第5話 迎撃

5話 迎撃

-ロシア、ウラジオストック-

「ミサイル攻撃と同時に極東沿岸から中、露、朝、韓、蒙の連合艦隊が一斉に日本海へ出張り、敵主力艦隊を叩いた後、後詰の部隊が上陸。これ、成功するのか?」

「黙れドミトリー、その為にわざわざ我々が西方方面軍から引き抜かれて来たんだろ。」

「そうそう、本当ならルーマニアでジェルマン・ドュクロクの相手をしてたのにさ。それがまさか東洋人の露払い役とはね。お、隊長がイライラし始めた。」

隊長と呼ばれたその男は、明らかな歴戦のオーラを放っている。

目尻から顎にかけて走る巨大な傷。瞬きをすることの無い鋭く大きな目。今にも張り裂けんばかりの隆々とした筋肉。

アレクセイ・モロトフは自身の座る椅子の肘を貧乏揺すりで軋ませながら言い放つ。

「俺はイライラなどしていない。こんなクソ仕事、さっさと終わらせるぞ。」


-韓国、ソウル、青瓦台-

「まずい、、!」

ツヤのある黒いスーツを着た初老の男が、嗚咽と共に呟く。

「あら。チェ大統領、私の作ったスープがお気に召さなくて?」

「あ、アン秘書官、そんな訳ないですよ。それよりも、それではなくて、例の、、ほれ。」

「ああ!例の作戦概要が日本に漏れた可能性があるとかないとか」

「秘書官!こ、声が大きい!!誰に聞かれてないとも限らないんですから、、勘弁してくれ、、どうすれば良いんだ。戦争なんか参加するんじゃなかった、、」

「どうもこうも、そのまま押し通すしかないでしょう。要は、韓国側から漏れたとバレなければ良いんですよ。」

「もし隠しおおせてもな、負けたら意味ないんだぞ負けたら、、それに我々は敵主力艦隊の足止めという、大きな役割を担っている。それに、、」

プルル

「あ、すいません連絡が入ったので失礼します。」

ガタン

(あ、あんの小娘、、!一体私をなんだと思っているんだ?大統領だぞ?大統領。しかも大事な話をしているというのに!ケータイもマナーモードにしておけと何度も)

「大統領?」

「な!な、なんでしょう。」

「朗報ですよ。29号HS、、いえ。ヒョン・サガンの用意が間に合いましてよ?」


-北朝鮮、清津、中国臨時海軍基地-

「リュウ副艦長。各カテゴリ、スロット、ブロックの配置、点検及び準備が整いました。」

「ご苦労、明日の作戦開始まで将兵を休ませておけ。それと、潜水艦"窮奇"の乗組員に予定より気持ち早めに自動掃海艇を射出するように伝えろ。あと空母"伏羲"の高高度偵察機の発艦時間を1時間早めろ。」

冷静に指示を出すこの男は、弱冠28歳で中国北洋艦隊副司令官及び旗艦空母"玄武"の副艦長を務めるリュウ・チャンヨウ大佐だ。総司令は別に居るが、かなりの高齢のため、実質的にリュウが全てを統括している。20代とは思えない程、機械的かつ論理的なその脳みそは中国国内最難関である中華人民共和国国軍大学に一位で入学する程の成績。その上作戦指揮から戦闘機、機甲兵の操縦、果ては医術まで卒なくこなす天才肌。当時在学していた誰もが、勝負する気すら起きなかった文字通り化け物。そんなリュウはこの未だかつて経験の無い大海戦の予感を肌で感じながらも、微動だにしない。黒縁の眼鏡の奥に光るその目は、真っ直ぐ、動く事なく水平線を見つめていた。


