第3話
「隣の娘さんは感心だね。昼は学校に行って夜は仕事を手伝って…」
「ええ、母親と爺様と3人で暮らしていたんですが、あるとき男性の泊り客があってね、その男と志乃さん、母親の名前は志乃さんと云うのですが、それは、それは綺麗な人でしたよ。一緒に出て行ってしまいました。それからあの子は手伝っているのです。あの子の父親はあの子が幼い時に亡くなったんですよ。爺様と二人きり…身内が行方知れず程心が痛むものはないですよ。生きてるのやら、死んでいるのやら、何時までも心配してね…」。〈女にも同じ思いがあるのだろうか〉
そして、「この町に来る人は元気になって帰るけど、この町から出て行った者は不幸になる…」と云った。
「寂しい駅前やけど、他に店はないんですか」
「ああ、旅館の並びにパン屋さんがありますよ。朝早くから若い夫婦がやってます。
それは美味しいパンですよ。コーヒーもいいですよ。ぜひ朝はパン屋さんに行って下さい」
「店はそれだけですか?」
「お客さん一泊でしょう。泊まって、お酒を飲んで、朝はパンとコーヒー、それで十分じゃないですか」
「そうだね…」
「映画の『駅』は女が身の上話をするんでした?」
「さー、細かいことは忘れたけど、聞きたいね」
「そうね、せっかく高倉健が来たんだから…」と笑って、話し出した。
身に包まされる話だったが、途中で〈あれっと〉思った。途中、列車の中で読んだ本と同じなのだ。本をカウンターに出して表題を見せた。
「お客さんもこの本読んでいるの…でもね、この作者は私の話を勝手に使ったのよ」嘘っぽく笑った。
「もっと早く来ていたら、僕も本を出せたのにね」
それから、一緒に歌を歌った。
女は「函館の女」を歌った。生まれは函館だと語った。高浜は藤圭子の「新宿の女」を歌った。最後は「高校3年生」を合唱し、〈健さんと千恵子の高校3年生か〉と笑いあった。
「泊って行く…」
高浜はちょっと考えたが…、
「帰れなくなったらいかんので、旅館で寝るよ」と答えた。
「そうね…帰らんといけない所があるのよね」と女は云った。
表に出た。満天の星空だった。
旅館の鍵はかけられていなかった。
2階の廊下で女性とすれ違った。向こうから軽く会釈をされたので、高浜も軽く頭を下げた。廊下の行灯の下で見たのだが、綺麗な女性だった。自分の後での客かと思った。
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