第3話 転任
僕が目を覚ましてから数日後、尖閣諸島を取り返した第三艦隊が、凱旋帰還してきた。
既に日本軍は尖閣諸島に守備隊、レーダー、最新鋭のミサイル基地を配備し、防備を堅牢にした。
暫くはまた、中国軍が攻めてきても耐えられるだろうとのことだ。
僕に関しては、どうやら、あの突撃の途中で頭を強く打った上、足も折った為、未だにギプスや包帯が取れていない。
だが、これだけの怪我の甲斐はあったらしい。
僕の突撃が功を奏し、敵を撃退できた上、敵が残していった試作機の破片も回収できた。
これは本当に凄いことだと、九州管轄の軍本部から東京の参謀本部に、昇格と勲章授与の推薦が出されたとかなんとか。
勲章とか、昇格とか、あまり縁が無い僕には有り余る光栄にどう対処していいかわからないが、まあ、貰えるものは貰っておこう。
「九条君!」
この声は、、
「若林少尉!」
隣のベッドにいる若林少尉が、カーテンからこっちに顔を出していた。
若林少尉も、あの戦闘で、両足、右腕骨折と右肩、頭部、脇腹の裂傷という、全治半年以上の大怪我を負っており、
「動かないでください!僕よりもずっと酷い怪我なんですから、、」
「ハハ、怒られてしまった」
そう言いながら、若林少尉は僕に端末を差し出した。
画面にはニュース記事が写っていた。
大見出しには、
"尖閣諸島奪還の大戦果"
"約2時間のスピード制圧"
"新日本軍の力を存分に示す結果"
などと文字が踊る。
そして左下の小枠に、
"沖縄基地敵軍奇襲を受けるも損害軽微"
そう書かれてあった。
軽微?沖縄の西側防衛設備のほとんどが破壊されたんだぞ?それに、僕らみたいな死傷者もたくさん出てる。
大方、尖閣の勝利ムードに傷をつけないようにという、新聞記者の
「左下の枠、見た?」
若林少尉が窓の方を向いて言った。
「はい。」
「僕たちの命は、"軽微"なんだってさ」
やっぱりそこか。と思った。
「そんな、、マスコミの言うことなんて真に受けちゃダメですよ、、」
「世間はそう言う認識ってことだ。」
「僕らが命をかけても、東京でのうのうと暮らしてる連中は、そんなこと歯牙にも掛けてない。」
返す言葉がなかった。
若林少尉は九州地区の生まれらしいが、僕は違う。関東地区の西東京圏で生まれた。
物心つく前に親は居なくなってので、孤児院での生活だったが、戦争の影響など全く無く。安全に、何不自由無く暮らしていけた。
だからこそわかる。関東地区や京阪神地区の"守られた大都市"に暮らしている人は、戦争の一進一退を、今頃娯楽として楽しんでるに違いない。
その時、僕ら2人は九州地区の軍管轄に呼ばれた。
昇格と勲章授与についてだという。
僕らが大怪我を負っていることに配慮して勲章授与は本部ビルのある薬院(福岡)ではなく那覇で行うらしい。
那覇まで1時間、例の機体のせいでボコボコになったアスファルトの上をバスで移動。
そのアップダウンの激しい道は、僕達の気分と調子を
よくも"配慮して"だなんて言えたなと思う。
身体中傷だらけの若林少尉は、到着する頃には顔が真っ青になっており、「仮にも
かくして、今、那覇の日本軍九州管轄本部分舎の所長室に居るわけだ。
バスに乗ってる途中、"勲章授与式という形で行われる"。と言われたが、この部屋にいるのは、九州管轄本部からお使いで来た代理人が1人と恩納駐屯地の総合監督官、それにここの所長がいるだけ。
"式"にしてはなんとお粗末なんだろうか。
これだったら、正直病室内でできたのではなかろうか。
若林少尉に至っては、「このような荘厳で
そんなハリボテのような式は淡々と進み、僕らは最後に昇格の内容が書かれた辞令と勲章をもらった。
勲書は、盾の形で、中に地平線が描かれていた。
ずっと先まで、何もない平原。
その彼方に、朝日が顔を出す。
こんな場所、有る筈無い。
戦争中の国が、兵士にこんな希望を持たせるような勲章を与えている状況は、酷く皮肉的だなと思った。
すると、今までダンマリだった代理人が急に声を張り上げた。
