マジック 世界×世界、魔法使い。

方波見

第1章 始動

第1話 先遣隊①


 「キース・ローナン少尉。貴官の隊に、ウィズ山脈の調査を任命する。内容は、先の発光現象について、何らかの情報を持ってくること。今回の任務では、何が起きるか分からない。そういった危惧もあり、貴官の隊に強化魔剣10本を配備することとなった」


 オーリン駐屯所のダレル少佐の執務室にて、蜂蜜色の髪をもつすらりとした青年キース・ローナンは上司から伝えられる言葉を聞いていた。

 

 「魔剣ですか!」


 驚きに思わず声を上げるキースに、ダレル少佐は、こほんと咳ばらいを一つ。

 普段から年齢の割に落ち着いた雰囲気をもつキースには珍しい。見る者に誠実さを感じさせる瞳もまた驚きに満ちていた。


 「……すみません」


 「まあ、いい」


 ダレル少佐は続ける。


 「出発は明日の夜明け前。任務命令は以上だ」


 キースは右膝を床につけ、腰に帯びる剣を鞘ごと外し、ダレル少佐に柄を向ける。


 「キース・ローナン、確かに承りました」


 「よし」


 そうして、空気は弛緩した。


 「キース、訊きたいことがあるんだろう?」


 ダレル少佐が柔和な雰囲気になった。真剣モードは終わり、の合図だ。

 僅かに間を空けてから、キースは口にした。


 「なぜ、魔剣がそんなに配備されるのでしょうか?」


 「理由については私も知らされていない。確かなのは、それほどまでに異常な事態が発生しているということだな。何が起きるか分からない。そのための何が起きてもいい装備、ということだろう」


 「なるほど……」


 「市井の間では、神の遣いが現れたと言い出す者までいるみたいだしな」


 からかい半分と言った感じでダレル少佐が笑った。


 「まあ、酔狂な奴もいたもんだ」


 「はい」


 「とにかく、魔剣に関してはお前がそれだけ期待されてるってことでもある。頑張れよ」


 ダレル少佐はキースの肩を叩いた。


 「はいっ!」



 

 翌日、暁の頃。

 出発の準備が整い、キース率いるユニオン連邦国オーリン駐屯兵団騎兵隊第2小隊50名は、任務へとおもむいた。





*****






 薄闇の中、第2小隊はキースを先頭にウィズ山脈を順調に進んでいた。

 なだらかな斜面の上、蹄鉄ていてつが均等に跡をつけていく。


 「神の遣いか……」


 「うん? なんか言ったか? 隊長」


 キースの独り言に、隣に並ぶディックが反応を返した。

 ごつごつとした岩のように、厳つい顔をした男だ。


 「ああいや、何でもない。ちょっと考え事をしていただけだ」


 「そうか? ならいいが」


 手綱を握りながら、キースは思い出していた。

 神話に登場する神の遣い、『アウグディマダーディ』の話を。



 

 ――偉大なる神、ワールド。その傍らには、遣いがいた。遣いが神の元を離れるのは、神の命を受けたときだけだと決められていた。神はある時、長い歳月を共に過ごした遣いに、初めての命令をした。

 

 「遊びに行きなさい。もっと広い世界を見てくるのです。あなたはまだ子供なのだから」

 

 遣いは頷き、巨躯をまばゆいばかりに輝かせて飛翔した。



 

 有名ではあるが、たったそれだけの良く分からない話だ。神の言葉が何かを示唆しているようなことは感じ取れるものの、遣いが登場するのはこの短い文章におけるものだけ。

 この遣いは、『アウグディマダーディ』――古代語で光の翼竜――と呼ばれ、光を纏った巨大な翼竜として描かれてはいるものの、その存在はひどくあやふやである。

 どういうわけかこの遣いを厚く信仰する者もいるみたいであるが、ダレル少佐の言う通り、キースにも酔狂だとしか思えなかった。


 しかし、とキースは数日前の出来事を思い出してみる。現在彼らが任務を受けている、その原因。極光現象。

 それは、まるで世界のまぶたが開かれたかのように、一瞬にして夜の闇を一掃した。


 そう考えれば、確かにあれは神の力の恩恵を受けたものだとしても違和感はない。というよりも、そうでなければ納得できない。


 自らの全く論理的でない雑な思考に、キースは苦笑した。


 「隊長、何かいるぞ」


 ディックの声を聞き、キースは即座に意識を切り替えた。


 確かに、何かの気配がする。木々の林立する薄闇の中、未だなにも姿を見せない。が、こういった場合はできる限り最悪の事態を想定して、モンスターだと思っておいたほうがよい。そして実際、この森の只中にあっては十中八九そうだろうとも思った。


 「馬から降りて、敵に備えろ」


 落ち着いていながらもはっきりとした声を意識して、キースは隊員に警戒を促した。


 木々の間をっての馬上戦闘は困難。この場においてはこれが最適解であるはずた。


 「1体ではないみたいだな」


 風にそよぐ葉の乱れた音を聞き、キースが確認するように言った。


 「ああ、そうみてぇだ」


 ディックが同意を受けて、キースは次の指示を出す。


 「5班に分かれ、各班十全に戦えるよう散開」


 それを受け、すばやく各班が出来上がり、皆は臨戦態勢に入った。



*****



 第2小隊は精鋭揃いだ。

 

