最低限の己が身さえ高める努力もせず、うぬぼれた思想を影で広めておるらしい」

「そうですね。そんな最近の、教科書に書かれていない内容も学ぶ事は大切な事ですね。ではそれについてもお教えしますね」


 凄いなシアは。私はそんな事件全然知らなかったよ。


「知ってた? ミリアちゃん」

「全然、聞いたこともなかった」


 ララちゃんもどうやら知らなかったらしい。


「お主ら、もっと新聞を読むのじゃ……」


 ゲンナリした表情でシアに睨まれてしまった。


「ティオクルスの異端派は、この糞神を悪平等を司る神であるとして祭っています。『この世界は苦痛に塗れているのだから慈悲の元に周囲を救済し、真の平等を実現しなさい』。そんな、一見良いことを言っているようにも見える側面を持つティオクルスの教えですが、なぜか真なる教義とは異なるにも関わらず、神聖魔法の使い手が現れることから、一部信者の間では“この考えこそが真の教えで、今の教えこそが歪んでいるのではないか”という説も囁かれています。『世界を滅ぼすのでもなく。自殺するのでもなく、輪廻転生も拒絶せず、ただ弱者を救うべし』。確かに理想的な教えにも見えるかもしれません。けれど、弱者を救う行動は行き過ぎると逆差別も生みかねません。そんな理由から、このレムリアース王国では、このような教えであってもティオクルスは邪神であり、邪教である事に変わりはありません。レムリアースにとっての平等とは、己が行える最大限の努力の末に国家に役立てる人材である事が前提の平等であり、弱さを盾に自己の利益、有利を得ようとする愚かな偽平等の考え方、つまり悪平等思想は罪とされます。異端派どもの『我々は弱いんだから。お強い方が弱者にお恵みを行うことは義務なんでしょう?』『彼らは弱いんだから守ってあげなくちゃ』そういった甘言による善行の強要は厳しく罰せられます。彼ら悪しき偽善者たる偽りの平等思想を撒き散らす異端ティオクルス派の教義。『平等のため、強者は弱者に配慮すべし。平等なのだから、弱者は強者から恵まれるべきである』といった考えは、一見誇り高い生き様と近しいように見えます。しかし、気高き誇りとは、弱者であっても持っていなくてはならない最低限のモノなのです。その最低限の誇りもなく、怠惰に、善人をたぶらかして食い散らかす行為など断じて許されるべきではありません! 彼の邪教の美徳、悪平等、弱者救済という偽善、強者に縛りを、弱者に自由を、といったルサンチマン思想は、醜悪な邪教の教え以外の何物でもないのです!」


 声を荒げて持論と共に異端派の教えについて語るフィオナ先生。

 それに対し――。


「じゃが、一部からは、傷病者、純人族など、弱き者に対する配慮の足らなさを訴える組織が現れ始めておるそうじゃのぅ」

「確かに、そういった組織と邪教が結びつく可能性はありえない話ではありませんね」

「いつの間にか宗教ではなく社会の話になってしまったのぅ」

「いえいえ、宗教と社会は切っても切り離せないお話ですから」

「むぅ、わしらにはさっぱりわからん話が展開しておるのぅエミリー」

「あぁ、オレにもさっぱりじゃわい」


 ナタリーちゃんとエミリーちゃんにはちょっと早すぎた問題だったようだ。


「で、聖印の形はトゲトゲの釣り天上なんやったっけなぁ」

「はいはいそうです。話が少しそれちゃいましたね」


 ティエラちゃんのツッコミで話が元に戻らされる。

 西ドワーフ特有のせっかちさん思考だ。


 ちなみに、この釣り天上なんだけど……逆さにした蓮華の花にも見えるんだよね。


 そしてルミナリオ様の聖印は蓮華。


 明るく笑って助け合って暮らそうという思考と、行き過ぎた形だけど、平等に助け合おうという思考……。


 どこか似ている聖印……もしかしたら、何か因果関係があるのだろうか。


 なんて考えている事がバレた瞬間、邪教徒と疑われてしまいかねない。気付かなかった事にしておこう……。


 それはさておき。


「では、お次はアリスちゃん。おぞましき死の神について」

「我であるか。あいわかった。死虐神ゲンティオとは拷問を司る神である。右手に無数の生首を、左手に巨大な鎌を持つ全裸の美女の姿をした邪神……と信者どもは言い張っておるが、名状しがたい怪奇なる姿をしているに違いあるまい。そんなおぞましき邪神の教えとは『誰かを苦しめろ、そしてその血で化粧をほどこし、そいつの財産を奪い取れ、そいつを不幸にしてしまえ。お前が今不幸なのはそいつが幸せを奪っているからだ。だから奪い返せ! そうすりゃみんな幸せになれる』といった狂いきったものである」

