第2話 先遣隊②


 キースは、現状に僅かながら危機感を覚えていた。暗闇の中、木々の間に他人たちの息遣いが聞こえる。


 「や、やったぞ!」


 歓喜の声が上がる方へ目を向けると、打ち倒されたモンスターが横たわっていた。

 

 作戦は順調。何も問題はない。キースはそう思い直した。

 何が起こるか分からない。元々この任務はそういうものであった。だから何が起きても対処できるように、装備も上等なものを配備された。


 強化の魔剣。それが十本。下級魔具であるとはいっても、魔具が貴重品であることに変わりはない。さすがに一人一本とはいかないようだったが、新人隊長率いる小隊の装備としては破格のものだ。

 それも、意思決定に難を抱えるユニオン連邦国の体制を思えば、尚のこと異例の措置といえた。


 「よしっ! こっちも仕留めた!」


 魔剣を渡しておいた隊員の一人が、また一体倒したようだ。これで残るは二体。第五班に任せたものと、キースの眼前にいるものだけ。


 (そろそろ、自分も動くべきだろう)


 戦況を見て、キースはそう判断した。

 深呼吸をひとつして、彼は判然としない不安を取り払う。過度な不安は死を招く。キースはそのことを肝によく銘じていた。

 決めたのならあとは行動するのみ。


 こちらを窺うモンスターを見据え――


 「ウィンドカッター」


 

 ――腕を振るうと同時、地を蹴った。


 キースが放った風の刃は地を舐めるように進み、モンスターの脚を僅かにいた。悲哀を伴うような声を上げて、モンスターは微かに揺らぐ。


 相対してみると想像よりもいくらか機敏で、いくらか固い。キースは若干眉を寄せるも、そこに動揺はなかった。

  想像以上、それも含めて想定内。キースとはそういう性格の持ち主であった。


 キースは間髪いれずモンスターとの距離を詰める。鎧を着ているとは思えない速さだ。


 (すらりとした体躯に比して、筋肉が発達しているのかもしれない。あるいはその身を覆う毛に秘密があるのか)


 キースは距離を詰めながらも未知のモンスターに対する考察を深める。

 それだけの余裕が彼にはあった。


 モンスターまで10メートルといったところ。眼前のモンスターは早くも痛みに順応したのか、敏捷性を完全に取り戻しつつあった。

 それを察知して、キースは再び魔法を放つ。


 「ウィンドネスト」


 風の網が根を張り、モンスターを絡めとる。

 しかし、拘束時間はそう長くない。すぐに破られてしまうはずだ。


 モンスターの目前に辿り着いたキースは思考を一度中断し、右手に持った長剣を高々と掲げ、その刀身に魔力を込めた。すると周囲に風が集まり、瞬間、鈍色の刃に収束する。


 風を纏いし長剣は、ローナン家に代々伝わる風魔剣。

 彼はそれを腰に構え――



 「〔風穿孔かざせんこう〕」



 ――網のなか藻掻もがくモンスターを、一直線に穿った。


 キースが剣を引き抜く。


 「やっぱすげえなあ、キース隊長!」


 ぼとりと地に落ちた死骸に同情の眼差しを向けながら、ディックは快活に笑んだ。


 「ディック、これは僕自身の強さじゃないよ。ただこの剣が良いだけだ」


 キースが剣を振って血を飛ばすと、刀身は何事もなかったかのように美しい輝きを見せた。


 「ま、そりゃ確かにすげえ剣だわな。けど、あんまり謙遜が過ぎると良くないぜ。隊長もその剣と同じく、充分異常だ」


 「そんなことないよ。僕はまだまだ――」


 「ほーらまた、そうやって謙遜する。隊長の悪い癖だぜ? そも、すげえ武器はすげえ奴にしか使えねえって相場が決まってんだ」


 「…………何でそんなに僕に構うんだ?」


 「何でってそりゃあ、隊長だからだろ? ま、なんていうかな、謙遜ばっかしてると変に敵をつくっちまうんじゃねえかって、少し心配になるんだよ」


 照れ笑いを浮かべながら、ディックは自身の厳つい顔を掻いた。


 「……そうか、ありがとう。すぐには無理だと思うけど、精進してみるよ」


 「あはははっ、おう! そうしてくれ!」


 「けどその前に、ディックもいいかげん『隊長』って呼ぶの止めてくれないか? どうも聞き心地が悪いんだが……」


 「そうは言うけどよ、隊長。隊長がかしこまった感じを変えない限り、それは難しいなあ」

 