-長崎、佐世保海軍基地、空母"翡翠"艦内-

「直方、それは間違い無いのか?」

「間違いありません。敵は明朝にも仕掛けてくると遊佐司令は判断していました。」

「しかしこの時局に新入りがド素人だとな。一体上は何を考えている?好き勝手が過ぎる。」

「好き勝手というなら、、日下部大尉も大概ですよ?」

「階級が上になった途端減らず口か?」

「大尉が昇級を辞退したのでは?」

艦内の狭い通路を談笑しながら早足で歩く2人の男。

片や無精髭を生やし、制服を着崩した壮年の男、片や美形で背が高い青年。

第三艦隊旗艦空母"翡翠"付きの第一機甲小隊のトップ2人、日下部弘大大尉と直方翼少佐だ。

「お?」

2人はブリーフィングルームに入ると声を上げた。

奥に1人、縮こまって座っている少年が居る。

「僕らが来る前に着席しているとは、なかなか見込みがあるな。」

「馬鹿は休み休み言え。至極当然の話だ。」

「我々が早すぎるんですよ。まだ1時間前だし、、、さて、君が九条君だね。」

「あ。はい!九条千秋。少尉です!」

「僕は、直方翼。階級は少佐で、この隊の隊長を務めている。」

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(この人が隊長?!)

九条は目の前に立つクッソイケメンでスタイルが良い青年を目の当たりにしてたじろいでいた。

(じゃあ、隣の強面の方は、、?)

てっきりこっちが隊長だと思っていたが。

「俺は副隊長の日下部だ。覚えておけ。」

そう言うと日下部副長は冷たい目でこちらを一瞥したあと、後ろの席に座ってしまった。

(あー、この人には絶対逆らえないな、、)

「して九条君、話は聞いているよ。この部隊が初めてで、しかも機甲兵での戦闘経験も無いんだって?」

「は、はい。」

「じゃあ、明日は見学だ。」

「明日、、?」

『おはようございまーす!!』

僕が疑問を呈したと同時に、部屋いっぱいに朗らかな挨拶が響いた。

扉から入ってきたのは、快活で背の高い少年。

「おぉ、良いところに来たね。花山中尉。」

はな、、やま?どこかで聞いたことが、、あ。

「「あーー!」」

ほぼ同時にお互い相手が何者かに気づいた。

「花山君!」

「九条!」

「なんだ君達。知り合いだったのかい?」

「えぇ!そうなんすよ!こいつ。訓練過程で俺の部下だったやつで!」

花山君は興奮しながら直方隊長に僕の事を紹介していた。僕も純粋にかつての仲間が僕を覚えているのが嬉しいのと、見知った顔が居ることで少し安心した。

僕は中学を卒業してすぐ軍に入った。安寧を享受する中央都市部の子供からしたら異常かもしれない。でも、孤児院に入っている子供は、中学を卒業し、就業適正年齢に達すると、遠回しに軍隊に入る事を勧められる。それが孤児院側にとって、卒院した子供の面倒を見る必要が無く、都合が良いからだ。実際、僕の同期は半数が軍に入ってる。

そうして軍に入ると、いきなり前線に出されたり任務に就くわけではなく、まず1年間の予備隊期間、通称訓練課程に就く。

そこでは、持久訓練や銃の扱いは勿論、簡単な医術や最低限の外国語、小型機甲兵の操作、小型船艇の操縦、果ては調理に裁縫など兵士として最低限持ってなければならないスキルを学ぶ。

そこで僕は花山君が率いる第42訓練中隊の隊員として所属していた。そこで中隊長として成果を上げた花山君は上に特別待遇で引き抜かれたと聞いていたが、まさかここに居たとは。

「なるほどねー!」

直方隊長は少し感動した面持ちで花山君の話を聞いていたが、

「よし、決まりだ!花山芳樹中尉。君を九条千秋少尉の教育係に任命する!」

「謹んで拝命いたします!!」

「この部隊に相応しいパイロットにしてくれたまえ!」

「任せてください!」

「「はははははは!」」

何が面白いのかさっぱりわからなかったが、2人は数十秒笑い続けていた。

この部隊がユルいのか厳しいのか、イマイチわからなくなってきたぞ、、!

フュン。

その喧騒を破るかのようにドアが開く。

入ってきたのは、前髪が長く、見るからに暗そうな少年だった。しかも手にはゲーム機。

明らかに軍人らしからぬ風貌だった。

彼は僕に気づくと無言で会釈をし、日下部副長よりさらに後ろの席に座った。

「花山君、彼は、、」

「あぁ、あいつは園田少尉。まあ、いわゆる天才ってやつだ。機甲兵の操縦に関しちゃあ、俺らの世代ではアタマ一つ抜けてる。根暗だけど、悪いやつじゃねえし、仲良くしてやってくれ。」

「ゲーム機、、?」

「ん、まあ天才だから許されてんだよな。変に強制してコンディション落とされても嫌だし。ちなみに年齢はお前の一個下だ。」

「え、ってことは17?!」

驚いた。僕よりさらに若年の人が居るなんて。

「あ、鞍馬中尉!」

疑問を呈する暇が無い。次から次へと人がやってくる。

「中尉、おはようございます!」

今度は誰だ。

「みんなおはよう!」

現れたのは人の良さそうな雰囲気のおっとりした男性。少し太ってみえるが、がっしりしたガタイから、相当鍛えてることは容易にわかった。

「君が、九条君だね。」

肩をがっしり掴まれた。痛いし重い!

