好きな人のはなし

譚月遊生季

6年2組 田村 陸

「雨、止まないね」


 隣に立った彼女が言う。


「ん」


 空を見上げて、答えた。……このまま止まなければいいのに。


「コンビニあるね。傘、買う?」


 駅の構内にはコンビニも喫茶店もある。……せっかくなら、雨宿りをしたかった。

 彼女の隣に、もっと、いたかった。


 首を横に振ったおれに、彼女は困ったように答える。


「仕方ないなぁ」


 握ってくれた手が柔らかくて、顔が熱くなった。




 喫茶店、なんてところにはほとんど入ったことがなかったけど、オレンジジュースひとつでこんなにするとは思わなかった。

 おれのお小遣いじゃ足りなくて、借りることになってしまう。情けない。


「ちゃんと返してね」


 いたずらっぽく笑う表情に、どきりと胸がなる。


「また、会えるの?」


 つい、身を乗り出した。

 彼女は、びっくりした顔でおれの目を見る。


「……変なの。いつだって会えるじゃない」


 クスクスと笑って、彼女はおれの頭を撫でた。

 ……そっか。オトナにとっては、県をまたぐ……なんて、大したことじゃないんだ。


りく くん?」

「……なんでもない」


 5歳も年上の安奈やすな姉ちゃんは、東京の高校に行って、寮ってとこで生活してる。そのままエスカレーター式?に大学に行って、こーむいん?を目指すのだとか、なんとか。


「おれも安奈姉ちゃんと同じ学校行きたい」

「女子校だからなぁ」

「じゃあ近くの学校行きたい!」

「うーん、その前に中学校行かなきゃだよ?」

「飛び級!」

「日本じゃ無理だよ」


 呆れたように笑われた。

 おれは九九を全部覚えたばかりなのに、姉ちゃんはもっとレベルの高い「いんすーぶんかい」ってのをスラスラ解いてた。

 姉ちゃんはやっぱりオトナだし、……おれは、子どもだ。


「……カレシとか、もういるの」

「こ、こら!ㅤませたこと聞かないの!」


 真っ赤になるあたり、ちょっと怪しい。

 なんで、おれは小学生なんだろう……?


 そんなこんなしてるうちに雨は上がって、姉ちゃんは東京に帰った。月に1回は帰ってくるけど、毎日のように会えていた日に比べたら、やっぱり寂しい。


 早く、オトナになりたいなぁ。




 ***




「これでよし」


 大学進学のために東京に行ったら、待ち構えていたように彼女が手伝いに来た。

 ……手伝うって言ったくせに、開いた荷物を眺めてメモを取り出し、既に小一時間が経過している。


「……何だよ」

「卒業文集に面白いこと書いてたから、添削してたのです」

「卒業文集……?ㅤいつの?」


 大方お袋が勝手に入れたんだろう。かさばるのになんてことしやがる。


「小学校!ㅤもう何年前かなぁー」

「なに書いてたっけ?」


 正直なところ、記憶にない。


「うふふ、小学生にしては上手く書けてたよ?」

「何姉ちゃんぶってんだよ。たった5歳差だろ」


 これから同棲するんだし、いつまでも姉弟感覚じゃ困る。……ゆくゆくは、まあ、その、結婚とかも考えなきゃだし……。


「……たった、って言えるようになって良かったね。陸くん」


 卒業文集の表紙を撫でながら、 安奈は懐かしそうに呟いた。

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好きな人のはなし 譚月遊生季 @under_moon

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