「はいよろしい。お次はミリアちゃん。続きをお願いね」

「は、はい。えっと……『弱者もたざるものには奪う権利がある。強者とめるものどもから全てを奪い取れ! やられる前にやれ! 成功者どもこそが我ら弱者の幸福を奪いし奢り高ぶる醜悪なる捕食者どもだ!』といった愚かな考えを持ち、その狂いきった教義『異教徒は殺せ! 生贄を捧げよ! さすれば汝は幸福を得られるであろう』といった気の迷いきった思考の元に死と殺戮に溺れるのがこの邪教徒どもの特徴です」

「はい、よくできました。まさに外道極まりない狂いきった邪神ですね。では続きをレイアさん」

「はい、彼の愚かなる神は『この世界に不幸が蔓延するのは、不幸を振りまく種がいるせいなのだ』と説き信者の心を惑わせるのですわ。他にも、定期的に醜悪なる祭りを開き、淫らな喜びにふけりながら生贄を捧げては安心する。『虐めや不幸に合うのはその者の生まれ持った業であり、その者の存在自体が不幸を振りまく種であるせいなのだから、その者を苦しめるのは当然なのだ』と説く。この狂いきった邪教の教えに従った者は、その業と呼ばれる鎖から等しく解き放たれると喧伝し、この正しき教えに身をゆだねし者だけが救われる権利を持つ、などと誑かし人々の心を惑わすのですわ。美徳は異端への嗜虐、異端への殺戮。聖印は刃を上に立てた禍々しい剣の形。おぞましくも醜悪な、狂った選民思想とも言うべき魔道へ至る教えですわ」

「よろしい。パーフェクトですね」


 この聖印も、逆さにするとデュミナリア様の聖印に似ているんだよね……。

 さっきの歪んだ逆さ星も……。いや、考えないようにしよう。もしかしたらみんな気付きながらも目をそらしているのかもしれないし。


「ではマルルさん。最低お下劣極まりない快楽神について、お願いしますね」

「……むぅ。欲性神アルガイア。快楽を司る神。無数の触手に絡まれた美少女の姿をした邪神。とか言われてるけどきっとブス。あと淫乱……きもい。『気持ちよい事、幸せに感じることが悪であるはずがない。せっかく生まれた人生。精一杯楽しみましょう。』がモットー。自己中。やばい。教義は『楽しい事は善。幸せなことは正義。気持ち良い事をめいっぱい楽しむべし』。自らの欲望のままに、タブーを犯してでも快楽を得る事を良しとする困ったちゃん。……密漁による希少動物の剥製を自慢するとか、ブランド物の道具で身を飾り優越に浸るとか、希少な食材を用いた美食の限りを、吐いては食べ、吐いては食べする贅沢こそが美徳であると教えている。頭悪すぎる。美徳は快楽と贅沢。狂った貴族がこっそり影で信仰してたりするから注意。聖印は魚のマークを縦にしたようなヘンテコなマーク」

「はい、ありがとうございます。糞以下の邪神なんですから、もっと思いつくかぎり罵倒してもいいんですよ?」

「……これが限界」

「そうですか。マルルさんは大人しい子ですからね。しょうがありませんね。では最後のゴミ神を、フェイちゃん」

「アララー、私かヨー。それじゃあ張り切って行って見るヨー。泥腐神ルゲイオンは無気力と怠惰を司る汚物神ネー。便器に座った全裸の美くしい幼女の姿をした邪神とか言われてるらしいけどちゃんちゃらおかしネー。きっと醜い豚男にきまてるヨー。『面倒くさい、なんでもいいよ』が決まり文句。教義は『才能とか知恵を振り絞って効率的に、無理せず楽して事を成せば?』とか言う適当さネー。美徳は無気力と怠惰ヨー。楽するために頭を使おうとする面倒くさい奴らが多いネー。聖印は歪んだ雪だるまみたいなマークだヨー」

「はい、ありがとうございます。本当に意味のわからない下衆神どもでしたね。みなさんは邪教なんかに屈しちゃダメですよ~?」

『はーい』

「それでは最後に、邪教徒共は?」

探し出して殲滅すべしサーチ&デストロイ!!』

「邪教の聖印を見つけたら?」

探し出して殲滅すべしサーチ&デストロイ!!』

「はいよろしい。それでは残りは自習とします」

『わ~い』


 そんなこんなで、思い思いに神について語り合うクラスメイト達。


 ……でも、この歪んだ雪だるまも、歪みを無くして横にすると……。



 この気付きについて、私は考えることをやめるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る