第6話 火急の依頼②


 「――あっ! 待ってましたよ!」


 レナはアイサが向ける視線をアレイストとともに追った。

 

 そこにいたのは、一組の男女であった。

 普人ふじんらしい。


 男の方は黒髪で、背丈は百八十ちょっとといったところ。年齢は、落ち着き具合から見てアレイストよりは上だろう。

 端正な顔のつくりをしている。全体的に寡黙な雰囲気を感じるが、特に冷たい印象を受けることもない。

 

 なにより、子供っぽくない。

 アレイストよりかはよほどいい男に思えた。


 女の方は――といっても、まだ十歳ほどの少女であるが――さらりと腰まで伸びた金髪と、輝くような碧眼へきがんが印象的だ。好奇心が覗く自然な笑みからは、年相応の天真爛漫さが見て取れた。


 その二人は冒険者の割にこざっぱりとしていて、どこか高貴な気配を匂わせていた。

 

 貴族の中にも、自ら進んで冒険者になるような変わり者や、そうならざるを得ない事情を持った者がいるという話がある。

 きっと彼らもそういった者なのだろう。


 「どうかしましたか?」


 笑顔を向けるアイサへ、男の方が尋ねた。

 落ち着きのある、知的な感じのする声音だった。


 「はい。レンさん、今日はこの依頼を受けてみませんか?」


 依頼書を受け取ると、レンと呼ばれた男はサッと紙面に目を通し、少し首を傾げた。


 「何か、いつもと違うようですね」


 「これは、オーリン駐屯兵団からの依頼です。先の極光現象の原因を探るため先遣隊をやったところ、謎のモンスターが現れたそうで」


 「謎のモンスターですか?」


 「はい。現在わかっている情報によると、黒い毛と長い尾をもつ四足獣みたいです」


 「……そうなんですか」


 「はい。それで、今回はそのモンスターの討伐依頼ということになります。実質、国からの依頼ということになりますので、報酬の受け渡しなどはスムーズにいくと思いますよ」


 しばし沈黙してから、レンが訊いた。


 「ちなみに、なぜ僕たちに? それに、その依頼を受けるのが僕たちでも大丈夫なんでしょうか?」


 レンは黒色のプレートをちらと覗かせた。

 隣に立つ少女の胸元にも同色のプレートが揺れている。


 「条件は、Cランク以上の冒険者四人のパーティであること。レンさんたちにお声掛けしたのは、アレイストさんたちと組めば四人になるからです」


 アイサはレナとアレイストの方を見やり、レンと少女もそれに続いた。


 「俺がアレイスト。んで、こっちが」


 「レナよ」


 「初めまして。レンです」


 小さくお辞儀をして自己紹介するレンに対し、


 「リティです! リティって呼んでください!」


 少女はぺこりと腰を折り、可愛らしく元気に声を上げた。


 冒険者らしくない丁寧な挨拶を受け、レナは少々むずがゆさを感じた。

 ちらと見ると、アレイストも微妙な顔をしている。


 しかしそういった「らしさ」の無さのおかげで、レンとリティの関係にもおおよそ見当がついた。


 身なりや口調も加味すれば、貴族の令嬢様と腕に覚えのある従者といったところだろう。


 リティという少女は冒険者らしい恰好をしてはいるが、その雰囲気はともなっていない。見たまんま、ただの子供だ。


 らしくないと言えば、貴族が平気で腰を折るなんてそれこそらしくないことのように思えるのだが、冒険者になる訳ありや変わり者と考えれば、一応の納得はできる。


 貴族令嬢に男の従者、というのも不自然だが、それもなくはない話だろう。


 リティは、素行がいいとは言えない連中がたむろしているギルドのなかであるというのに瞳をきらきらとさせ、一切動じる素振りを見せない。

 

