第1章
第1話 奇襲
2072年 6月 9日 午前5時
沖縄基地 恩納格納庫
「マニュピレーター作動確認完了、
朝夕恒例のアナウンスが響く。
ここの整備班になり、はや1年となるが、ここ沖縄で戦火の影響を感じたことはない。
朝の点検作業も昼の走破訓練も、無駄なものでは無いかと考えてしまうこともある。
しかし、軍報やニュースを見る限り、確かに戦争は行われているようだ。
今も港では、日本軍の第三艦隊が出撃準備をしているという。遠くにかすかに見える第三艦隊の空母"
「九条!呆けてんじゃねぇ!とっとと今持ってるもん運ばねぇか!」
真っ黒に日焼けした、大柄の整備班長の良く通る声が僕の背中をぶっ叩く。
「すみませんでしたぁ!」
僕は、その情けない、裏返った声で応えると、手に持っていたダンボールの中の機械類をガタガタ言わせながら、目的地まで駆けた。
最近は特に忙しい。
沖縄基地は日本軍第三艦隊にとって、言わばホームタウンのようなものだ。
だから、第三艦隊所属の軍艦が必ず何隻かは停泊してるし、クルーとその家族の殆どが沖縄が"県"であった時のかつての中心地、那覇地区に住んでいる。
それが、今日は第三艦隊の軍艦は全部出払うと言い、那覇地区に住んでるクルーの家族は
九州に引き上げるという。
だから、そういった民間人の移動やら、守備隊の装備の総点検やらで、てんてこまいなのだ。
この忙しさの元凶は
「
という第三艦隊の昨今の中では最重要の作戦のせいらしい。
2064年に奪われたこの小さな群島は、今では立派なミサイル基地となっており、ひっきりなしに佐世保やこの沖縄の海軍基地にミサイルを撃ってくる。幸い、日本軍の迎撃システムは優秀で、まだ停泊してる艦船や、基地に被害は出てないが、日本で2番目の規模を誇る名誉ある第三艦隊の最近の仕事は、専らミサイルの迎撃とその破片の回収となっていた。
これに腹を据えかねた第三艦隊の幹部らが司令官と政府に猛抗議。失敗した場合の全責任を第三艦隊の上層部が負うという条件でこの8年越しの作戦が承認された。
この作戦には、第三艦隊所属の18隻の軍艦に48機の戦闘機と23機の防空ヘリ、40機の機甲兵(軍事ロボット)という途方もない戦力が投入される予定で、僕らのような整備兵約900名(これでも全国からエリート整備士を招集してる)でこれらの整備を行わなければならなかったのだ。作戦の開始予定は午前8時なので、もうあまり時間がない。
とはいえ、僕が所属する第78整備班は艦隊が留守の間の守備隊用装備の点検なので、軍艦を何隻も点検して装備を交換したりするよりはよっぽど楽だ。
迎撃用の予備白兵装備やらミサイルポッドの点検装置を運び終わると、今度は機甲兵の点検だ。
沖縄に配備されている機甲兵は、SECORD社のSe-03D『ハイダテ』。まさに今、僕の目の前に仁王立ちしているホリゾンブルーで塗装された機体だ。
機甲兵は、2030年頃に新しい歩兵運用のシステムとして考案された。当初は、二本足ないし四本足のロボットに兵士が乗って、取り付けられている機関銃やらキャノン砲やらを撃ちながら進むと言うものだった。
考案当時は、乗用車以上の機動力、しかも戦車のように丈夫で荷物や装備も積める、その上荒い地形もなんのその、という新世代の理想的な歩兵運用としてもてはやされた。しかし実際に量産体制に入り、改良が進められたのは、考案から10年以上後だった。
理由は単純、あまりにコストが高かったのだ。
至極当たり前の話だ。30年代当時の二足、又は四足歩行の軍事用ロボットにかかったコストは一千万円は下らない。さらにそれで師団や大隊を作るとなると、その金で当時主力の軍艦が作れてしまう。陸上戦闘の機会の消失が叫ばれていた時代背景も相まって開発が優先的に進むことはなかった。
