第18話

〈老婦人との出会い〉


駅舎は現存し、思いの他綺麗だった。老婦人がベンチに腰かけて熱心に本を読んでいた。老婦人と書いたが、健太だって65歳、立派な老人である。健太より、5つ、6つ上だろうと思われた。あまり熱心に読まれているので何を読まれているのか訊いた。チラット表紙を見せて、電車を待っているのと答えが返って来た。


「ええ~、ここは廃線ですよ。いくら待ったって来ませんよ」土砂は取り除かれていたが、レールは所々に土砂を被っていた。


「それがね、待っていれば来るんですよ」


「どれくらいですか」


「1日、長くて3日」


「でも、信じられないなぁー」と云うと、


「人だって、この世に未練を残すと出るって云うでしょう。電車だって同じ、出るのよ」


「出て来るその間どうしているんですか?」


「いつ来るかわからないから本を読んで待っているのです」


「夜は?」


「眠りますよ」


「ここで?」


「そうここで」


「食事は?」


「3日分ぐらいの食糧はこのリュックに入っているわ」


「3日しても来なかったら」


「その時は家に帰るわ。また次、来そうな予感がしたとき出かけて来るの」


健太は廃線跡深訪で不思議な体験を持つ。東北出張中列車が廃線になった筈の支線に入って終着駅の町で1泊した不思議な体験をしたことがある.そのことを伏せて、「やっぱり、信じられないなー」と云ったとき、向こうからライトをつけて萌黄色の電車がやって来るではないか。土煙を上げて急停車した。運転手は見えなかった。


「今日は早かったわね。3時間待っただけ。あなたも運がいいわね。さー乗って頂戴」


「僕は乗らないですよ」


「あてのない気まま旅なんでしょう。どこにでも行ってくれるから。それと何より料金取らないの」と老婦人は笑って、健太の手を取った。


乗客は誰も乗っていず、電車は二人を乗せて出発し、スピードを上げた。


「どこへ行くんですか?」


「行きたいところに、今回はあなたに譲るわ」


「じゃー、日光」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る