 からかうような口調でディックが返す。


 「そうか? これでも大分砕けた感じになっていると思うんだが……。まだ駄目なのか……」


 「口調というよりもなあ。……隊長の場合、なんか固いんだよ。でも、隊長が騎士で良かったぜ。もし冒険者をやっていたらと思うと――」


 言いかけてディックは前屈みになり腹を抑えた。


 「どうした? 大丈夫か?」


 「――あはははっ、やっぱ隊長が冒険者はないわ! 全っ然似合わねぇ!」


 ディックは腹を捩って大笑いした。


 「……心配して損したよ」


 「すまんすまん。でも、真面目一徹な隊長の冒険者姿を想像するとな、つい、……っぷ、あはは」


 笑いのツボに入ってしまったらしい。これはなかなか鎮まらなさそうだ。


 「交戦中なんだ。こちらも緊張が紛れて助かってはいるけど、そろそろ止めてくれないか?」


 「――ははは……、あ、ああ、そうだな。悪い、もうおふざけはお終いだ」


 「うん、助かるよ」


 ようやく収まったらしい。苦々しい微妙な笑みでキースは応えた。


 「にしても……、少しおかしいと思わないか?」


 周囲の状況を観察しつつ、キースが改めて神妙な面持ちで訊いた。


 「まあな」


 ディックが同意を示し、続ける。


 「ここら辺のモンスターの難度はせいぜいDだったよな? 見たところ、このモンスターたちはCの下位って感じだ」


 「そう、だからおかしいんだ。ここら辺のモンスターにしては、強すぎる。もっと奥へ進めばCの上位が居ても不思議じゃない」


 「山頂にはあのドラゴンがいるって噂だしな。……まあ、この辺りで何か異変が起きてるってのは確かみたいだな」


 

 冒険者ギルドが作成している、モンスター討伐難度という指標がある。討伐を円滑にするため、各モンスターにつけられているものだ。

 これは、セントラル大陸を除き、「ある難度のモンスター一体に対し、同ランクの冒険者四人で討伐可能」という評価基準に従って決められている。

 つまり、難度Cモンスターであれば、Cランク冒険者四人で討伐可能ということになる。

 

 しかし、モンスターにも冒険者にも個体差が存在するため、「概ね信用できる」程度の指標に過ぎず、過信は禁物であった。

 また、「討伐可能」というのは「帰還可能」を含むものではない。評価基準をより厳密に言えば、「死者が出るかもしれないが、同ランクの冒険者四人がいれば討伐の見込みがある」ということになる。


 難度Cモンスターは、決して弱くはない。冒険者において、Cランクは凡人にとっての最高ランクと位置づけられている。難度Cを討つには、ある種の極地へ至った冒険者が必要なのだ。

 

 しかしそれでも、揺るぎない技術を身につけた騎士が一体につき十人。戦況は悪くなかった。


 

 「第五班は大丈夫そうか?」

 

 「ああ。ちょっと苦戦してるみたいだが、問題ねえだろう」


 ディックの返答にキースは安堵した。

 

 ディックが「問題ない」と言って問題が起きたことはない。もちろん完璧ではないものの、状況判断能力において強い信頼を寄せることのできる人物だ。彼は元冒険者であり、キースよりも十年以上の経験を積んでいる。

 少し雑だが、気さくで愛のある彼の振る舞いは、隊を維持する上でも大いに役立っていた。

 キースは、ディックが思っている以上にディックの事を信頼していた。


 先ほどから続く不安は必要のないものだと半ば確信し、キースが隊員の状態を確認しようとした、まさにその時、


 「ぎゃああぁぁぁあああああ!」


 命が零れる瞬間の絶叫が木霊こだました。

 キースにとって聞き覚えのある声であった。それも当然、この付近には彼ら以外いるはずもないのだから。


 隊員のものだ。

 結婚したばかりだってのにもう尻に敷かれて困ってる、そんな嘆きをしていた隊員の声だった。


 「隊長!」


 「ああ!」


 絶叫の上がった第五班の方へ目を走らせ、キースとディックは仲間を助けるため駆け出した。



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