第2話「いきなり転生2」
――なんだ?
なんだ……これ?
なんだこれは……ふわふわしてるぞ?
これは――布団かな?
じゃあこれはなんだ?
動くぞ?
……これは、腕だ。
で、これは脚?
そうだ。これは、私の体だ。
私……。私?
私じゃない――俺は……。
そうだ、私はミリア。
ミリエラ・スターフィールド。
この家で育った……あれ?
俺は高橋直――
……っと、そうだ。思い出した。
――転生か。
転生してこの体に宿ったのか?
あらためて自分の体を良く見てみる。
子供特有の小さくて華奢な可愛らしい手足だ。
まだ小さな子供――?
そうか、このあいだ三歳の誕生日を祝ってもらったんだっけ。
って、あれ? うわ、何だこれ? 頭がちゃんぽん状態だ。
……なるほど、これじゃあ普通は転生しても記憶を残さない訳だ。
しかし、柔らけぇ……。
何ぞこれ、中世ファンタジーってレベルじゃねぇぞ。
何だこの、めっちゃ柔らかなベッド。しかも天蓋付き!?
周囲を見渡す。うっすらと淡いピンクのカーテンで外部からは仕切られていた。
生地越しに光が入って来ている所を見ると、多分もう朝なんだろうけど。
てか、何か聞いた事も無いような妙な小鳥の鳴き声も聞こえてくるし。
とりあえず、起き上がる。
手足は……普通に動くな。
体のどこにも……異常は無いな。
五体満足だ。よかった。
何か頭部と尻に違和感のあるふさふさが付いてたけど。まぁいいか。
そういう種族らしいし。
今までは前世の記憶が無いから全然違和感無く生活してたみたいだけど、どうもこの国? 世界? は、獣耳と獣尻尾がデフォな、ウェルカムでようこそな王国(パーク)らしい。
……まだ詳しいことは教わってないからわからないようだが、そういう種族がわりかし当たり前に住んでいる世界のようだ。
一緒に住んでる親友(フレンズ)達もそうだしな。
ちなみに俺の頭部には兎耳が生えているらしい。
親友達は狸と……イタチ系だそうな。
小さな尻尾らしきものをふさふさ触って感触を楽しんでみる。
ちょっとくすぐったい。
……で。
……あ~。
案の定、というかなんというか。
アッチの方は生えてなかった。
これはあれか?
あの時、美少女――までしか言えてなかったからって、美少女に転生しちまった、って事かなのかねぇ?
その辺は鏡を見てのお楽しみ、って事にしておこう。
不細工だったら絶望だな。
その時は……魔法でなんとかなるかな?
とりあえず、っと。
もそもそとでかいベッドの海を泳ぎ渡り、カーテンを開けて外を覗くと、そこは――
すげぇ……。
めちゃくちゃ豪華。てか広っ。
中世というよりは近世ロココ調の、実に優雅でフェミニンなお部屋が広がっていやがった!
周囲に広がる光景に圧倒される。
え? 何だこれ、この大きな部屋が全部? 俺の部屋なの?
何これ? でっかっ!
子供部屋おじさんしてた時のアパート、2DKの面積よりはるかに広いぞ……天井もくっそ高ぇぇ!
はぁ? これで一部屋? リアリィ……?
うん。私一人の部屋……だよね。うん、当たり前だった。
前世の記憶でちょっと一瞬愕然としちゃったけど、今まで何の違和感も無く暮らしてきた私の部屋で間違いなかった。
全体的に女性的なやわらかな色づかいで彩られた、エレガントな室内装飾達。
ほんのり淡いピンクと白やクリーム色で構成されていて実に可愛らしいデザインのインテリア。
花柄の模様や美しいレースのカーテンが綺麗で眩しい。
今日も幸せ日和だ。
……うっわ、キャラが全然違ぇ。
え? 何? これを演じるの?
