第2話 星鷹

私、永井和正は軍に入って今年で20年目になる。それなりに修羅場を超えてきて、自分でも胸を張って、ベテランだ。と言える自信がある。


しかし、私の人生の中で、これほどまでに酷いやられようは無いだろう。

信じられないかもしれないが、敵はたった一機だった。


突如現れたその機体は真っ黒に染まっていて、所々金の装飾が施してあった。

更にバックパックには大きな羽のようなものがヒラついている。

全く、鳥か何かかと言いたいくらいだ。


既に砲兵部隊は全滅しており、白煙と炎が至る所から上がっていた。

機甲部隊は地上で機動戦を展開していたが、空に浮く敵にとっては、ただちょこまかと動くマトでしかなかった。

「こちらストーム(第46機甲中隊のコールサイン)04、こちらは既に5りょう失っている!敵の性質上我々が撃墜できる可能性が極めて低い!」

「こちらコントロール、ストーム04の退却を許可します!聞こえましたか。クローズ(第14甲兵中隊のコールサイン)01(永井のこと)」

「クローズ01了解。総員!各個防御に努めろ!」

とは言ったものの、まだ敵の装備も不明だ。

迂闊うかつに攻撃するのは危険だ。

「02と07は右から、03と05は左から敵を囲むように展開!08は狙撃、04と06は私に付いて来い!」

手早く命令すると、敵に近付く。

その時だった。

敵が一瞬発光したとかと思うと、その背後から小さい、筒状の物体がいくつも射出された。

「ミサイルだ!撹乱かくらん陣形!」

思考するより先に叫んでいた。

防御線(別名レーザーシート、レーザーを繊維のように幾つも交差させて展開し、飛んでくる弾なりを破壊する。一回の持続時間は3秒が限界)を全力展開しながら、火花を上げて動き回る。

しかし、そのミサイルはどこまでも飛んで追いかけてくる。

爆炎が上がる。

「誰がやられた!?」

「05です!」

ミサイルを背中に引きつけながら、全力で逃げるのみ。それを例の黒い機体は追加の攻撃もせず、せせらわらうように見下げる。

「畜生!」

これではらちが開かない。

腰からヒートナイフを引き抜くと、振り向きざまにミサイルをぶった斬った。

「各自姿勢を整えろ!」

「08の通信が途絶えています!」

「何?」

 何が撹乱かくらん陣形だ。翻弄ほんろうされているのはこっちじゃないか。

自嘲気味に苦笑いをする。


すると上空から、悠々とその黒い機体は降りてきた。

中隊は50メートル余りの距離を開けて敵と向かい合っていた。

「02から01へ、わざわざ敵さんが降りてきてくれたぞ!攻撃するか?」

「こちら01、近付くな。増援の気配はない。大方試作機のテストに使われたんだろう。各自離れながら」

ドッ

次の瞬間。突如隣で爆炎が上がる。

「何?」

見ると、30メートルも後ろにその黒い機体は居た。それも、クローズ04の機体と一緒にだ。

04の機体は、その黒い機体の右腕に握られていた、鋭利な棒状のもので串刺しにされていた。ご丁寧にコックピットも貫通している。


恐ろしい。背筋が凍るようだ。


80メートルの距離を?一瞬で?さらに機体の正中線を狙って得物を突き刺しただと?

怪物か何かか?!


その"怪物"は、ゆっくりこちらを振り返ると、その目を赤く光らせた。

まるで、獲物を見つけた鷲のように。

しかし動かない。

こちらが動いてから判断するつもりのようだ。

畜生。つくづく舐められてるな。


「01へ、、03より、早く、、指示を、、!」

絞り出すような声で、驚愕と焦燥を抑えながら、指示を求める部下の声。

「隊長、、!」

「隊長!」

「大尉!」


やめろ、、お前ら、、そんなに私を、、追い詰めるな!