その状況が180度変わった出来事がある。2045年に勃発した、台湾内戦から始まる第三次世界大戦である。中国の台頭に危機感を覚えたアメリカ政府の水面下の支援によって蜂起した台湾独立派が、当時台湾を統治していた親中政権を武力で倒して、首都台北を占拠したのだ。
勿論、この動きが他の係争地域に飛び火しないように、すぐに中国共産党は空挺団と武装警察を派遣、台北を取り返すが、南下しながらゲリラ戦を続ける台独派に苦戦。その間にフィリピンや沖縄に待機していたアメリカ軍ならびにその同盟国が台湾北部から上陸し、台北を奪い、さらに中国軍を挟み撃ちにし、台湾の独立を成功させるという、約1年に及ぶ戦争だった。
この戦争でアメリカ軍は、世界初の四足歩行式機甲兵の中隊を投入。その力は圧倒的で、歩兵と戦車のみで構成された中国軍を、その機動力と破壊力で散々に翻弄し、打ち破って見せた。
そこから各国の機甲兵の製造競争が始まった。
戦争終結から一年後。
2047年4月には中国企業、
その年の末には日本のSECORD社が、より人の歩行に近い動きができるレッグを開発、、
と言った具合で開発が進み、2050年代の後半には、現在のような完全な人型の機甲兵が開発されたのだ。
時は戻って現在。
この『ハイダテ』は、守備隊専用に量産されている日本軍の主力機体の一つだ。そのため、これでもか!というくらい防衛装備が積まれている。
飛んでいる爆撃機を破壊する為の背中の三連装83式ミサイル。
敵の戦車やマニュピレーターの動きを阻害する小型の針、Ⅱ型ホーネットミサイル。
敵の進行を妨げながら爆発する拡散煙幕爆弾。
敵機甲兵と、図らずも接近戦になった場合のヒートナイフ。
投げると膨らんで壁になる障壁弾。
全部挙げるとキリがないのでここら辺にしておく。
これだけ装備を積んでいる為、当然整備も大変だと思うだろう。ところがどっこい。それが全く持って楽なのだ。まあそれは、今この手に握られている直方体の文明の利器のおかげなんだが。
軍の整備士にならなければ一生触れることがないだろう。
この、ライナーインジケーターには。
これは、該当の機体に近付けるだけで、故障部位や換装や補充が必要な兵器を手元の端末に表示してくれる。
「うげぇ」
端末の画面を確認して、僕は
この機体はどうやら煙幕弾とライフルの弾丸の補充、予備マガジンの装備、肩部の耐久値低下による交換の必要性、、などなど計23の整備が必要な部位が発見されたからだ。
基本的に整備士は足りない状況なので、自分が担当し、発見した不良部位は、自分で整備しなければならない。
それにこればかりは、端末に入れたら勝手に整備してくれる、、とまではいかない。
それに、あらゆる整備が"文明の利器"で簡単にできるようになって仕舞えば、僕はお役御免だろう。
整備ロボット、
それから、先程確認した機体の場所まで行って、『ハイダテ』の肩部をマニュピレーターで丁寧に取り外し、先程背中にくっつけたばかりの新しい肩部を換装する。
これで終わりではない。
言わばこの換装は仮止めに過ぎない。マニュピレーターをシザース(
そして、僕は、コックピット上部にある双眼鏡のような装置を引っ張り、目に当てた。
シザースは物をしっかり掴むことを目的としているのに対して、エキスパートは細かい確認や作業に適している。
長くて、関節の多いマニュピレーターの先に、ライトと本当に小さな、全長約15cm、直径1.5cmのマニュピレーターがさらに二本取り付けてある。
これを使って、部品と部品の