いやいや、演じないとママが驚くからっ。
だよな。
って、やばいやばい。一人脳内会話はやばい。
多重人格みたいになってしまうのはまずい。
う~ん、しょうがない。
俺は、前世の俺という存在をかつての糞世界へとポイ捨てして、新たな人生を生きようと決意した。
まだ何かザラっと違和感を感じるけど、私はミリアだ。ミリアです。ミリアなのです~。にぱ~☆
……にぱ~☆ はちょっとやりすぎかな?
あい、とぅいまてん。
さて、さようならゴミみたいな人生だった俺。
おはよう、素敵な人生を歩み始めた私。
そんな訳で、探検GO~!
私はベッドを降りて……。
って、いや、高いって。これ落ちたら洒落にならん。
ブルブル恐る恐る床に足を着けて、新たな人生の第一歩を歩み始めるのだった。
ってか、子供目線やばいな。
世界でけぇ……。
この部屋だけでもヤバイのに、外にもっと広い世界が待ってるのか。
オラ、ワクワクしてきたぞぉ。
……キャラ統一しないとなぁ。
ふと鏡を見る。
めっちゃ高い位置にあるから近くだと見れないが、ある程度遠くからなら自分が見える。
うわ……。
――なんか、白い清楚なワンピースを着たロリロリの兎耳超絶美幼女様がそこにいた。
真夜中とか洋館の中で見ると若干ホラーな奴だが、兎耳のおかげで怖さはマイルドだ。
でも流石にちょっと驚いてしまった。軽く漏らしそうになった。
すると、こちらがビクってしたら向こうもビクッとしやがる。
手を振ってみたら向こうも手を振っている。
おー、って事は、これが俺なのか?
体を動かしてみると、鏡の中の幼女も同じような反応を示す。
間違いないようだ。この幼女は俺だ。
うっすらと金に染まった白銀に近いプラチナブロンドの髪。
陶器のように白い肌。瞳はルビーの如き美しい真紅。
顔の配置が整いまくってて整形を疑うレベル。
目の形、位置、鼻の形、位置、口の形、位置、全部。パーフェクト。
なんていうか、チートレベルの美形様だった。
これ、大丈夫だよな? 美的感覚が違うとか、無いよな?
だとすれば、大当たりだぜ、これ。
一発ガチャでチート級のウルトラレアを引き当てた気分だった。
正直、漏らしそうなくらい嬉しい。
人から好かれるのって大事。人から愛されるのって凄い大事。特に、周りを味方にできる能力って凄い大事。
前世でそれを痛感してるもん。
女性様で美形。これもう勝ち確じゃねぇ? 後は俺の努力しだいか。
俄然やる気が出てきたぜ!
まだ発展途上でスタイルどころの話ではないが、痩せすぎてもいない。太りすぎてもいないベストをキープしている。
よし、がんばってこの体型をキープするぞ。
まぁ、まだまだクソガキだけど、将来有望なスーパー美少女候補の幼女様だよな。
……ってか、これもうクソガキじゃねぇな。何だこのかもし出される清楚なオーラは。
もうなんだ? ぺドフィリアじゃないはずの俺でさえうっとりしちゃうほどの美しさだなぁ。
「うへへ……」
思わず声が出てしまう。
「にゅお!?」
てか、声! 声もめっちゃ可愛いなっ!
「おー」
めっちゃプリティな小動物ボイスの声優さんの作ってないリアルでナチュラルなロリ声って感じ。
「やべぇな。これめっちゃ可愛いんじゃね?」
めっちゃ綺麗で澄んでる~。癒される~。
やばい。萌える。声優やらせたら人気トップ間違い無しだわ。
前世の薄汚ぇドブ糞ゲロカス声とは段違いだ。
自分の声って、耳以外に骨伝導による余分な音も追加されるから、割かし悪く聞こえるもんだと思うんだけど。
これ、外から他人が聞いたらどうなるんだろ。
見た目も超絶可愛いうえに美声持ちか……魅力系技能ガン振りトンでもねぇな……。
戯れに謳ってみた。
「双子月の輝く夜の帳に、星の海を泳いだ遥かな翼~♪ 銀の体輝く狼は歌う、嘆きと悲しみを沈めるための旋律(メロディ)~♪ 」
それは、澄んだような美しい声。後は感情に任せて強弱を付ける。
歌詞にあわせて。そうする事で何となく気持ちのこもった美しい歌っぽくする。
「鏡の海たゆたう、魚達の瞳は~♪ 遥かな世界の果て見据える叡智を湛え~♪」
これは子守唄かな? いや、違う。教会で沢山聞いたって事は、聖歌か何かか?
