第8話 1章(東京編)-7 先生の講義

先生の講義は続く。

《次に、使用済み核燃料の話に移りましょう。原子炉を「トイレを持たないマンション」によく喩えられます。上手い喩だと感心しています。使用済みの核燃料をどの様に処理するかという技術の確立を持たないまま、見切り発車をしてしまった所に原発の悲劇があります。

処理方法として(1)そのまま埋没処理するワンススルー方式と(2)再処理方式があります。前者は一度使ったものを破棄し埋没処理する。その技術も未完成なのです。燃料プールという形で中間保管しているのが現状です。中間保管とはいい言葉ですが、核燃料が水の中でむき出しで置かれているのです。プールが地震なんかでひび割れを起こし水がなくなったとき、高い熱を出し、水と反応して水素爆発するリスクがあるのです。世界の使用済み燃料棒は原発にある燃料プールに貯められ、増え続けているのが現状です。核燃料は化石燃料のように全て燃えて、炭酸ガスと灰になるのとは違い、核燃料は(1)燃え残りウラン(2)核分裂生成物(3)新たに生まれたプルトニウム、これらが混然一体となったものとして残ります。使用済みの燃料棒を細かく切断し、化学的に処理をし、ウランとプルトニウムを取り出して再利用する。資源の乏しい我が国には有効なように思われます。これを核燃料サイクルといいますが、プルトニウムを主に使う高速増殖炉は「もんじゅ」で行き止まり、プルサーマルも燃料効率のアップも10%止まりで安全面の問題もあり、このサイクルはいまだ未完成なのです。


 青森の六ヶ所村に再処理工場を作りました。世界で再処理工場があるのはフランスとイギリスです。日本は再処理をこの両国に委託しています。六ヶ所村の処理能力は、計画では完成しても、日本の原発の一部の処理能力しか持ちません。全国の使用済み燃料が集められて来るのですから、事故が起こったときは一原発の比ではありません。再処理の実験工場が東海村にあり、まさに東海村の臨界事故はこの再処理過程で起きた事故なのです。そもそも、考えられているのは、最終的には地下深層岩盤部に埋没処理するのですが、ドイツでも実験段階です。その場所すら日本では決められていないのです。国民の理解と合意を得ず見切り発車をしたつけです。ロケットにでも積んで宇宙にでも飛ばしますか。あながち冗談ではなかったぐらいです。死の灰と言いますが、灰にすらなれなくて、半永久に放射能を出し続ける、使用済み核燃料はそれ程厄介なものなのです。普通それ程までしてと、考えますね。理由は、最初に言いましたね、最初の原子炉は原爆を作った原子炉です。発電のエネルギーにもなりますが、プルトニウムは核兵器の原料になるのだという事です。動力炉「もんじゅ」や「MOX燃料のプルサーマル」といい、これらのこだわりは、核兵器に使用可能なプルトニームへの拘りなのです》


「では、日本は核兵器を持つんですか」と誰かが質問した。

「いいえ、日本は核不拡散条約に加盟していますから出来ない建前になっています。持ちたいのは、『いつでも持ちたいときには持てるぞ』というポテンシャルなのです。原発の町はいつでも核の生産工場に変われるのです」

俊介も、皆も最後の言葉に無言のショックを受けた。


先生は何事もなかったかのように話を続けた。

《核分裂生成物に簡単に触れておきます。原子炉が、事故が起こったとき、飛び散る放射性物質です。人体にどの様な影響があるか重要な問題なのです。セシウムは体内の骨に取り込まれ、半減期は30年と長く、ヨウ素131は甲状腺に取り込まれ、いずれも発癌のリスクは高いのです。高温では揮発性のこの物資がまず広範囲に飛散します。福島には第一と第二を入れて、現在、原子炉は10基あります。君達の住んでいる町は原発の町です。原子力工学を学んだものとして一つだけ言っておきます。もし原子力を制御できるエネルギーと思いあがったら、必ず痛いしっぺがえしを受けるだろうということです。大きな事故を起こしたとき、どんな惨禍が待ち受けているかは想像に難くありません。チェリノブイリが語っています。最悪の想定も入れておかねばならない。それが科学というものなのです。絶対安全などありはしません。最悪のとき、人間が近づけないようなものが技術なのかどうかと思ってしまいます。原発の町に住むものとして最低限知って欲しい事を喋りました。いずれ、この町を出て行く者も、もし、この町の惨禍を見たら、故郷をどんな思いで見ることになるか想像して欲しいのです。想像力は力です》


 原八先生の長い講義は終わった。俊介は、先生が何故この町に帰ってきたのかが分かったような気がした。

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