第5話
7時に旅館の朝食が出された。
「お帰りだったのですね」と娘は意味深に云って、お膳を置いた。
「ええ…」とだけ高浜は返事をした。
「他に泊り客はあるの?」と訊いてみた。
「いいえ、お客さんだけです」と娘は答えた。
〈昨夜の綺麗な女性はなんだったのだろう〉と思ったが、娘には廊下ですれ違ったことは云わなかった。〈酔っていての亡霊だったのか、顔ばっかり見ていたので足はみなかったなぁー。それとも娘の母親の志乃と云う女性が帰って来たのだろうか〉と思ってみたりした。
白飯に味噌汁と干物だけの質素な朝食であったが、鯵の干物は絶品であった。
始発と云ってもこれ1本だけなのだが、8時に出ると云うので急いで身支度した。玄関で送ってくれた娘はセーラー服に着替えていた。礼を云って少しの志を渡して駅に向かった。
車両には高浜一人であった。発車間際に改札を抜けて走って来る女があった。乗客かと思ったが、窓のそばに寄って来たのは昨夜の居酒屋の女であった。
「これ、お弁当。お昼に食べてね」と手渡してくれた。
「ありがとう…」と云って、何か言葉にしようと思ったが列車は動き出した。
高浜は窓から手を振った。
〈ぼくら 離れ離れに なろうとも…〉と口ずさみながら、女が視界から消えるまで手を振った。
***
「お客さん、起きて下さいよ。終点ですよ!新津ですよ。着いたんですよ!」
高浜の身体を揺する、駅員の声がした。
ビールを飲み過ぎて眠っていたのだ。でも、温泉で1泊より、幸せな1泊の旅をした思いだった。横を見ると何故か…、京唐草模様の弁当包みがあった。
「よし、明日もがんばるぞ」と、高浜は起ちあがった。
了
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