まあ、備蓄のアームに不良品があるはずがないが、(逆にあったとしたら大問題だ。もしあったなら、僕は即刻、班長に備品管理部に殴り込みに行ってもらわなければならない)これは義務であり必須の確認事項だ。もっとも、海軍や陸軍の前線基地では、こういった細かい確認は省かれるのだが。
だからこそ、逆に、こういう風に時間に追われずに整備ができるというのは後方勤務であることの幸せなのかもしれない。
点検作業と換装作業をやっと終えて、倉庫の端のベンチで座り込んでいた。
すでに第三艦隊は作戦を開始していた。そのため港に艦船は見えない。
その状況はやはり不安だった。
なぜなら、沖縄基地にいる人間にとって、第三艦隊は精神的な支柱だからだ。
日本軍では、そもそも海軍がもっとも重要視されているが、その中でも第一艦隊と第三艦隊は別格だ。
それらの二つの艦隊は、最も重要な日本海防衛を担当していて、中国、ロシア、北朝鮮という比較的大きな敵国の艦隊を止めるために、多くの艦船を保有し、最新の装備を使い、精鋭の兵を集め、有能な将校だけで構成されている。
それだけに、彼らが基地に居るのと居ないのとでは、天地の差だ。
「不安か?」
声をかけられて、僕は我に帰った。見上げるとどこかで見覚えのある男性が、疲れたろ、と言いながら缶コーヒーをこちらに向けていた。
思い出した。
この沖縄基地の防衛の要、陸軍第14防衛甲兵中隊の隊長。齢37になった今は防衛部隊所属だが、20代の頃はバリバリの前線将校で、絶賛戦争中の南アジアに、同盟国インドへの義勇軍として派遣されていたと聞いた頃がある。
「ん?大丈夫か?コーヒーは嫌いだったかな。」
僕があまりにも寝ぼけた顔で惚けていたので、大尉に先に話させてしまった。
「あ、いえ!全然!そんなことは無いです!あの!すいません!お疲れ様です!」
ああ、、情けない。もっと軍人らしく喋れないのかこの口は、、。我ながら本当に酷い。
「私は疲れてないよ。もっとも、これから疲れることになるかもしれないがね。」
大尉はユーモアがかった、洒落にならない脅しを含みながら、笑って言った。
僕が不安げな雰囲気をまだ発していたせいか、大尉は続けて
「なぁに、心配は要らないさ。この沖縄基地には指一本触れさせない。保証しよう。」
「あ、ありがとうございます。お願いします。」
とは言ったものの。沖縄基地を守る防衛部隊は、第122防衛航空小隊、第97防衛砲兵小隊、第46防衛機甲中隊、第14防衛甲兵中隊
の四隊のみであり、もしもこの状態で中国軍の強襲機動部隊や、強襲上陸部隊が来ては、戦力差は大きく、それこそひとたまりもない。
本当に"お願い"するしかない。一抹の不安を抱えながら僕は整備士宿舎に帰った。
しかし、その不安は現実のものとなる。
午後7時、突然の警報に叩き起こされる。
『
「まじかよ!」
「嘘だろ、、」
整備宿舎もすぐに騒然となった。
上官の怒号が飛び交う中、僕等は最終点検の為格納庫に走った。
格納庫に向かうと、既に永井大尉以下の甲兵中隊がコックピットに入って出撃を待っていた。
端末で機体スキャナを操作して致命的な外傷などが無いか、もう一度点検する。
幸い、第14甲兵中隊の8機全機、欠陥は見つからず、僕等は格納庫の待機室に退避した。
退避の間際、コックピットに見える、前の虚空を睨んでいた永井大尉に敬礼した。
永井大尉は僕に気付くと、短く敬礼し、また目線を前に向けた。
待機室に入った時、スピーカーから信じられない報告が届いた。
『122航空小隊!5機全て沈黙!防衛ラインを突破されました!残り6秒で、本島上空に到達!地上部隊は迎撃をお願いします!』
その直後、大きな爆煙と共に真黒な機体が上空に現れる。
それはまるで、絶望を体現したかのように、
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