第12話

秋田といえば秋田杉*、そしてブナの森も多い。かつて秋田県には毛細血管の様に森林鉄道が敷かれ、伐り出されたブナなどの原木を運んでいた。昭和30年代に入ると安価な外国材が輸入されるようになり、また、林道整備に伴うトラックへの切替が進み、森林鉄道は急速に衰退していったのである。


旧矢島営林署内でも、昭和13年に下直根(しもひたね)の直根貯木場を起点に鳥海まで一旦尾根をトンネルで越え、その後子吉川沿いに遡上し袖川を経由し、百宅(ももやけ)までの14.4kmが開設されていたという。支線をいれて総キロ数18.4kmあったという。乗って来た鳥海山ろく線が23キロというから、かなりな規模である。昭和39年に廃止になり、今は、廃線跡は林道として使われているという。


健太はその林道を歩いてみようと思った。「結構あるよ。車で行ぐか」と、店主は親切に言ってくれた。健太は礼を言って、せっかくだから歩いてみたいと、店主の申し出を断った。


「脅かすわけではないが、まだ出ないだろうが、ひっよとして熊にでもおうたら困るじゃろう」と、店主は熊よけの鈴を貸してくれた。


起点側の直根から袖川(発電所)までを歩いてみた。11月半ばには雪が降り、積雪期は通行ができなくなるという。廃校となった直根小学校があった。横に貯木場が広がり、森林鉄道の起点となっていた。運ばれた原木は直根でベニア板などに加工され索道やトラックで矢島まで運ばれていたそうだ。


途中猿倉の集落が望めた。はるか下を流れているのは子吉川である。紅葉した林の中を進んで行くと隧道が二つあった。トンネルを抜けるとぽっかりと視界が広がった。ここにはかつて袖川の集落があったが、発電所の自動化とともに廃村になり、田の跡には稲穂のかわりに葦が生い茂っていた。


この先、発電所の所で林道は終点となっているが、廃線跡は百宅まで続く。途中は崩れているとの事で通行できないと表示されていたので、引き返すことにした。来る途中、一人の人にも出会わず、車の通行もなかった。この林道は普段から通行もほとんど無いのだろう。


途中、どこで間違ったのか、健太は違う林道に迷い込んでしまったようである。だんだんと林道は細くなり、ついに道は、けもの道らしきものに変じた。下っているのだから、そのうちどこかの道に出るだろうと思っていたら、また登りになり、尾根に出た。


思わず健太は「ああ」と声をあげた。向こうの尾根に沈んでいく夕日が谷間を黄金色に染めているのだ。「黄山瀬…」と思わずつぶやいていた。あの小説に書かれていた光景が、健太の目の前にまさに再現されていたのだ。


「谷間に2、3軒人家がる」と小説の中の老人は語っていた。暮れなずむ山々の紫色の中に一つの塊のように浮き立つって光っている谷間はまぶしく、人家を見分けるのが難しかった。

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