第16話
〈消えた絵〉
健太は展示に拘った。市民展入選作品は大作(大きい絵)であっても、他は小品が多い。2段飾りで、壁面ごとにストーリーをつけようと考えたのだ。テーマは「I LOVE KOBE」、描き溜めていたものが神戸のスケッチが多かったからだ。そこに人物画を少し挟むことで変化をつける。幸い3月初めに入選したその『ボーカリスト』がある。そこに奏でる人として彼女とライブ活動を同じくする奏者を描いた絵を4枚付け加えて、入り口パネルとしたのである。来展者をミュージックで迎えようという訳である。
そして昨年の入選作(彼の中では一番大きい50号)は移動の向かいパネル1枚に。それは内戦で破壊された街に人々が戻り、屋台も出復興の兆しが見える。象徴的なのは破壊された建物の屋上にピアノが1台描かれている。画題は『再生の街』。
入って正面のパネルは油彩の神戸風景。神戸も破壊されたことがあった。その震災で破壊された百貨店を頭に、その横に最初の入選作『クリスタルに映るモザイクの街』を配した。復興した街である。そのモザイクの中には震災後綺麗になった百貨店の一部が映し出されている。そして震災で昔の面影を全く失くしてしまった神戸だが、昔の面影を残す高架下を4枚で描いた。あとの小作品は上下2段で関連した対作品として展開したかった。そのために油彩は額ではなくシンプルな黒枠とした。この黒枠の制作に手を焼き、荷造りと、疲労困憊してしまったのである。
個展とは一堂に見て貰えるまたとないチャンスで、絵を通じてメッセージできる唯一の機会でもある。健太は一応サイトではペンネームを持つ作家である。作家たるものストーリーで語らねばと思っている。それが市電シリーズ、ペン画に淡彩で色塗りしたA4のスケッチ集、それも写真をただ写したしだけ。そんなものを出す画家の個展はまずない。素人画家健太なればこそ出来たことである。ようは来展者に楽しんで貰えたらいいと健太は考えたのである。
大きい絵は存在感があるが、家には飾り辛い。ある馴染みの店に貰って貰った。その店主が自分の部屋にも飾る小品が欲しいと『本を読む老婦人』の油彩6号を選んだ。持って帰ると閉展後来たが架かっていたところにはその絵はなかった。30分前には健太も確認している。送りの荷物に紛れ込んでいないか、もう一度開けてチェックしたがない。自宅に持ち帰りの荷物を整理したらあるだろうと、後日送ることを約した。持ち帰った絵の整理にあたったがない。渡すべき絵は間違いがあってはいけないので、健太は厳重に管理した積りだった。忽然と消えた絵、これが天下の名画であれば大騒ぎになるところだが、所詮健太の個展である。その店主には謝って、別の絵を送って済んだ。それにしても健太には不可解が残った。不思議だった。「駅のベンチで本を読まれていたので、老婦人は電車に乗ってどこかに行かれたのでしょう」と、誰かが冗談を言ったが、そうと思うしかなかった。
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