第5話 火急の依頼①
「なあ、そろそろ何か良いことがあってもいいと思わねぇ? いつまで続けてればいいんだよ、こんなつまんねえこと」
手を頭の後ろで組みながら、アレイストが嘆いた。
藍色の短髪を跳ねさせた青年だ。
年齢的には大人といって差し支えないというのに、どうにも子供っぽさが抜けきっていないところがあった。
アレイストの着る身軽なレザーアーマーの腰には、いつも丁寧に磨き上げているロングソードが吊られている。
戦士の割には小柄だが、腕や胸や脚などは、レザーアーマー越しからでも日々の鍛錬を想起させるほどにがっしりとしていた。
「そうね。でも、特別なことは何も言われてないでしょ? とりあえず、現状維持よ」
「なんだよ、素気ねえなあ」
「まだ眠いのよ。こんな早くに出る必要なんてないでしょ?」
レナは準備を急かしてきたアレイストを咎める。
「普通の冒険者だったらこんなもんだよ。他の人たちだってもう働いてんだろ?」
早いといっても、すでに朝日は昇り、人出も十分。街は活動を始めている。
レナの声は眠気を多分に含んでおり、綺麗な顔立ちではあるものの、今は微妙にだらけて見えた。
そういったことに頓着しないのか、赤毛の髪もあまりまとまっていない。眠気により目が細められているためか、男勝りな雰囲気を醸していた。
また、彼女も戦いに身を置く人種なのだろう、アレイストと同じくレザーアーマーを着込み、腰にはショードソードが二本下がっている。
「レナだって冒険者活動が嫌いなわけじゃないだろ?」
「まあね。でも、それよか眠ってるほうが幸せなの」
「レナはあっさりしてんのな。あぁぁあああ! 退屈だよぉぉおおおぉぉお!」
人目を
眠気が吹き飛んだ。まばらにいる通行人は、レナとアレイストをちらと見ては顔を背け、見て見ぬふりをする。
「ちょ、ちょっと! いきなり馬鹿みたいな声出さないでよ! 私まで同類と思われるじゃない!」
「なんだよ、水臭いなあ。もうそれなりの仲だろう?」
「別にそれなりでも何でもないわよ!」
「なんだよ、けっこう長い付き合いじゃんか」
「とにかく、恥ずかしい言動は止めてくれる!?」
「あーはいはい、分かったよ。これだからレ――」
「これだから私は何なわけ?」
レナは声を遮り、険のある声でアレイストに問う。
「あーいや、何でもないよ。何でも。だからほら、そんな顔すんなよ」
アレイストはおっかなびっくり続けた。
「皆、こっち見てるぞ。痴話喧嘩と思われてるかも……」
「んなわけないでしょう!」
とは言うものの、周りを見てみるとおばさん達がレナたちを窺いながらひそひそと何事かを話している。
好奇の視線が突き刺さる。
「…………はぁ、さっさと行くわよ」
言い合うのがばかばかしくなって、レナは足早になった。
「はーい、って、ちょっと早すぎないっ?」
「アレイスト、あんたのせいだからね。もしこれで目をつけられたらどうすんのよ」
「大丈夫大丈夫。そんな気にすることないって」
あっけらかんとしたアレイストのもの言いにレナはむかっ腹を立てた。
「あんたはいつもそんなんだから――」
「それに、おかげで眠気が吹っ飛んだだろう? ほんと、朝の顔は酷いからねえ。せっかくきれいなんだから、もっと気を遣えばいいのに。よしっ、ギルドに着くのが遅い方が今日の晩飯おごり!」
お返しとばかりにレナの声を遮って口を回すと、アレイストは唐突に勝負を仕掛けて駆け出した。
「ったくもう…………。はぁ……」
レナは心持ち急いで、曲がり角へ消えたアレイストの背を追った。
アレイストの首とレナの腰に下がる黒色のプレート。
彼らは、Cランク冒険者である。
オーリンに来て一か月。今日も二人はギルドへ向かう。
いつもと違うのは、それが朝であること。ただそれだけだった。
*****
レナはやっと慣れてきた複雑な道を進み、ようやく目的地に辿り着いた。
重厚さを感じさせる、コンクリート造りの高い建物。オーリンの中心部に位置する冒険者ギルドである。
