第2話

「お宿」と書いた行灯が看板代わりに玄関先に出されていた。 「お願いしますと」ガラス戸を開けると、女中さんらしき若い娘が「いらっしゃいませ」と出てきた。 「泊れますか」 「はい、結構です」と2階の部屋に案内された。

 小さな旅館で、古いが造りはしっかりしていた。静かだった。  絣(かすり)の着物を着ていた娘がお茶を持って部屋に入って来た。 「爺様とやっているのですが、あいにく風邪を引いて寝ていて挨拶に出れません。すいません」と頭を下げたので、「いやいや、構いません。お大事になさって下さい」と答えた。 二人でここをやっていて、昼は高校に行っていると娘は語った。

「どこかお酒の飲める所はありますか?」と尋ねた。この家を曲がった所に1軒あると云う。 「綺麗な女の人ですよ。刺身が新鮮です」と娘は言葉を添えた。 「風呂を浴びてから出かける」と云うと、「玄関は鍵を開けておきます」と答えた。  丹前をはおり、下駄をひっかけて出た。駅のぼんやりした電気も消え、外は漆黒の闇夜であった。暗闇の夜を体感するのは久しくなかった。


 出てすぐに『飲み処』と書いた提灯が下がって、間口のせまい店があった。 「飲ませて貰うよ」と引き戸を引いた。 「いらっしゃいませ」と澄んだ女の声がして、他に客はいなかった。 「お酒、癇をしてね」もうビールはよかった。

「熱いのにします?ぬるいの…」と訊いて来たので、 「ぬるいのでいいや」と答えた。  女は30半ばぐらいだろうか、地味目な縞柄の着物の上に割烹着をつけていた。 旅館の娘が綺麗な人と云ったが、あまり目立たない静かな綺麗さであった。 「なんだか間違ったところに来たみたいで…」と云うと、

「たまにそんなお客さんが来られるのですよ」、酒を注ぎながら女は云った。

「おかしいな?たしかに支線は無いはずだがどうしてだろう?」と云うと

「この支線は廃線になったのですが、ときどき間違って入って来るのです」

「間違ってね…で明日の列車はあるの?」

「来た列車があります」と女。

「女将さん、一杯どうですか」と勧めると、女はコップを出したので、高浜もコップ酒に替えた。

「おねえさんは、倍賞千恵子に似てません?」

「なら、お客さんは高倉健」

「全くの『駅・STATION』だね」

「肴はあぶったイカでいい?」

「いや、隣の娘さんが、刺身が新鮮だと云ってましたから、刺身」

「今は、日本海はイカがいいからイカしかないんですが…イカが」

「イカでいいですよ」

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