「その勲章は!現在まで、与えられた者は10人を数えない!身を投げ打って陣地防衛に貢献した兵士に送られる!貴重かつ名誉ある『果ての盾』勲章である!これを貴官らに与えると言うことは!本部は!貴官らの活躍をより一層期待しているということである!」
おそらく、本部からそういう態度で読めと言われているのだろう。
台本を両手に持ち、背筋を伸ばし、これでもかという具合に胸を張って、物凄い偉そうに代理人は叫んだ。
普段は机仕事ばかりしている事務方タイプの人間なのか、慣れない大声を出してその声を裏返してる。
さらには、汗までダラダラ垂らす始末だ。
嗚呼、日本軍の闇だな。
と、僕は苦笑いした。
そして、ふと今まで詳しく見ていなかった辞令書に目をやって、僕は目を見張り叫んだ。
その偉そうに振る舞って居た代理人が飛び上がる程に。
辞令に書いてあったのは、少尉への昇格の旨。
おかしい。明らかにおかしい。
何がおかしいのか。それは、彼が、九条千秋が整備士という非戦闘員だからだ。非戦闘員と一般兵士は階級制度が全く異なる。
一般兵士は、下士官、尉官、佐官といったお決まりの順で昇格して行くが、整備士は三級整備士から始まり、二級、一級、上級、そして最高位は整備士長となる。
ちなみに九条千秋は今三級整備士なので、昇格したら二級になる筈だ。
「なんだね?そんなに大声を出して。」
ひっくり返った代理人の横で、所長が迷惑そうな顔をする。
「も、申し訳ありません!ですが、この辞令、間違ってますよ?」
「なんだと?」
駐屯地の監督官が駆け寄る
「見てください、僕は戦闘員じゃないので、尉官に任命されるのはおかしいのです。」
僕から辞令を引ったくって
「確かに、そうだ。彼は整備士だから、この辞令は間違っている。」
すると、いつの間にか起き上がった代理人が何事もなかったかのような顔で、確認してきます。といって部屋から出て行った。
代理人が戻ってくるのにさして時間はかからなかった。
「九州管轄本部は、九条千秋少尉は日本軍第三艦隊所属の機甲兵操縦士として採用されることになっているため、その辞令は間違っていない。と仰られています。」
いや、は?
は?としか言えない
こんなコメディがあるか?日本軍はいつ、実戦経験皆無な一整備士を、戦場に放り出さなければならない程、
それに第三艦隊付きだと?エリートじゃないか!
「ご冗談を、、」と言いかけたが、ここで逆らうのは逆に危険だと
幸い、まだ正式に転属が通告されたわけでも無いので、後で時間が空いた時に嘆願書でも書こうと思った。
「わ、わかりました!それであれば、謹んで任務を全うさせて頂きます!。」
そう言ってやり過ごした。
横から見ていた若林少尉も、無言で敬礼をして僕と一緒に部屋を出る。
部屋を出たところで、若林少尉が僕に無言で辞令を渡してきた。
若林少尉のは転属命令も兼ねていた。
その内容は復帰後、日本軍のパティアーラ駐屯地(インド北西)への転属命令だった。
そこは、戦争中のカシミール地方に近い、最前線の基地だ。
「酷いだろ?まだ全治してないうちからこれだよ。嫌になるね。」
彼は微笑みながらそう言って、去って行ってしまった。
その那覇の授与式後、僕は若林少尉を見かけなくなった。
噂によると、回復後の転属がスムーズに行くように、フィリピンの病院に移送されたとか。
僕は戦闘員じゃないので、僕が彼の気持ちを代弁することは難しい。
でも、仲間を失って体に傷を負って、またすぐに戦場に行く。それが、どれほど辛いか、どれほど追い詰められるか、なんとなく理解できた。
そして、その意味を、僕自身が真に理解することになるとは、まだ知る
ーーーーーーーー
「日本軍甲兵少尉、九条千秋、と。」
僕は戦闘員として駆り出されるのを回避する為に嘆願書を書いた。合計8枚もだ。
結論から言うと、一枚も通らなかった。
第三艦隊の上層部に届く前段階、即ち九州管轄に握り潰されたのだ。
疑問だ。
何故?無名の、マグレで勲章を貰っただけの一整備士をエリート部隊に配属する必要があるのだろうか。上層部はどうしてそこまで