大中小と並ぶ扉のうち中のものを引き、レナは建物に入った。
内部は広々としている。二階は吹き抜けで高々としており、一階には受付カウンターと、長椅子が整然と並ぶ。
目を走らせると、一角にある大きなコルクボードの前に、アレイストを発見した。
「アレイスト」
「ん、遅かったな。俺の圧勝。てことで、レナのおごりな」
自然、レナからため息がもれた。
「勝負を受けた、だなんて誰も言ってないでしょ。というか、そんな子供っぽいことしてないで、そろそろ大人になったら?」
少年的な笑みを向けるアレイストにレナは淡々と返した。
「ちぇっ」
別に気分を害した風もなく、アレイストは演技的に舌打ちをする。
「で、いい依頼はあった?」
「いや。やっぱ無いなあ」
常ならば、ほとんど隙間なく張られている依頼書であるが、それもここ数日は空白が目立っていた。
「そうね」
ぼやくアレイストの隣で張り付けられた依頼書を眺めまわし、レナも不満げに同意する。
「しょっぺぇ依頼ばっかだよなあ」
腕を組みふぅむと唸りながら、アレイストは駄目押しとばかり、つまらなそうに呟いた。
依頼書には、それぞれランクが振り分けられている。
Cランク冒険者がBランクの依頼を受けることはできない。Cランク以下の依頼は多岐にわたり、依頼を受けるには事欠かない。採集や護衛、無法者の捕縛、難度Cまでのモンスター討伐など……。
しかし、そのほとんどがF・Dランクの延長戦上にあるものとなる。
採集依頼は、大体がコネクサかミルトグサの収集で、これはFランクでもこなせる。
護衛や無法者の捕縛にかんしては、お守りのようなものや酔っぱらい対処がほとんどを占め、重要人物が対象になる依頼はBランク以上と規定されている。そもそも、重要人物の護衛や捕縛は、それぞれ専門の者を雇っていることが普通であるために、依頼が出ること自体が稀である。
ともかく、そんな状態であるために、Cランク冒険者がCランク相当の依頼を受けるにあたって頼みの綱となるのは、自然、モンスター討伐ということになる。
そして、難度Cモンスターの強さは他の難度に比べ幅が広く、便宜上、下位・中位・上位と呼び分けられているのだが、今張り出されている依頼は下位のものばかりであった。
「さすがにこれじゃあね。やっぱ、早く来る意味なかったじゃない」
正直、これでは旨味が少ない。他のCランク冒険者も、渋い顔をしていた。
本来、オーリンを含めウィズ山脈周辺の冒険者ギルドには、多くのモンスター討伐依頼が出る。各国の兵士も時折間引きを行うが、自国を護るのが基本であるため、
故に、そこより深くにいるモンスターは主に冒険者が狩っているのだが、どういうわけかここ数日、そういった依頼が減っていた。
「なんで奥へ行くと強くなってくんだろうな?」
唐突にアレイストが言った。
「ん、何が?」
「ウィズ山脈だよ。ほら、奥へ進んでいくと、モンスターの難度が上がってくだろ?」
「ええ、そうね。それが?」
「おかしくないか? 普通、外に出ようとするのは強い奴の方じゃないか?」
「うーん、ま、確かにそうなのかもね。でも、別に外に出ようとしてるわけじゃないでしょ。実際、街中まで出てくるようなのは稀だし」
「ふうん、そんなもんか」
「そんなことより、どの依頼受けるの? 今日はアレイストが選ぶ番でしょ」
レナに急かされ、アレイストは再び依頼書に意識を向けた。今回も妥協するしかなさそうだ。
「んじゃ、これにしようか。消去法ってことで」
そうして依頼書へ手を伸ばそうとした時、
「アレイストさん、決まらないんですか?」
受付嬢の一人が声を掛けてきた。
「ああ、アイサさん。いやぁ、決まらないってわけじゃないんですけど、もうちょっと良い依頼がないかなあっと思ってて。C上位あたりのものって無いんですかね?」
「……はい。それは先日、『
申し訳なさそうにアイサが答えた。
「『
「皇国のパーティだったような気がするけど」
アレイストに続いて、レナが記憶を探る。