「は、はい!今日から着任しました!九条千秋です!」

「良い返事だ!」

これだ。僕はこういうタイプが隊長に来ると思ってた。

「鞍馬中尉は隊1番のベテランだからな。俺がわからないことでも鞍馬中尉なら大体知ってる。」

「おいおい花山、、隊1番のベテランなんて言うなよ恥ずかしいだろ!ベテランのくせに階級が若手と同じだなんて。年増なだけだよ年増な!」

そう言って花山君を小突き回す鞍馬中尉。

それを微笑ましそうに眺める直方隊長。

全く意に解さず黙々とゲームをする園田少尉。

後ろで微動だにしない日下部大尉。

大変そうだけど、悪くないかもしれない。


そう思ってた時期が、僕にもありました。

「それじゃあ時間になったし、ブリーフィングを始める!1人来てない、、が。いつもの事か。今回は極めて重要な作戦だが。時間も無い。いつものように冴島抜きで作戦を組み立てる。」

「冴島?」

初めて出て来た名前に思わず声が出てしまった。それにすかさず花山君が

「冴島楓。もう1人居るんだよ。パイロットが。不真面目なクソ野郎だ。」

と教えてくれた。

"かえで"なのに野郎なのか。

ふーんと思いながらスクリーンに向き直った。

「それじゃあ改めて、本作戦でこの第一機甲小隊の指揮を務める、直方だ。本作戦は現大戦に置いて日本の今後の命運を分ける大事な作戦となる。心してかかれ!」

「「了!」」

「つい先日、軍の諜報機関が韓国で敵の計画を掴んできた。大陸の連盟側の日本に対する一斉侵攻計画だ。」

えええええ?!一斉侵攻?

僕は驚いて隣を見たが、皆全く動じて居なかった。

それどころか、遂にか。と覚悟を決めた顔さえしていた。

「まあ正確には一斉侵攻という情報は無いが、上はそれを前提として防衛作戦を立案している。」

隊長は見えないミサイルによる攻撃や韓国が参戦してくること、そのあと予想される連盟側との大規模な海戦。そしてその目的が日本の海上戦力の一掃と電撃的な強襲上陸による日本占領、連盟包囲網の瓦解にあると言った。

明らかに僕のような人間が初戦で経験できるような戦闘行為ではない事は分かった。

「我々第一甲兵部隊の戦闘目標は対馬沖で接敵するであろう韓国海軍主力艦隊の機甲兵の速やかな殲滅、さらに敵艦艇への直接攻撃だ。布陣は後衛に日下部大尉、今回は九条君も此処だ。先行には第二甲兵部隊が入ってくれる。先鋒は二班に分ける。私と園田少尉。これで敵の主力部隊を突破し、敵艦隊中央に潜り込む。それから花山中尉と鞍馬中尉は先鋒班の露払いを頼む。」

見学って一応戦場に出んのかよ、、。しかも日下部副長と一緒とか、、。

「九条君。」

「は、はい!」

「一応聞くけど、機甲兵の操縦は一応できるんだよね?」

「そ、そうですね、、整備ロボットは日常的に動かせましたし、訓練課程で二足もやりました。ハイダテなら動かすくらいはできます、、。」

「うん、十分だ。それに海上用の機甲兵は浮いてる分操作が陸上用より簡単だからね。今回は、本物の戦場の雰囲気を味わってくると良い。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

