第4話 空前
遊佐艦長は手元の書類のようなものに目を通し、それからチラと眼鏡の上から僕の方を見て、言った。
「それで君が、九条千秋少尉か?」
「はい!そ、そうであります!」
そうでありますってなんだ。
緊張して普段使わないような言葉遣いになってしまっている。
そして次の瞬間、全く予想だにしない質問が飛んでくる。
「率直に聞こう。君は何者だ?」
なに、、もの?
え?何者?何故そんな事を聞く?スパイか何かに疑われてるのか?!
「え?いや、いえ!僕は何者でもないです!」
そう言うしかない。
「そんなことはあるまい。君の経歴は上層部によって検閲対象になっていた。これは、どういう事だ?」
そう言って、遊佐艦長は僕に向かって、僕の登録されたプロフィールのコピーを見せてきた。
そこには、顔写真と名前以外が黒塗りされた僕の情報欄があった。
「え?!いや、知りませんよそんなの!」
こう答えるしかないだろう。こっちが、どういう事だと問い返したい気分だ。
「いや、何か知っているはずだ。」
少し語気を強めて遊佐艦長は問う。
「知りません!」
「嘘だ!」
「絶対知りません!」
その問答を繰り返す事30秒。
気付けば、それは最早言い合いの様相になっていた。
その時、隣で見兼ねた様子の日出艦長が
「両者そこまで。遊佐、あの子は多分何も知らないよ。それより、九条君。僕らとしてもね?部下の情報がわからないのはいざという時困るんだ。だから君の情報について、君自身が、答えられる範囲で教えてよ。」
「あ、はい。」
助かった。
「それじゃあまず、君はどこで生まれたの?」
「東京首都圏の西東京地区だと思います。」
「思います?確実ではないの?」
「あ、はい。両親の顔は見た事なくて、物心つく頃には既に孤児院に。」
「ふむ、その孤児院の名前は?」
「朝日町孤児センターです。」
「あー、あの三鷹の、大学跡地の。」
「はい。」
朝日町って聞くだけで、三鷹ってわかるのはすごいな。流石主席。
「小中は?どこの学校?」
「小学校は朝日町小学校で、中学は紅葉丘第一中学校です。」
「そっから予備隊?」
「はい、予備隊付きで1年間。あ、第42訓練中隊でした。」
「で、先日まで沖縄基地に居たと。担当部署は?」
「恩納格納庫付きの整備班に居ました。」
そう僕が言った時、この一問一答に口を出さずに黙っていた遊佐艦長が顔を上げて、こちらを見て、言った。
「整備だと?」
遊佐艦長が疑問を感じた理由はなんとなくわかる。それは整備兵である筈の僕が、第三艦隊に機甲兵パイロットとして配属されたからだ。
そして案の定、
「では何故、貴様は機甲兵のパイロットとして登録されている?」
ついに遊佐艦長の僕への呼び方が君から貴様に変わった。
「僕も疑問です。僕は第三艦隊への配属が決まった時から九州管轄に、元の職務に戻して頂けるように嘆願書を何枚も書いていました。全て棄却されましたが。」
その答えを聞いて、遊佐艦長は日出艦長と顔を見合わせた。
「貴様の話が本当だとすると、それは我々の手に負えない事情が絡んでいる可能性がある。取り敢えず今日のところは部屋に戻れ。」
「あ、はい、ありがとうございます!失礼しました!」
手に負えない事情とか知らんわ!