僕のようなド素人の人間を登用するなて、軍の上層部は、効率という物を重視していないんだろうか。
中卒で軍に入った僕でも、これがどれだけ無駄なことなのか、十分に理解できる。
上は、兎にも角にも、第三艦隊の入隊式に出席しろ。としか言ってこない。
もう、取りつく島も与えてくれなさそうだ。
こうなったらもうどうにでもなれ!どうせ失敗して、すぐに整備士に戻されるさ。
といった感じで、来たる9月1日。
僕は、第三艦隊の本拠地。長崎佐世保にやってきた。
今日、ここには計300人余の新隊員が集まっている。
はためく旭日旗、乱立する赤と白の幕。港には、軍関係者や、新隊員の家族が日章旗を振りながら、僕らを歓迎していた。
第三艦隊の旗艦、最新式戦闘空母『
戦闘空母とは、迎撃機能と攻撃機能を載せた航空母艦のことで、その全長は500mに及び、甲板部分だけでサッカーコート4面半に相当する。
しかも、翡翠に至っては、その馬鹿でかい
その上に整列させられるのだ。
太陽が近い。
残暑が残る9月の初っ
これだけ高い場所で、海も近いんだから、風でも吹いてくれれば良いのにと思ったが、
こんな素晴らしい天気の中、僕らは20分も整列したまま待たされた。
そしてようやく出てきたのは、白髪の初老の男性。
この位置からだと階級が遠くて見えないが、高級将校だということは誰の目に見ても明らかだった。
「諸君、私はー」
話し始めた。
「私はこの、日本軍が誇る第三艦隊の副司令官。
わあ、なんと声の通るお方であろうかー
「「「はい!」」」
ああ、ここ返事するところなんだー
暑すぎる。やばい。死ねる。
それに比べて、周りの表情のなんと、キラキラして凛々しいことか。
狂ってる、、エリート怖い、、
「では、諸君の活躍を祈る。」
あ、終わり?早い。
良心的、、ああ倒れそう、、倒れる倒れる。
「おい」
「ひうっ?!」
声をかけられた。いつの間にか僕の隣には、先程良心的な訓示を垂れて下さっていた長篠副司令が立っていた。
「貴様が九条千秋か?」
「あ!はい!」
慌てて敬礼をする。
もしかしてだらしないのが目についたのか。
確かに、何処かで失敗して
副司令官の深く刻まれた
かくして飛んできた言葉は、
「この後艦長室に来い。20分後、遅れるな。」
「あ、はい!」
艦長室に来い。だと。
なんて完結で、なんて意味深なパワーワードなんだ。
艦長室に呼ばれるなんてことは、余程良いことか、余程悪いことか、どちらかだろう。
僕の場合はきっと後者だ。
だが、入隊式で呆けていたくらいで、艦長室には呼ばれない。
中卒の僕でもわかる。
こんな他愛も無い問題は、大抵現場レベルで判決が出るもの。
急な尉官任命と言い、艦長室へのお呼ばれと言い、明らかにおかしい。
ともかく、行ってみるしかない。
ーーーーーーーー
ー約1時間前ー
私は仮眠をとっていた。
朝から激務続きだった。
艦長兼艦隊総司令官という仰々しい肩書きが、その負担をさらに引き立てている。
「遊佐艦長。」
「長篠か、入り給え。」
「はっ、失礼いたします。」
「何用だ。」
「九州管轄より、果ての盾勲章を持った兵士が今回第三艦隊に入隊予定だという情報が。」
「ちょっと待て。果ての盾?今、果ての盾と言ったか?」
果ての盾といえば、前線および基地を小隊以下の少人数で命を賭けて守り、それに加え攻めよせる敵を殲滅、又は殲滅するのを助けたという勲章だ。今まで果ての盾を受けた兵士は10名余りに登るが、生きている兵士は1人だけだ。
「はい、確かに、果ての盾でございました。」
「どこのどいつだ?」
「は、、九条、という兵士だそうで。沖縄基地に居たようです。しかし、情報の検閲が掛かっていて詳細な情報は得られませんでした。ちなみに沖縄急襲事件の戦死者リストには入ってません。当時の沖縄守備隊にも九条という名前は見当たりませんでした。唯一生き残りで若林という兵士がいますが、、苗字も違いますし、そもそもあの事件で負った怪我が酷く、傷痍軍人扱いです。」
「例の事件の生存者か。それも上層部が検閲を掛ける程の人物?怪しいな。会ってみたい。入隊式の後に艦長室に呼んでくれ」