母親が眠る際に聞かせてくれた。この世界の五大神を称える歌。
「光の空を泳ぐ、兎の手は~♪ 悠久の未来を綴る、輝きに満ちて~♪」
なぜか記憶に残っている。前世には無かったその歌を思う存分歌ってみた。
「虹の上渡り行く、蛇の行方に~♪ この世の全てを写す知恵の宿木が眠る~♪」
扉が開く音が聞こえたので、歌を止めた。
扉から現れたのは――
「あら、もう起きたのね。今日は早起きさん」
母親だった。
この世界における母。
髪の色から肌の色、瞳の色までまるでそっくりな、この俺の新しい体が上手にスラリと成人したらきっとこうなるだろう、といった感じの。実に美しい女性だった。
「何~? 今日はご機嫌ね~」
とてとて近づいて来て抱きしめてくる。
……なんというか、幸せを感じる。
子供の頃は、みんなこうだったのかな。
生まれてきただけで喜んでもらえて。
ただ生きているだけで愛される。
……ひさしく忘れていた感覚だった。
「それよりも、とても上手ね~。お歌、もっと聞かせて」
褒められた。
「ど、どうも」
つい、いつもとは違う、前世のような口ぶりになってしまった。
「なに? いきなり他人行儀に~。いつもみたいに甘えて来なさいよ~。ママ寂しいぞ~」
言われたので“いつものように”強く抱きしめ返した。
ぎゅーっと、長い間二人でハグし続けた。
他人行儀、か。
この人は知らないんだもんな。
いきなり最愛の娘に他人の魂が入り込んで、しかもその中身が38のオッサンだって知ったら……きっと悲しむよな。
別に今までのこの子がいなくなった訳じゃない。
今まで学んできた事、この子の今までが吸収されたというか。
合体したというか。
そうでなければ、こんな異国の言葉がわかるはずもない。
日本語を理解しているように、言葉を理解は出来ているが、試しに日本語と音の羅列を比べてみると……。
例えば『双子月の輝く夜の帳に』は『ジュミヌムントシーネン・ナハトクローディオ』という音で聞こえている。
――といった感じだ。
言語がまったく違うのだ。
……そんな、まったく異質とも言える俺なんかが、こんな幸せな人生に混ざってしまって良いのだろうか。
罪悪感と、わずかな後悔が心の中にわだかまる。
その時だった。
――いいんだよ? 貴方は私。私は貴方なんだから。
この体の主の心の声が聞こえた気がする。
それは、もはや自分自身の心の声なのだから、自分で自分を肯定するという一人遊びに過ぎないのかもしれないが。
許された気がした。
抱きしめられる。
強く抱きしめ返す。
幸せ過ぎて涙が出そうだ。
「一緒に続き、歌いましょ」
「うん」
いつしか俺は――私として、ミリアという少女として自然と言葉を返していた。
「あぁ、神の身元に全てが眠りゆく時~♪ 未知なる闇の鼓動が世界を埋め尽くす~♪ あぁ、神の身元に全てが目覚めし時~♪ 新たなる希望の未来が再び巡る~♪」
二人で一緒に歌った、
楽しかった。
幸せだった。
新たな希望の未来……か。
そうだ。これはもう来世なんだ。
前世の俺なんていうちっぽけな存在はもう死んだんだ。
なら、前の俺なんていなくなっちまえばいい。
それだけだ。
そして、ミリアという少女として、今度こそは――。
――幸せに生きるんだ。
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