正体不明で完全無欠の難敵を相手に出来るような、上手い方策など思いつく訳が無い。

そんな経験は残念ながら持ち合わせていないのだ。

しかし、部下にしても、この不足事態に最も経験のある私にすがるしかないのだろう。


どうすればいい?どう動けばいい?

どこまでも追って来るミサイル。

圧倒的なまでの速さ。

私がようやく絞り出した答えは、


「各自!白兵戦用意!敵に取り付き!その身を持って食い止めろ!」

「「応!」」


勿論それは、根本的な解決になっていない。

しかし、誰もが、その判断を信じて腰のヒートナイフを抜いた。

「全速!前進!」

「うおおおお!」

どの機体も最高速度を出して、向かっていく。

黒い機体も、土俵に乗ってやろう、という風にその鋭利な得物で応戦。


まず06が敵の腕にに手をかけ取り付くが、コックピットごと肩を斬られ爆散。直後、03と07がそれぞれ足とバックパックにヒートナイフを刺す。しかし、03は腕を落とされ突き飛ばされる。その時、07は丁度背後にしがみ付いていた。07はバックパックにナイフを突き立てたまま今度は煙幕弾を、例の機体の顔面に押し付け、暴発させた。一気に煙幕で見えなくなる戦場。その一瞬の隙間から、01、永井が突撃し、敵機の下腹部から太腿部分をヒートナイフで切りつけた。さらに下腹部にもう一刺し。さらに左腕を斬りつけ、破壊した。


そして煙幕が晴れた瞬間、唯一、冷静に狙撃銃を構えていた02が、撃ち込む。

敵機の顔面が弾け飛んだ。


そしてもう一発今度はコックピットを撃ち抜こうとした時だった。敵機が一瞬発光したかと思うと。


次の場面では、既に01、02、07の機体が爆裂していた。


一一一一一一一一一


クローズ03こと、若林祐司少尉は放心していた。

目の前で今まで一緒に居た仲間が、鉄の塊となって転がっているのだ。

彼らと共に居た記憶が、走馬灯のように頭に流れ込んでくる。

涙が止まらない。

彼は、愛国者であった。

『この国を守る。』

その一心で入隊した、自分が、今。

敵に身も精神も、そして仲間も打ち砕かれ、涙を流している。

自分は無力だと、ここまで痛感させられるとは。

情けない。島一つ、守れぬとは。

拳を握りしめ、嗚咽を漏らす。

そうして、数秒苦悶してやっと出てきた言葉は、

「1人じゃないか。もう。」

この戦場に独り。味方はもう居ない。

8機全てでかかって、敵わなかった相手だ。

僕独りで、何ができる?

彼にできたのは、コックピットの中でうずくまって、自分の目の前を当たり前のように通り過ぎる敵の姿を、モニター越しに見るだけだった。


突然通信が入る。

「こちらストーム04、クローズナンバー!聞こえるか!生きていたら誰でもいい!返事をしてくれ!」

ストーム?

停止していた思考に、再び血が廻りだす。

「こちらストーム04!ストームナンバー05、07、11の再出撃準備が整った!状況を伝えてくれ!誰でもいい!居ないのか!」


それは、半壊していた戦車部隊の増援の報告だった。


嗚呼。光明だ。

「こ、こちらクローズ03、状況は、、僕、あ、小官しか、残って、おりません。その上、小官の機体も右腕が大破、残っている装備も僅かです、、!」

「っ、、了解!クローズ03、我々も全力を尽くす!やれるな!」

「はい!」

まだ、機会がある。たとえ命を失っても構わない。僕は、この身を持ってして!この基地を護る!