 子供特有の天真爛漫さをもち、好奇心旺盛。無知ゆえか、恐れるものは何もないとでもいうような清々しい態度だ。


 リティが両親に冒険者活動をねだったのかもしれない。

 そこで、戦闘経験のある男が護衛役をたまわった。そんな感じだろう。


 「この人たちと組むんですか?」


 だいたいの推察を終えると、トゲのある口調でレナが不満をあらわにした。


 命の危険がつきまとう依頼を、今会ったばかりの奴と受けることをすすめられ、それが剣すら握ったこともなさそうな令嬢様つきだという。まったく、笑えない冗談だ。


 が、これはカマかけの意図を含んでいた。

 レナたちは組む相手の戦力などほとんど気にかけていない。

 四人でないと受けられないから組むだけ。足を引っ張らないでいてくれれば、行動の邪魔をしないでいてくれれば、それでいい。

 自分たちは相応に強いという自負があった。


 だから、あえて不満をあらわにすることで、レンがどの程度戦えるのかを聞き出してみたかっただけのこと。はなからリティの戦力は加味していない。レンがリティの手綱を握っていてくれればどうでもよかった。


 そんなレナたちの心情を知るべくもないアイサは、


 「レンさんもリティさんも、たった数日でCランク冒険者になりました。お二人とも、強いと思いますよ」


 臆面もなくそう言った。


 「へえ。アイサさんがそこまで言うのか」


 アレイストは素直に驚いた。


 ウィズ山脈周辺等、モンスターが多く生息する冒険者ギルドのギルド員は、その多くが戦闘員でもある。アイサもそのひとりだった。彼女のお眼鏡に適ったということは、ある程度以上の実力があるということだ。


 レナもアレイストと同じく興味をもち、二人の値踏みを始める。


 装備は二人とも、守りよりも動きやすさを重視した簡単なもののようだ。

 レンはロングソードを一本腰に下げている。リティは身の丈に合った剣を一本、それに、予備と思われるショートソードも携えていた。護身用であれば、一本で事足りると思われる。リティもしっかりと戦闘をこなすらしい。少なくとも、装備からはそのように見受けられた。


 護衛のレンがCランクであることに驚きはないが、リティがCランクに達しているなどとは少々考えづらい。

 が、もしかしたら魔法を扱えるのかもしれない。貴族ならばあり得ないことではなかった。ともかく、リティ自身が戦えるのであれば、余分な手間をかけさせられることもなさそうだ。

レナが不躾ぶしつけな視線を向けるなか、レンがアイサに尋ねた。


 「そのモンスターの難度はCということなのでしょうか?」


 「まだ詳しいことは分かっていないそうで、正式には発表されていません。ですが、推定難度はCとされています」


 「その推定の根拠はあるんですか?」


 「……いえ、軍の情報を得る立場にないので、私には分かりかねます。すみません」


 「ああいえ、少し気になっただけですから」


 そこで、アレイストが割って入った。


 「それはいいけどさ、オーリンからの依頼ってことは、けっこうな数がいるんだよね? その、謎のモンスターってのは」


 「はい。群れで現れたと聞いています」


 「それじゃあ、俺らの他にもこの依頼を受ける冒険者がいるってこと?」


 「その通りです。全部で十パーティ。それが規定になっています」


 「当日、しかも時間ギリギリの誘い。俺ら、完全に数合わせじゃん」


 アレイストがわざとらしく不貞腐ふてくされた。


 「あっ、いえ……、はい。…………それは否定しきれません。ですが、アレイストさんたちの力を見込んでのことです」


 「ふふふ。それ、フォローになってないわよ」


 レナは可笑しくて笑った。


 「時間もないようだし、受けるかどうか、早く決めて」


 レナはレンとリティに決断を促した。


 「んじゃ、受けるの?」


 アレイストがレナに問う。


 「ええ」


 「今日は俺が決める番だったろ?」


 「なにか問題ある?」


 「いや。そうこなくっちゃ」


 レナとアレイストの意思統一は済み、いささか躊躇いながら、レンがアイサに最後の確認をした。


 「報酬はどうなっていますか?」


 「支払いはパーティごと。確定報酬として二十万ゴルド。指定モンスターを討伐して持ち帰ってきた場合、一体につき百万ゴルドで買い取ります。生け捕りの場合は、その状態に応じてさらに上乗せ。と、こんな感じです」


 特別良い条件、というわけではない。

 だが、Cランクにとってはまずまずといったところ。


 「受けます」


 レンが答える。


 「よし。じゃあ決まりだな」


 出会ったばかりの四人は、早速、集合場所の西門へ足を向けた。


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