「承知しました。それでは後ほど、失礼いたしました。」
ガタンッ
長篠はいつものように凄い勢いで扉を閉めた。衝撃で、眼鏡が揺れた。
「ふぅーしかし長篠の緊張感ある声をずっと聞いているとノイローゼになりそうだ、、、」
そう言いながらいかにもインテリな様子で眼鏡を直す。
この端正な顔の若者は
「さて、今日もまだまだ仕事だらけだ、8時には沖縄基地に着港して帰還式、10時から日印海軍合同訓練の説明会とトルコの海軍副指揮官の接待。昼には入隊式。午後から作戦会議だ。ふう、、九条千秋か、、一体どんな奴なんだ。」
ーーーーーーーー
"行ってみるしかない"とは言ったものの、僕は現在絶賛迷子中だ。
当たり前だ。初めて乗った軍艦なのだ。
その上、特にこの空母「翡翠」は先程言ったと通り、あまりにデカすぎる。
正直、沖縄で最初に見たときは、デカすぎて敵のマトにしかならないと思っていた。
そんなデカブツの中から、艦長室を探し出すのは、困難なんてものじゃない。
人見知りすぎて、普段自分から声をかけないような僕が、今日は少なくとも20回以上道を聞いた。
道を聞いていてわかったことだが、どうやらここのクルーも艦長室が何処か把握できてないらしい。
まあ、そりゃあそうだ。艦長室に用がある人間なんて普通に考えてそういない。
艦長室への道を聞いて回るガキの図は、彼らにとってさぞ異様に映っただろう。
そんなこんなしている内に、艦長室に辿り着いた。
目の前に現れたのは重厚な雰囲気の艦長室の扉、昔やったゲームのラスボスがいる部屋の扉に心なしか似ていた。
緊張しながら、深呼吸をして扉に手を掛け、僕は勢いをつけて扉を開け
開かない!
重い、想像以上に。
その重い扉を、カタカタ言わせて悩んでいると、先ほどの長篠副司令官が、ゴミを見るような冷たい目で僕を見ながら「入りなさい。」と言って扉を開けてくれた。
「あ、ありがとうございますっ!失礼します!」
艦長室は予想よりもずっと広かった。
どうやら会議室も兼ねているようだ。
黒い木材のテーブルが部屋の奥まで続いており、その奥には、眼鏡を掛けたいかにもインテリでお堅い雰囲気を出している若い人と、優しくて融通の効きそうな、見た事のないこちらも若い人が横に立って居た。
どちらも階級は高そうだ。
その余裕のある2人を見て、僕の緊張はピークに達していた。すると、眼鏡をかけた方が話し出した。
「そんなに気張らなくて良い。楽にしてくれ」
「あ、はい!」
そう言われると逆に緊張してしまう。
「では、初めましての君に自己紹介をしようか、、。私がこの空母『翡翠』艦長兼東シナ方面第三艦隊司令官、
「え、、」
思わず声を上げてしまった。予想はしていたが、それでも目の前にすると驚きを隠せない。こんな若い人が艦長なのか、、と。若き天才艦長だということは事前に知っている。だがその容姿や雰囲気は温床育ちの世襲式高級官僚程度のものにしか失礼ながら思えない。
とてもこの人が尖閣を奪還する大戦果を挙げたとは、思えなかった。
遊佐艦長は僕の反応を無視して続けた。
「そして、君の後ろ、扉の近くにいるのが、君は入隊式であったろうが、
長篠副艦長は紹介を受けてチラとこちらを見た。
「そして、私の横にいるのが空母『
「遊撃艦隊、、同期の首席、、⁇」
聞き覚えのない文字の羅列。
この発言は更に僕を当惑させた。
遊撃艦隊など聞いた事がない。
そんな艦隊が存在したのか。
それに遊佐艦長の同期で首席。つまりあの遊佐艦長が勝てなかった相手という事か。
いや、考えてみれば当たり前の話だ。
次席がいるなら首席もいる。だが遊佐艦長の輝かしい功績から、そちらの方が目立って誰も調べようとはしなかった。
そう考えると
正直、さっぱり想像がつかない。
少なくとも、入隊式で呆けて居た問題では無いようだ。
九条の頭は不安と緊張と、噴出する数々の疑問で、カオスな様相を成して居た。
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