傷だらけの機体を、ゆっくりと地面から起こした。


「永井隊長、直ぐに参ります。」

一一一一一一一一一


一約8分前一

恩納格納庫 待機室

「機甲中隊が帰ってきたぞ!」

その一声で、整備班は全員立ち上がり、部屋を飛び出す。

僕も、手近な工具とキットを抱えて部屋から飛び出した。

格納庫に入ると、既に怒号が飛び交っていた。

「急げ急げ!」

「それじゃないだろ!向こうのだ!」

「おい!しっかりしろ!救命班早く!」

「どけぇ!備品が来たぞ!」

その中で、僕はどうすればいいか解らずに立ち尽くしていた。


ドンッ


「うわっ!」

後ろから知らない隊員に蹴飛ばされる。

「何してんだよ!さっさと運べ!」

その人が示した方向には、破壊された装甲の破片が散乱していた。

「はい!」

どうしてそれを運ばなければいけないのか、何処に持っていてけば良いのか、よく分からぬまま無我夢中でその破片を持って走った。


いつの間にか、格納庫の外に出ていた。

戦場が見えた。

耳をつんざく爆発音。

鉄同士がれて弾ける火花。

それらは基地の内側でのうのうと生きてきた僕にとって、あまりにも新鮮で、あまりにも残酷だった。

整備士という、非戦闘員という立場が、いかに情けなく、無力か。

僕は格納庫に向かって全力で走っていた。

今まで出したこともないような速度で。

「戦わなきゃ。」

その単語で頭がいっぱいだった。

非力で、凡庸で、非戦闘員の僕が戦う?馬鹿らしい。

いつもだったらそう言って除外した選択肢だ。


さっきの、戦車の修理をしていた騒がしい空間を走り抜け、整備ロボットの格納庫のシャッターを開けた。

『knock84』のコックピットに飛び乗り、起動。

右のアームをドリル、左をシザースに変更し、機体のキャタピラを、ゆっくり前進させる。

『knock84』の最高速度は時速100kmだが、その速度に到達するまで、だいぶ時間がかかる。

「急げ!」

そう心の中で叫び続けた。

目の端に僕を追いかける数人の人を見つけた。

何か叫んでいるが、僕には聞こえてなかったし、聞こうともしなかった。

大方"戻れ、懲罰モノだぞ。"とでも言っているんだろう。

速度が上がっていく。


それからのことは、あまり記憶に無い。



一一一一一一一一一


ー約20分前ー 東シナ海、洋上


シュウ・ユンハオ中尉は笑みを浮かべていた。

「このデモンストレーションを成功させたら、俺の名声はさらに上がる」と。


(中国人民)解放軍の総参謀から、直々に命ぜられた、この盛大なセレモニー、試作機のお披露目。

その内容は、沖縄の日本軍にちょっかいを出して帰ってくるだけの"簡単なお仕事"。

生憎オーディエンスは居ないが、これが成功した暁には、その試作機を使った新部隊の隊長、そして現在の中尉から少校(少佐)に特別に任ぜられるらしい。

嗚呼、素晴らしきかな、我が人生、我が国家、そして!我等の偉大なる国家主席!

これで晴れて、俺がエースパイロット!

