第7話 1章(東京編)-6 原八先生

俊介の高校時代、原発をもじって、原八先生という物理の先生がいた。本名は田山元(はじめ)と云い、双葉町の出身で、地元きっての秀才で、京都の大学で原子力工学を勉強したという。大学でも将来を嘱望されたらしいが、主任教授と意見を異にしたとかで、大学での研究を諦めて、原子力関係の研究機関に勤めたりしたが、高校教師になって郷里に帰ってきたということである。これには地元有力者になった同級生の口添えがあったという。これらは陸上部の先輩からの言い伝えだった。狭い田舎町では、噂は早く伝わり、意外と正確なのだ。「必ず2時間、原発の話をするからな」とも、陸上部の上級生は付け加えた。

 理科系に属していた俊介はどんな授業をするのか興味を持った。先生は物理に興味を持って貰えたらそれで良いといった感じで、授業内容は平易で判りやすかったし、何より皆が喜んだのは、試験問題で出そうなところをサジェストしてくれる事であった。授業が原子核分裂の箇所にかかってきた。先生はまず、「自分が何故原子力に関心を持ち、原子力工学を学んだのか」から話し始めた。


《中学時代、広島、長崎の原爆写真集を見、その惨禍を知ったときから始まりました。人間は何と恐ろしいものを考え出すものかと身震いしました。原子と云う言葉を知ったはじめです。そして、「何故原爆は、広島と長崎の二つに落とされたのか?」という疑問が僕には生じたのです。戦争を早く終わらせる為の原爆投下なら、広島で十分でなかったか?何故、3日後の長崎に落とされたのか?》


俊介は、科学を勉強する人は変なとこに関心を持つものだと思った。考えもしなかった。


《調べると、広島の原爆はウラニウム型で長崎はプルトニウム型なのです。アメリカは二つ落とす必要があったのだと思ったのです。この聞きなれないプルトニウムという物質はどんなものか?凄いエネルギーを出す核分裂とはどんなものか?すごく興味を持ったのです。そして原子力の平和利用が言われた時代、原子力工学を専攻したのです。先週の授業で、原子を構成するのは原子核と電子であり、核は陽子と中性子より成り立っている事を学びました。まず、核エネルギーについて話しましょう。「質量はエネルギーの一つの形態である」と、アインシュタインは質量がエネルギーに変換できる事を発見しました。これを相対性理論と云います。原子核が分裂したとき、反応の前と後では質量の合計が少しだけ減少する事がわかりました。その減少した分だけエネルギーが発生します。これを一般に「核エネルギー」と呼んでいます》


アイシュタインが出てきた。相対性理論とはそんなものだったのか、原八先生はこの田舎高校生相手にアカデミックな講義を始めた。皆は少し偉くなったような気持ちで珍しく聞き入っていた。


《核分裂性物質で代表的なのが、君達がよく知っているウランです。このウランの原子核に中性子を1個ぶつけると、原子核がポコット割れて大きさのほぼ等しい原子核に分裂します。分裂の際、中性子が2~3個飛び出します。その中性子が次の原子核をまたボコット分裂させる。ねずみ算的に増えていくわけなのですね。これが核分裂の連鎖反応で、この過程でエネルギーを外部に放出します。原子核の崩壊過程は発熱反応で一度に大量の熱を出します。この連鎖反応をゆっくりと減速させ、エネルギーを持続的に取り出すのが原子炉で、高速で、一瞬に取り出すのが原子爆弾なのです。

 天然ウランには核分裂を起こすウランと起こさないウランがあります。前者を仮にウランA.後者をウランBとします。ウランAは天然ウランの0.7%程度にしか過ぎず、残りは核分裂を起こさないウランBです。0.7%では原子炉で使えないので2~3%に濃縮して使います。これを濃縮ウランと云います。日本にはこの技術はなくアメリカの濃縮したウランを買っています。ウランBは核分裂を起こさないと云いましたが、これに中性子をぶっつけるとプルトニウムが出来るのです。プルトニウムは核分裂で出来る物質で、天然には存在しない物質なのです。原子炉内ではAとBのウランが混合されているのでプルトニウムは勝手に出来てしまうことになります。名前の由来「ブルートー」とは「地獄の神」という意味です。その放射能は強力で、半減期は気の遠くなるような年数2万4千年もかかり、その毒性はダイオキシンと並び、人類が作った最悪な物質の一つなのです。プルトニウムは核兵器の原料となります。原子炉があれば作れるという事になりますが、原発の軽水炉で出来るプルトニウムでは核兵器の原料にはなりません。濃度が問題になるのです。


 原子炉の種類を説明しましょう。軍用のプルトニウムを作る生産炉と商業用の電力を作る原子炉に分かれます。後者は減速材の種類によって、水を使う(1)軽水炉、(2)重水炉は水素の同位体・重水素使うのですが、重水素は高価なのです(3)黒鉛炉は構造が簡単で原子力開発の低い国でも作れるが発電効率が悪いのです。しかし核兵器用のプルトニウムが製造できるのです。ソ連のチェリノブイリはこれでありました。そして(4)高速増殖炉があります。電力発電のほとんどは軽水炉です。冷却に水を使いますので、河川や海の傍に作られます。高速増殖炉は減速材を使用せず、核分裂に伴って発生する高速中性子をそのまま利用します。そして冷却にナトリウムを使います。これで出来るプルトニウムは核兵器にも利用できます。日本には実用化にむけて実験炉「もんじゅ」がありますが、昨年、ナトリウム漏れ事故を起こして止まったままになっています。

ウランBとプルトニウムの酸化物を混合した燃料をMOX燃料と云いますが、このMOX燃料を軽水炉で使って発電に使う考えがあります。この計画をプルサーマル計画といいます。「もんじゅ」の事故で高速増殖炉の道が閉ざされた今、政府はこの計画を強力に進めようとしています。使用済み核燃料の再処理したプルトニウムを消費でき、資源の有効利用をはかれるとしましたが、元々、軽水炉はこの燃料を使う事を想定して作られていないのです。技術的な問題や、安全面での課題も多いのです。原発の町に住む者としてこの程度の知識は知ってもらいたいのです。「私達、原発はあまり知らないんです」では通用しないのです。原発をこの町に作った以上、全てのリスクを覚悟したのですから・・・》

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