 高い戦闘能力を必要とされる、軍においての花形。それが騎兵隊。

 たとえ馬から降りても、その戦力が低下することは決してない。平時が不安定な馬上であることを考慮すれば、機動力を除き、その戦力はむしろ増したと言える。

 このように、騎兵隊というだけでその強さは折り紙付きであるが、第2小隊にはそれ以上の特徴が2つあった。


 第1に、隊員の半分が冒険者上がりであること。

 冒険者になるだけであれば、誰でもできる。そのため冒険者であったから強い、と一概に評価することはできない。しかし軍に所属しているということは、その入団試験を突破したということ。

 軍は、良くも悪くも保守的な組織だ。自国を守るため、リスクをとることを極端に嫌う。

 荒くれ者。そんなレッテルを張られている、また、事実そういった性質を持っている冒険者という存在は、そのリスクの最たるものと言える。故に、入団試験では他の者より厳しい目にさらされる。そして当然、その試験を潜り抜けた者は他より粒揃いな傾向があった。

 さらに言えば、冒険者は戦闘経験に優れている。戦闘経験に優れているとは、戦場における状況把握に優れているということだ。純粋な戦闘能力はもちろんのこと、緊急時の対処や戦闘時の勘、仲間との連携。

 世間一般のイメージから、冒険者はとかく、兵士と比べ低く見られがちである。

 しかし実際のところ、元冒険者は総じて水準が高い。中でも、ディック曹長は元Bランク冒険者。一流の腕を持っているのは言うまでもない。彼が強靭な肩にかけている矢筒は、皆の精神安定剤となっているほどである。


 第2に、この隊を率いているのが、キース・ローナンであるということ。

 蜂蜜色の髪を持つ、すらりとした青年。彼は、風の魔法に名高いローナン家が三男。魔法学校を卒業した、本物の魔法使いである。

 自称魔法使いはどこにでもいるが、正式に名乗ることが許されるのは、魔法学校を卒業した者に限られる。魔法学校に卒業するには、魔法の素質と素養が必要になり、卒業するには努力の才が求められる。ここを卒業した者は総じてエリートとされ、軍に入れば、少尉からのスタートになる。

 キース・ローナン少尉。ユニオン連邦国オーリン駐屯兵団騎兵隊第2小隊隊長。秀

才がたどり着ける最高度魔法、3rd。彼は弱冠23歳にしてそれを習得している。

 さらには、魔法使いがおちいりがちな慢心やおごりとはかけ離れた、真面目な性格。

 才を持った者の常として、彼をうとむ者も少なくない。しかし、いまだ自覚していないながらも、隊長としてかなりの信頼を得ていた。

 「少々真面目すぎるきらいがあるが、まあ、それが隊長らしいとこでもあるな」とはディックの言である。キースが想像している以上に、キースは信頼されている。腕利きの部下を率いる若き青年は、間違いなく、強い。


 これら、2つの強みに加え、今回はさらに魔剣がある。士気の乱れもない。



*****



 第2小隊の面々は、静かに周囲の気配を探っていた。

 そうして、元冒険者のひとりが敵を捉え、不審げな声を上げた。


 「なんだ、あれ……?」


 何かを探るように緩慢な足取りでそろそろと出てきたのは、四足獣。5班に分かれた第2小隊を大きく囲むように、5体が姿を現した。

 いきなり襲いかかるつもりはないようで、二十メートルほどの距離を空けて佇んでいる。


 キースは、素早く敵の情報を読み取った。

 体高1メートル、体長2メートル。他の個体も大きさはそう変わらない。闇に紛れるためであろう、全身を覆う光沢のない黒い毛はしかし、空が白みつつある中、そこだけが切り抜かれたような存在感を放っていた。

 風がで小さく揺れる黒には、影のような不気味さを覚える。青い瞳は何かを審判するように鋭く細められている。大きく尖った三角形の耳はどこか愛嬌を感じさせるものがあり、それが殊更ことさら異様に映った。緩やかな曲線を描く尾は、他の四足獣では見られないほど長く、体長の半分はありそうだ。その緩んだ尾からは、敵の余裕が感じられる。


 と、そこまでの観察を瞬時に終えた。


 「ディック、このモンスターを見たことがあるか?」


 視線はモンスターに据えたまま、キースは問うた。


 「いいや、初対面だな」


 「一度もないのか?」


 「ああ、見たことねえな。あんだけ特徴あるやつなら、絶対に覚えてる」


 「そうか……それじゃあ、不味いかもしれないな」


 「油断はできねえな」


 キースは、元Bランク冒険者が知らないという事実について思考を巡らせた。


 (このモンスターが発光現象に関わっているのか? そうかもしれないし、そうでないかもしれない。当然だ。この時点では何も分からない。であれば、討伐だ。最善は捕獲だが、初見の敵に無理を押し通すことはできない)


 そうして迅速に決断した。


 「このモンスターが任務目的であることが考えられる。討伐する! 未知のモンスターだ、油断はするな! 捕獲は考えなくてもいい! 確実に仕留めて持ち帰る! 今回の任務はそれで終わりだ!」


 5班全員に行き渡るように、キースは指示を飛ばした。


 そして、戦闘が始まった。

    

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る