あのいけ好かないメガネ野郎のリュウ・チャンヨウなんかよりも、俺がすごいってことだ。

「中尉、調子はどうだ?」

通信が入る。

「ん?あぁ、あんまり気分がいいとは言えないねぇ。この機体速すぎるって!血管が破裂しそうだ!俺でなきゃ死んじゃうだろうね。」

嘘だ。正直すこぶる気分が良い。

「了解した。伝えておこう。」

こっちも嘘だ。伝えておこう、留意しておこう、考慮しよう。この三つは解放軍の中では、話を逸らす常套句じょうとうくとして使われると、専ら噂だ。


ビーーー


ブザーが鳴る。日本の領海に侵入した証拠だ。

この試作機、星鷹シャンイン00は、中国、高路ガオルー集団製の世界最速の機甲兵だ。高さ17.6m、重さ26t、そして最高速度はマッハ2.7。

流線型の真黒な機体に金の装飾。

背中には4枚の羽。

武装はAI搭載型のホーミングミサイル、高精度拡散榴弾HPDG。それにライフル、加えて特殊合金で作られた剣。

この三つだけ。

しかし、下手に武装が多く、選ぶのに時間をかけるくらいなら、長距離、中距離、短距離と三種類の装備だけ持って戦う方が効率的だ。

だから、重鈍で武装過多の日本の守備隊は、遅れている。速さがどれだけ戦闘を左右するのか、未開な彼らに教えてやろう。


そんな、悠々とした気持ちで戦いに来たのに。

なんだこれは。


俺は、今、東シナ海の洋上を、脱出ポッドで浮かんでいる。

ちょっと待て、何があったか整理しろ。


俺は、沖縄に到着し、ミサイルと白兵戦で、奴等を圧倒した。砲台も、戦車も、機甲兵も、その全てを、余すことなく、尽く破壊した。


いや、全てじゃなかったな。何匹か戦車が戻ってきたか、いや、それも俺は破壊した。

その後だ。


一機、雑魚が残ってたか。SECORD社の、、よくわからん、雑魚だ。

そいつは足を掴んできた。俺はその腕を踏みつぶした。滅茶苦茶にだ。

その後は。


そうだ、その時本部から入電が入ったんだった。

"釣魚群島陷落尖閣諸島陥落 紧急回来すぐ戻れ"

それには俺も驚いた。でも、ここで引き返し、さらに釣魚群島の奪回で成果を上げたら、俺はもっと評価される。

散々遊び尽くした。釣魚島まで行ってやろう。

俺はその時そう思った。

その時だ。

さっき腕を潰した雑魚がミニサイズの爆弾をたくさん飛ばしてきたんだ。俺はそれを払って、、嗚呼、そうだ、登録にない、黄色の雑魚が、、後ろから突撃してきた。俺はすぐに振り向いて反応しようとしたが、間に合わなかった。

ハサミのようなモノで、足をしっかり掴まれた。さらに、肩にドリルらしきモノが食い込んでいた。

俺は面倒臭くなって、ミサイルで全部吹き飛ばしてやろうと思って、、撃とうとしたその時、爆発して、、次の瞬間では、俺は海の上だった。

何が起こったんだ?


あれ?それより、俺は、つまり、作戦に失敗したのか?昇格も無し?いや、それどころじゃない、試作品の破片を向こうに置いてきた、、これは大きな失態だ。降格や更迭じゃ済まないかもしれない。下手すりゃ、銃殺刑だ。

俺、詰んだかも。



シュウ・ユンハオ中尉は、上司や同僚の説得で、銃殺刑には至らなかったが、一級軍士長までその階級を落とされ、地獄と呼ばれるインド戦線へ、一兵士として更迭されることになった。


ーーーーーーーー


何処だ?ここは?

景色がぼんやりしている。


部屋?

壁が黒い、部屋だ。

天井も、すごく高い。


机。

目の前に机がある。それも自分の身長位はある。しかも黒くて、無駄な装飾がひとつもない。


声が聴こえてきた。

なんだろう。

なんだか、プールの底に居るみたいだ。

なんだって?

僕はそれが聞きたいんだ。聞かせてくれ。


『選ばれた。』

選ばれた?今、選ばれたと言った?

何が?


『人口が、多すぎる。』

人口が多い?確かに、今の世界人口は98億人だ。この星には多すぎるかもしれない。


『だから我々が、主導しなければならない。あらゆる民族の、主たる我々が。』

主たる我々、なんて傲慢なんだ。

それに、さっきから文章がめちゃくちゃだぞ。一体何の話だ?


『戦争を、起こすのだ。』

戦争?起こす?一体、、、


ズキンッ


う、あ、頭が、痛い。割れるようだ。

空間が歪んで、引き延ばされて行く。


その感覚を最後に、視界は途切れた。


ーーーーーーーー


九条千秋は目を覚ました。

それは、戦いから丸一日経った後だった。


「夢を見た、黒い壁の部屋、、、何処かで見覚えがある。何処だろう。」





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