とにかく、ここから早く逃れたい、その一心で僕は、即、艦長室を後にした。
ーーーーーーーー
「日出」
遊佐弘樹は口を開く。
「奴の話が本当だとして、情報が検閲対象になっているのはどういう理由が考えられる?」
「んー、そうだねぇ。まあ考えられるとしたらー」
そう言って、日出春樹は頭上に掛けられた日本国旗に目をやった。
「皇室か。」
よくある事だった。皇室関係者の隠し子は、表に出ないように孤児院に送られる。
さらに、場合によっては戦争で亡くなる事を期待して軍隊に送られるものも居た。
「それか、実験かな。」
「強化人間、、か。」
そういう噂もあった。捨てられた赤子を強化人間の実験台として使っているとか、各地にある孤児院は研究所の持ち物だとか。
しかし、そういった軍事研究の内容は、遊佐や日出と言った、高級将校にも開示されてない。
「とにかく、九州管轄と、念のため参謀本部にも確認をとろう。」
「でもその前に、、、」
「あぁ、こっちが最優先だ。」
遊佐は部屋の上にかかっている大きなモニターを付けた。
「長篠!」
「は、」
「至急全艦長、全部隊長を招集しろ!作戦会議だ!」
ーーーーーーーー
約20分後
総勢15名の第三艦隊上層部が集結した。
遊佐に一番近い席に遊撃艦隊司令官の日出春樹少将、第三艦隊副司令の長篠利明大佐。
それに続き、身長が低い航空部隊隊長、
長髪で髪を後ろに結んだ、巡洋艦「
頭を坊主にしている、巡洋艦「
第三艦隊唯一の女性高官で、潜水艦「
元モデルで美形な機甲兵攻撃隊長の
身長198cm、第3艦隊随一の身長を誇る、駆逐艦「
アメリカ人とのハーフで、マルチリンガルの高高度偵察隊長、
巡洋艦「
駆逐艦「
駆逐艦「
軽駆逐艦「
空母「
「遊佐、時間がない、始めよう。」
日出は時計を気にしながら遊佐に促した。
「よし、今から日本の運命に関わる、重大な作戦を遂行するための会議を始める。尖閣からの重要作戦続きで申し訳ないが、諸君等なら必ず成功させられると信じている。それでは、説明に入る。まず、彼の話を聞いてくれ。」
モニターの画面が変わり、全員一斉にそちらを向く。
モニターには、病室が写っており、真ん中に包帯がぐるぐる巻きにされた寝たきりの男が写っていた。
男が口を開く。
「やあ、みんな、こんにちはだね。そっちにいるほとんどの人が、僕を知らないだろうからね。自己紹介させてもらうね。僕の名は、新井貴。これは通名で、本名はイ・ソジン。在日韓国人の四世で、日本軍の諜報大尉として22歳から14年間、韓国に潜伏して情報収集してたんだね。」
初めて見る生の諜報部員の姿に、第三艦隊の将校達は息を飲む。
それもそうだ、諜報部と現地の部隊が直接繋がることはほぼ無い。それは大抵、間に参謀本部が立つからだ。
それを省いて、守秘義務の塊のような諜報部から直接コンタクトを取るということは、余程重大だという事だ。
「今回はね、その韓国から重大な情報を持ち帰ったね。下手したら民間人数百万人が死ぬね。」
その瞬間、何人かの将校が騒めき出した。
当たり前だ。日本の歴史上、第二次大戦以降に民間人が仮想敵国の軍事的攻撃によって死亡した事例は無い。
「アハ、良い反応だね。まあ、でも聞いてよ、僕が今から話す内容をね。十分備えられるし、上手く行けば誰も死なずに済むからさ。今回話す内容をざっくりまとめると、韓国と大陸側が繋がってたって話だね。しかも、今度は組んで攻めてくるよ。」
そこに、ちょっと待て、と声を上げたのは、現行日本軍で最年少の艦長である永野騎士だった。
「デタラメ言うなよ。韓国は、そりゃあ味方ですらないが、連盟にも入ってない。しかも、連盟側の北朝鮮と未だに対峙してるし、つい最近も国境近くの街にミサイル発射場を建設しているらしいじゃないか。それが中国と組んで攻めてくる?どういう風の吹き回しなんだ?」
その回答を新井は軽く笑って
「うーん。それは一般人の回答だね。」
と、あしらった。
不機嫌そうな表情にみるみる変わっていく永野を無視して、彼は続けた。
「僕はこの14年の間に青瓦台(韓国政府官邸)の清掃員として潜り込むことに成功したんだね。そこで生で見たんだけど、韓国の首脳陣は今年に入って計12回も北と非公式に会談してるんだよね。それだけでも驚きなんだけど、それよりももっと驚いたのは、その会談で北朝鮮からロシアのACミサイルを調達していたことだね。」
ACミサイル、その言葉を聞いた瞬間、その場にいた将校のほとんどは、数秒、息をすることが出来なかった。
そしてすぐに、
「韓国がACミサイル?馬鹿馬鹿しい」
