第10話 1章(東京編)-9 別れ・旅立ち弁当

むしゃくしゃした気持ちを静めるには、酒かと思ったが、バイクで出かけてしまった。真知子を呼び出した。真知子とはお互いの仕事の都合でここ3週間も逢っていない。浪江の駅前の喫茶店で待ち合わせ、お茶をそこそこにして、ホテルに行こうと誘った。

「嫌よ、話したいことがあるんでしょう。話し聞いてからにしたい」と真知子は答えた。真知子の家は浪江の浜地区にあり、漁師をやっており、民宿も兼ねていて、真知子は民宿を任されていた。魚の売り上げより民宿の売り上げの方が最近多くなり、漁は民宿用を優先した。新鮮な魚と、真知子の明るい接客は民宿を繁盛させた。真知子はテキパキと自分の意見をはっきり言う、俊介の母とは違ったタイプだった。


いつ、何処で出逢ったのか忘れた。それぐらいズート前から知り合っていたような、自然な感じがしていた。別に何時も身体の関係を持っていなければ不安という関係でもなかった。暫く逢っていなくてもなんと言うこともなかったし、俊介には、あまり気を使わず、使われず、良い相手だと思われた。無口な俊介が気をおかなくて喋れる唯一の相手だった。

真知子も俊介には遠慮のない意見を言った。真知子は22歳、知りあって、3年が過ぎていた。話をして、そのまま別れることも事もあったし、気分が合えばホテルに行くこともあった。真知子には高校生の弟がいたが、弟は漁師を継ぎ、民宿は真知子がやっていく事が決まっていた。結婚となると、養子でなくても一緒に民宿をやっていく事が条件だった。二人の間にはまだ具体的な結婚の話はなかったが、「何れ考えねばならないときが来るだろう」と俊介は思っていた。


一つ家に、対立関係が出来てしまった事は、父との生活を一層住みづらいものとした。あれ以降、父は何も言わなかったが、目が怒っていた。又、職場の上司から市ノ瀬の選挙運動を手伝った事を聞かれた。只、聞かれただけである。でも、それは注意されたのと同じ事だった。俊介の会社は原発関連ではない。宅地を造成し、販売する事をメインにしていた。それでもこの様な無言の圧力を受ける。地元企業は取引先やお客は原発関連が多いのだ。


 市ノ瀬が当選してしまったら、原発に別段の興味もなくなったし、高校を出てから6年、仕事もマンネリに感じていたし、俊介は急にこの町にいる事が息苦しく感じられるようになっていた。どこかもっと広い所に行きたい・・「もう、父親とは住みたくない」と俊介は思った。俊介は東京に行こうと、その思いを真知子に話した。

「それは、相談。それとも決めたの?」と真知子は聞いた。

「決めようと思う」と答えた。

「俊介はいいわね。嫌になったらさっさと出て行けるのだから。私のことなんか何も考えなかったでしょう。私ってそんな存在だったんだ」と、大粒の涙を頬に伝わらせた。

 東京までついて来いと言えなかったし、言っても真知子は来っこない事は分かっている。民宿を真知子と一緒にやるのは楽しいだろう。一度はそんな事も考えた。でもこの町で今、一生を暮らそうとは思えなかった。何か言おうと思ったが、言うべき言葉は思い浮かばず、俊介は「俺は勝手な奴だ」と思った。

「駅までも見送らないからね。勝手に行けばいいんだわ」と真知子は言ったが、出発の日、「今日、何時の列車で行くの?」と携帯に電話が入り、『特上の旅立ち弁当』と言って手渡してくれ、見送ってくれた。それから2年、真知子が結婚した事を俊介は地元の友人より聞いた。

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