-"翡翠"整備ラック-

僕は懐かしの整備場にいた。目の前にあるのは沖縄で長らく使ってきた整備ロボット、『knock84』。

この鮮やかな黄色の機体も、明日流れ弾でも当たって死ねば、もう見ることもない。

そう思うと"見納め"せずには居られなかった。

「九条!」

「花山君、、」

「どうした?こんな所に来て。もう整備が始まるから邪魔になるぞ?」

「そうだね、、うん。」

「どうした九条〜不安か?」

僕の微妙な空気を察した花山君が肩を揉みながら顔を覗き込んできた。

「花山君は、不安じゃないの?明日のは、前例がないくらい大規模な作戦だって。」

「死ぬかもしれないって?」

「それもある。それもあるけど、それだけじゃない。僕らがしくじったら、本土の人たちが大勢死ぬ。僕らは軍人で、本土の人たちを守る責任があるんだ。整備兵の時は、どっちかというと守られる側で、そんなこと考えもしなかった。そう考えると、やっぱり怖いよ。」

「俺も、戦場じゃお前より先輩だけどよ。そんなこと考えて軍人やってねえなぁ。」

「え?」

「俺は仕事こなして、その上生き残る。それだけ考えてる。たしかに軍人の本分は戦争に勝って、国も、国民も守ることだ。だけどそんなかでも、俺の仕事は守ることじゃない。攻撃することだ。目の前の敵を、1人でも、1機でも多く殺す。潰す。ぶっ倒す。その為には自分がまず生き残らなけりゃならねぇ。守りは他の連中がやってくれるし、俺はそいつらを信じてる。お前は、そいつらを信用できねえか?」

目が覚める気持ちがした。沖縄の永井隊長も、若林少尉も、みんな命を賭して基地を守ってくれた。彼等のような人々を信用できない理由はない。

「日本には優秀な兵士がわんさか居る。どいつもこいつもちょっとやそっとじゃ挫けない。腕の一本になっても抗うような強い意志を持つ人間だ。」

その通りだ。

「俺が保証してやる。お前は明日生き残る。生き残れるし、これからも生き残る。そして、俺らがやられて、守備隊も全滅して、本土も陥落して、軍人がお前1人になって、それでも人々を守らなきゃいけないってなったら、あとはお前に託す。最後まで生き残って、俺らの代わりに、お前が守れ。」

「そんな大変な役目。背負える自信ないよ。」

僕らは笑い合った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

-9月3日、明朝、長崎沖-

『艦隊総員に次ぐ、私は本迎撃作戦の指揮官を務める、遊佐だ!これより迎撃作戦第一段階を開始する。各ブロック、各員、持ち場につけ!目標はロシア製ACミサイル。高高度偵察部隊により目標を捕捉し次第、速やかに迎撃せよ!迎撃方法はマニュアル。つまり手動だ!失敗は許されん!逃せば100万の民が吹き飛ぶぞ!』


『ガッ...こちら第一偵察小隊。予定空域へ展開完了。』

『こちら第二偵察小隊。予定空域へ展開完了。』

『こちら第三偵察小隊。予定空域へ展開完了。』

「コントロールより、了解しました。展開予定の全偵察機9機。展開完了しました。」

「よし。これより第一作戦を開始する。偵察部隊、全天サーモグラフィー展開!」

『『『全天サーモグラフィー展開』』』

「敵の攻撃開始予想時刻は午前4時20分30秒。時刻まで残り80秒、、、70秒、、60秒、50秒。」

ビーーーンッ!!!

『熱源体探知!』

『熱源探知!』

『予定より早いぞ!算出いそげ!』

『距離250!高度2000!水平軌道!』

『方角は北西!』

「方角北西.250.2000了解!」

「撃墜圏内到達まで30秒!」

「30秒了解!」

「25秒!」

「了解!」

「座標入力完了!」

「算出!」

「完了!」

「15秒後に30.50.2000!」

「了解!」

「調整完了!」

「了解!」

「射出まで!8.7.6.5...4.3.2..1.」

「0!ってい!!!」

白煙の柱を上げて、迎撃ミサイルが飛んでいく!

静寂。その間2秒。

『ガッ..こちら、ガッ...第一偵察小隊。ACミサイルと思わしき熱源体の消失を確認。繰り返す。消失を確認!』

「よぅし!!」

「やったぞ!」

艦内が歓喜の声に包まれる。

そこに遊佐艦長の鋭い声が響く。

『よくやった諸君!しかしこれは終わりではない!始まりだ!これより第二作戦に移行する!艦隊戦の準備!目標は、韓国海軍第一艦隊!』

幕開けだ。

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