「はい。レナさんの言う通り、セント皇国のBランクパーティです」
「なんでそんな人たちがCランクの依頼なんて受けてくのよ。嫌がらせ?」
まったくもって面白くない。
Cランク以上からは、ランクごとに確然とした差が存在する。Bランク冒険者がCランク依頼を受けるなんて、効率の面でいえば最悪。その上、コルクボードにはBランク依頼も十分なほど出ていた。
「てか、皇国の冒険者ってトレントを拠点にしてんだよな? なんでわざわざオーリンにまで来たんだ?」
「一応事情を訊こうと思ったんですけど、どうにも話しづらくて……。理由はよく分かりません」
「そうなの。まあ、セントの人ってどこか不気味な感じするしね」
「……あはは。そ、それでっ! 受ける依頼に困っているなら、これを受けてみませんか?」
肯定も否定もし辛いレナの返しに、アイサは無理やり話を変え、一枚の依頼書を二人に見せた。
「ってこれ、オーリンからの依頼?」
レナが面喰ったように驚きを表した。
依頼主の欄には、オーリン駐屯兵団の文字。これは、国からの依頼に等しい。すなわち、軍では対処しきれない内容であるということを示唆していた。
依頼内容は、特定のモンスターの討伐又は捕縛。
そうなると考えられるのは二つ。軍でも手に余るほど強力なモンスターが現れたか、軍がそこに人員を割けない何らかの事情を抱えているか。
しかし、前者はないと確信できた。
もしそうであれば、Cランク冒険者などお呼びでないはずだ。大都市の軍がCランクに助力を願わなければならないほど落ちぶれているだなんて考えられない。
つまり、後者。
軍が動かざるを得ない事態が、他で起こっているということになる。
「ふふ」
そこまで思考を巡らせて、レナは小さく笑った。
「……どうかされましたか?」
「いえ、ごめんなさい。やっと良い依頼を見つけられたと思って」
「そうでしたか! それは良かったです」
内心の昂ぶりを抑えるように注意して、レナは自然に受け答えした。
「へえー、珍しいこともあるもんだな」
アレイストも依頼書を覗き込みながら内容を確認していく。先ほどとは打って変わり、上機嫌だ。
「アレイスト、この依頼にしましょう」
「ああ、レナが気に入ったならそれでいいぜ」
アレイストは快く同意を示したが、「ん?」と眉を顰めた。
「げっ」
「どうしたの?」
「これ、四人必要みたいだ。俺らには無理なんじゃないか?」
その言葉を受けて、レナが内容を再度確認する。すると、確かに留意事項の記載があった。
※四人パーティであること。
ここへ来て一か月の間、動きすぎず動かなすぎず、目立たない振る舞いを心掛けてきた。顔見知りぐらいはいるが、依頼を誘えるほどの仲ではない。
そもそも、冒険者は四人パーティが基本となっているため、他へ回せるような人がすぐ見つかるようなことはそうそうない。
「それなら心配いりませんよ」
アイサは二人の懸念を振り払うように言った。
「どういうことなの?」
「最近こちらへ来たばかりの方達がいるんですが、その方達も二人で活動しているんです。ですので、一緒に組んでみてはどうかな、と。ランクも同じ、Cランクですので」
「へえ、そんな人たちがいたんだ。知らなかった」
「はい。いつもはアレイストさんたちより早く来るので、顔を合わせる機会がなかったんですね」
「……ははは」
アレイストが苦笑するレナを追い立てるようににやりと笑う。
「なによ?」
「べっつに―」
「……はあ」
「でも、この依頼のこと、その人たちの了承はとってあるんですか?」
アレイストが問う。
「いえ、まだです。でも、もう来ると思いますから――」
ちょうどその時、ギルドの扉が開いた。
「――あっ! 待ってましたよ!」
アイサが向ける視線をアレイストとともに追う。
そこにいたのは、一組の男女であった。普人らしい。
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