第2話 1章(東京編)-1 クライストチャーチの地震
第1章-1
2011年2月22日、ニュージーランド南島の最大都市、クライストチャーチでM(マグニチュード)6.3の強い地震があった。古いイングラドを思わせる建物が多く崩壊し、語学留学していた邦人が通っていた学校が崩れ、邦人学生ら23人が被災し、11名と連絡が取れていないと23日の新聞の一面は伝えていた。
藤井俊介は「あの高山源三もそう言えば、語学留学でニュージーランドに行ったはずだ。たしか半年の留学期間だったから、帰ってきているのか、ひょっとしたら遭遇しているのではないか」と案じた。
源三とは故郷福島で同じ高校だった。親しくはなかったが、一年年生のときクラスを同じくした。「腰の軽い奴」それが、俊介の一番の印象で、どちらかというと好きでなかった。俊介は陸上部で長距離をやっていた。クラブ活動で女の子と付き合っている余裕などなかったが、源三は学校の行き帰りの女の子がよく変わっていた。
それが3年前、北千住の駅で源三から声をかけられたのだ。俊介は32歳、独身。常磐線上野駅から6つ目の駅、綾瀬にアパートを借りて住んでいる。東京に出てきて、6年になる。従業員百人ほどの建設会社で建設重機を運転している。休みの日、買い物がてらにぶらりと北千住に出てきたのだった。北千住は綾瀬の上野よりの隣駅である。源三はこの北千住で一番大きい病院で看護師として5年前から勤務し、病院に隣接した寮に住んでいると語った。東京の私大を出たけれど思うような就職口もなく、1年アルバイトをした後、看護学校に行き直したのだという。
それから、2ヶ月に一回位会う付き合いが始まった。会うのはいつも綾瀬の駅前の焼鳥屋だ。俊介が最初に会ったとき連れて行ったのだが、「こんな、旨い焼き鳥は北千住、南千住でもない」と、偉く気に入ったのだ。源三は腰の軽いのはいがめないが、付き合ってみると、自分なりの考えを持って生活している。仕事柄、女性との付き合いは相変わらずらしい。
「お前に前から訊こうと思っていたのだが、どうしてあんなしんどい長距離をやっていたんだ」と源三が訊いて来たので、
「俺も訊こうと思っていたんだが、どうして女の付き合いに熱心なんだ」と俊介は受け流した。
「そりゃ、楽しいからさ」
「俺も楽しかったからさ」
「でも、走っているお前は苦しそうな顔してたぜ」
「苦しいのが好きな奴もいる」
「へー、変わってんだ。女とは付きあっても楽しくないんだ」
「別にそうでもないが、きつい仕事で職場と寮の往復じゃそんな機会もないよ」
そんな会話があって、源三に紹介されたのが、石野綾子であった。
「仕事は出来る。美人の範疇だ。しかしお堅い。俺のタイプじゃない。結婚をあせっている。付き合ってみるか?」と紹介されたのだ。
綾子は源三と同じ病院の看護師で、年齢は30歳。源三の美人の基準は当てにならなかったが、しかし俊介は昔どこかで会った様な懐かしさを感じた。おっとりして見えるが、芯はしっかりしている。信州松本の出身で、源三とは看護学校が同じだった。
「職場まで同じになるなんて最悪。実習のときどれだけ面倒見さされたか・・」と源三のことを語った。
源三より電話が入った。
「ニュージーランドのニュース見ただろう。3日前に無事帰国していて、休暇を貰って成田から直接、浪江の実家に帰っていたんだ。明日、東京に帰って、土産を持って俊介の所に行く予定だった。報告が遅くなって心配かけて済まなかった。お詫びに明日、焼き鳥を奢るよ」とのことだった。無事だったら何よりだ。
昔から源三は悪運の強いとこがあった。焼鳥屋で会って、源三は「つくづく人の運命は分からないものだ、国際医療救急隊の看護師を目指して、語学研修で行ったのだが、今回の災害でその思いを一層強くした」と、何時になく真剣な口調で語った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます