第7話 火急の依頼③


 西門に着くと、大きな噴水の周りに馬車や冒険者が既に集まっていた。

 レナたちを含め、十パーティ。


 「なかなか凄い面子じゃん」


 「有名な方がいるんですか!?」


 アレイストの言葉に、リティが弾むように声を上げた。


 相変わらずウキウキとしている。なんだか目が輝いている。

 可愛らしい少女が楽しげにしている姿は見ていて微笑ましいものがあるが、こんな感じで本当に大丈夫なのかと、レナは呆れたくもなった。


 「ここに来たのは最近なんだったっけ?」


 そんな心情は露ほども見せずに、レナは柔らかい微笑みを心がけて自然に問い返した。

 日頃から余計な感情を表に出さないように気を付けていた。


 「はい! ですのであまり詳しくなくて……。良ければ教えてください!」


 蝶よ花よと愛されてきたのであろう、リティの透き通った純粋無垢な瞳にレナはたじろいだ。疑いを知らないようなリティの姿に自身の姿を重ね合わせ、レナはため息をつきたくなったが、それも堪えた。


 リティの問いに対してはレナに代わってアレイストが応えた。


 「俺たちも長くはないから、そう詳しいわけじゃないよ。でも、『天貫メンヒルかいな』と『揺籃カームウォーム』。オーリンのエースパーティぐらいなら知ってる」


 アレイストが順番に視線を巡らせ、レンとリティはそれを追った。


 『天貫メンヒルかいな』は、巨人のパーティ。

 三人は身長二メートルから三メートル。残りの一人は、ギルドにも入れなさそうなほど大きく、圧倒的な存在感を放っていた。


 『揺籃カームウォーム』は四人全員が女性だ。ただ、それ以外に大きな外見的特徴は見られない。


 レンとリティの反応を見て、アレイストは続けた。


 「『天貫メンヒルかいな』は見た通り巨人のパーティだ。強みも見たまんま膂力りょりょく


 「皆大きいですけど、とーってもおっきい方がいますねっ!」


 リティがレンの裾を引っ張ってはしゃぐ。 確かに、巨人の中でも群を抜いて大きいだろう。


 「俺も、あんなデカい人は見たことないよ。今の今まで、三人パーティだと思ってたし。たぶん、普段は郊外で暮らしてるんだろうな。この街で生活しようとしたら大変そうだ」


 アレイスト同様、レナも初めて見る人物だった。


 「そうですね! すごく強そうです!」


 「ま、あんだけデカけりゃ問答無用で強いだろうね。それに、魔法を使えるのもいるし」


 アレイストの視線の先にいるのは、『天貫メンヒルかいな』の中で一番小柄の者。小柄とはいえ、それは巨人の基準。身の丈は、二メートルを超えている。


 「あの人がリーダー。土魔法を使えるんだって。巨人は魔法が苦手ってのがセオリーなのに、馬鹿力に加えて魔法まで。ほんと、嫌になっちゃうね」


 言葉の意味とは裏腹に、アレイストはやけに嬉しそうであった。


 「魔法使いなんですね!」


 「正式な魔法使いではないと思うわ。魔法を扱えるという意味では間違ってないでしょうけど」


 子供らしく跳ねるリティに、横からレナが付け足した。


 「でも、『正式』とは何なんですか?」


 「あら? 知らないの? てっきり、魔法については詳しいと思っていたんだけど」


 素朴な疑問を浮かべレナは訊いた。


 「すみません。あまり詳しくなくて……」


 リティの少ししおれたすがたに、アレイストが苦笑した。


 「『正式』な魔法使いってのは、魔法学校を卒業した人のことを言うんだよ。それ以外の者は、たとえ魔法が使えたとしても、正式な場においては魔法使いと名乗ることが許されていないんだ」


 「そうなんですね! 初めて知りました、ありがとうございます!」


 氾濫してしまいそうなほどの愛嬌を湛えたリティに、アレイストは目を見張っていた。

 幼女趣味ではなかったはずだ。


 レナ自身、どこか吸い込まれるようなリティの可愛らしさに翻弄ほんろうされていることを考慮すれば致し方ないことなのかもしれない。


 「いや、いいよお礼なんて。それで、『正式』でない自称魔法使いは、『似非えせ』魔法使いと揶揄やゆされる」


 「魔法を使えることに変わりはないのにですか?」


 「魔法学校を卒業した奴ってのは、もれなくエリートなんだよ。独学で習得した魔法とは質が違う。って、俺もそこらへんのことは良く知らないんだけど」


 「ふうん、そうなんですね」


 「まあ、そんな人と会うことはそうそうないよ。それに、魔法を使えるっていうアドバンテージは、『似非えせ』でも変わりない。あのリーダーの強さも確かなもののはずだよ」


 「それじゃあ、『揺籃カームウォーム』はどんな人たちなんですか!?」


 「堅実なバランスタイプのパーティって感じかな。近接戦に遠距離戦に守備。それぞれに専門がいる。でも、これ自体は割と一般的な構成。このパーティの名前が売れてるのは、間違いなくあの人の影響だよ」


 「あの方が? 綺麗な方です!」


 アレイストが示す先には、亜麻色の髪をした十七くらいの少女がいた。

 身軽なレザーアーマーを着込んではいるが、絶妙に似合っていない。戦闘とは縁のなさそうな外見のせいだろう。いまだけがれを知らないような、楚々そそとした雰囲気を纏っているはかなげな美少女だ。


 「【慈雨じう】のメイシア。二つ名持ちだ」


 「二つ名? カッコイイ響きです! 彼女は凄いんですか!?」


 二つ名の響きにより一層瞳を大きく輝かせるリティに、レナはアレイストみたいだなと小さく苦笑した。


 「すごいさ。水魔法と治癒魔法の二属性使いダブル。支援に関してはAランクが欲しがってるぐらいだって噂だよ。しかも、治癒使い自体珍しいってのに、強化魔法まで使えるときた。こうなったら『似非えせ』だなんてこと問題にもならないだろうね。『揺籃カームウォーム』の看板だ」


 「治癒魔法、ですか……」


 アレイストとリティの会話を静かに聞いていたレンがぽつりと呟いた。

 そこで、パンパンと手の鳴る音が響き、集まった面々がそちらへ注意を向けた。


 「それでは、今回の依頼内容について最終確認をさせてもらう。まず――」


 野太い声の男は、オーリン駐屯兵団の軍服を着ていた。男が紙を見ながら、つらつらと依頼事項を読み上げていく。


 アレイストは欠伸あくび混じりにそれを聞き流していた。


 つい先ほどまであれだけ雄弁に語っていたのだ、眠気など微塵みじんもないだろうに。男を挑発しているつもりなのだろうか。   

 これだからアレイストは子供なんだ。


 変に目をつけられるのは好ましくない。

 レナはアレイストを小突いた。


 横を見ると、レンは静かに耳を傾け、情報を整理しているみたいだった。

 リティは辺りにいる軍服を着た兵士を眺めまわし、瞳をきらきらさせている。


 「――認識と何か齟齬そごのあった者はいるか?」


 男が説明を終え全体に訊く。


 特に気になるようなところはない。ギルドで見た依頼書通りだ。

 他に疑問の声を上げる者もいなかった。


 「問題は無いようだな。では、パーティごと近くの馬車へ乗ってくれ。すぐに出発する」


 馬車はオーリン駐屯兵団の者が引き、木々が乱立する中腹まではそれで向かうということらしかった。

 帆の張られた、二頭立てのなかなか立派な馬車だ。モンスターを運搬するための措置だろう。


 「パーティごとなんて、気前いいじゃん」


 「はい! 贅沢です! 行きましょう!」


 アレイストとリティが真っ先に馬車へ向かう。


 「私たちも行きましょう」


 「そうですね」


 レナは表情に苦みを含んみ、同様にしているレンとともに、前の二人の背を見て歩き出す。


 アレイストとリティの後に続いてレナとレンも乗り込み、馬車は動き始めた。


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マジック 世界×世界、魔法使い。 方波見 @katanami

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