「そんな金が韓国にあるわけがない」
「そもそも実用化すらされてないのでは?」
そういった懐疑の言葉が飛び交った。
ACミサイルとはロシアが先月末実験に成功したとされる、光学迷彩搭載のミサイルである。ロシア軍立研究所の発表によると、そのミサイルは巡航ミサイル20発分程の威力を持ちながら、レーダーでも、目視でも確認できない、前代未聞のミサイルらしい。
無論、中小国が手に入れられるような代物ではない。
新井はその光景を画面越しに眺めながら、無言で画面を切り替えた。
途端、集まる視線、その先に映るのは東アジアが描かれた地図。
そして敵方の都市から、9本の赤い線が伸び、そして着地した。
そしてその中に、韓国済州島のミサイル基地も入っていた。
赤い線の先にあったのは、日本の主要地方都市。東京に始まり、横浜、大阪、京都、福岡、名古屋、仙台、札幌、那覇。
何処も彼処も超が付く人口過密都市であり、重要拠点でもある場所。紛れもなく、それはミサイルの着弾地点を表しているであろう事は容易に予想できた。
ここにミサイルなんぞ落とされた日には、どのような影響が出るのか計り知れない。
そしてもはや、新井が持ってきた情報を嘘だと考えている人間は居なかった。
「敵も痺れを切らしたな、、各戦線が膠着状態になっていることが大分フラストレーションを溜めてるみたいだ。敵の少ないこっちを一気に片つけて、手の空いた戦力を他に回そうって魂胆か、、」
遊佐が爪を噛みながら呟いた。
「でも、この情報を知ったなら、対策は簡単にできるよね!まったく!僕ったらお手柄だなぁー!」
「だがお前!高高度から、しかも四方八方から来る透明なミサイルをどうやって撃ち落とせと?陸上に落とすわけにはいかんだろ!国民の頭の上に金属片を巻き散らすわけにはいかないからな!やるとしたら洋上だ!だが我が国の艦隊にはあの高度のミサイルを落とせる迎撃装備を備えた軍艦は各艦隊2隻ずつしかない!日本海に今残っているのはたった三艦隊だ!三艦隊!6本撃ち落とせても、残り3本はどおするんだよ!」
新井が自慢げに話すのを遮って、永野が一方的に幕したてる。完全に新井に対して印象を悪くしたようだ。
「その点については、僕の責任の
「了解した。ご苦労新井。もう良いぞ。」
「うぃーっす!」
そしてモニターが暗転した。
「ったく!なんなんすかあのチャラチャラした奴は!」
永野はすぐに不満を漏らし始めた。
それを無視しながら遊佐がまた話し始める。
「さっきの永野大佐の指摘だが、我々はこの国難に耐えるため、展開範囲を一段階下げる予定だ。」
一段階!?驚きの声が上がる。
「すなわち、インド洋に展開中の第六艦隊を南シナ海へ、南シナ海の第五艦隊を台湾海峡へ、台湾海峡の第四艦隊を東シナ海へ。と言った具合に下げる。既に第六艦隊は南シナ海に到着している。フィリピン海軍との共同訓練を装い第五艦隊もこちらに戻ってきている。そして苦肉の策だが、太平洋に展開中の第二艦隊もオホーツク海に回す。ということで取り決めがなされた。」
「第二艦隊をオホーツク海に、、ということは、太平洋は無防備になりますよ!?」
潜水艦艦長の吉澤が慌てて指摘する。
太平洋側の防衛は現在、第二艦隊のみで対応している。
「承知の上だ。上層部はアメリカは参戦しないし、カナダ(中国側)はアメリカの牽制にかかりっきりでこちらに攻めてくることは無いと踏んでいる。いずれにせよ、これで我々は第一〜第四艦隊と遊撃艦隊の五艦隊でミサイルを迎撃できる。」
その説明を聞いて、一部の将校達から安堵の声が広がる。
すると、
「何も安心できないよ。」
日出が水を差した。
「どうしても戦局の打開が要求されているあちらの情勢下では、ミサイルが失敗しても第二第三の手を打ってきている筈。僕等は最悪、ミサイルの破壊を行った後に中国、ロシア、韓国、北朝鮮、モンゴル。これらの海軍勢力と戦わなければならないかもしれない。」
遊佐も、
「日出の言う通りだ。こちらには世界に誇る第一艦隊が有ると言えども、5カ国艦隊から攻められれば勝ち目は薄い。故に、我々第三艦隊はミサイル迎撃後、速やかに対馬沖から離脱。日本海を北上して第一艦隊と合流する。そして、日出の遊撃艦隊は、第五艦隊と共に対馬防衛に徹する。」
そう同調した。
最早、第三艦隊所属の将校達の目には、一寸の安寧も見られない。
そして2072年9月15日。
四次大戦中で最悪の、そして、最大の開戦。
第一次日本海海戦が始まるのだった。
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