受けます!
目を覚ました時、そこは知らない天井があった。
人工的に作られたその天井は、白くやや煤けた年季を感じさせる。
けれども今まで自分が借りていた宿屋よりかは幾分かマシだ、そう、あの優しかったシスターに借りていた...
ーー早くここから逃げなさい
あの燃えていた村の残影が、あの美しかったシスターの幻聴が駆け走り、コナーは身を翻した。
そこには見知った少年、知らない青年、知らない一室、あとはやはり突然体を動かした反動がきた。
〜〜
息も絶え絶え、まともに戦うことのできない状態で魔族との遭遇も無く森を出られたのは正に奇跡。
ナイトは虫の息のコナーを背負って眼下に広がる街に向かって丘を下り、吹き抜ける草原の風が二人を攫う。
コナーは微睡みに浸って動かない。
ぐったりと全身という全身から脱力し、自重の全てを背負う少年に預け、それでも一見死んでいるようなこの状態も、肩越しに聞こえる安らかな寝息が存命を証明する。
心細くないと言ったらそれは嘘。
ナイトという少年にとって外の街とは未曾有の世界、まだ知らない未知に溢れた世界なのだ。
知らないものばかり、知らない人ばかり、知らない夢ばかり、
知らなすぎる世界をたった一人で渡り歩くなんて考えただけでも怖気が立つ。
でもそんなことは言っていられない。
背中には今も血を滲ませて苦痛に蝕まれている友がいるんだ、恐怖なんて無用で無駄な無価値の体のいい妄想。
何よりも今は友の治療が最優先事項。
ナイトは街の入り口らしいところへ足早に振動を与えないように向かった。
〜〜
「いっ、たぁぁぁぁっ!!」
「お、おいこらコナー!いきなりそんな動くんじゃねぇよ、お前は怪我人なんだぞ!?」
とある一室で悲痛な叫び声が上がり、それを叱咤する又しても叫び声が上がる。
静寂に包まれていた個室、あるいは病室は一人の少年の目覚めとともに一瞬にして囂囂たる空間に成り代わっていた。
「おいおい、何じゃいあんた、思ってたより元気じゃねぇですか、心配したこっちが無駄だったみてぇやんか」
そんな二人の空気に割って入る一人の声。
特徴的で方言なのか変わった語句を使うその口調は違和感に塗れながらも好感を持てる。
コナーは声に誘導されるがまま視線を動かすと、そこには部分装甲に身を包む青年が立っていた。
外見と声の高さから年齢は恐らく弱冠と言ったところ。
艶やかな長髪は済んだ青色をしており、それを後ろで括ることによってまるで川の比喩表現のようですらある。
また、部分装甲の隙間からでも伺えるその筋肉質な体、何かしらの肉体労働をやっているのだろう。
顔はーー簡単に言うとイケメン。
そこら辺の女子ならすぐにでも飛びつきそうな弩級の高身長美男子だ。
そんな完璧そうに見える青年でも、その屈託のない笑みと良く言えば個性的な口調から意外と親近感が湧くものだ。
と、そんな事はどうでもいい。
今欲しいのはそんな視界頼りの情報じゃない。
「ーーっ、あんたは誰だ、それにここはどこだ、簡潔に言え」
「おうおう、そんな焦んなじゃ、おまんは怪我人、俺はそれを助けた良い人、そしてここはおまんの為の病室って事じゃ、どうじゃ、理解できたんか?否か?」
「ナイト、こいつの言っているのは本当なのか?」
「ああ、本当だよ」
痛みに悶えながらも、青年を睨みつけて質問と言うよりも脅迫するコナー。
全く動じず淡々と答えを返していく青年。
二人の台本に書かれていたかのような無機質な問答があったあと、結局は最後の真偽の確認を友であるナイトに委ね、そこでようやく納得することとなった。
青年はそのコナーの人間不信さ、正確に言えばナイトには完全に心を開いているので完璧な人間不信とは言えないが、そんな彼に嘆息する。
「ところで、おまんたちはこれからどうすんじゃ?怪我が治るんではここで面倒見てやれるじゃが、飯はでねぇぜ、おまんたちで稼ぐしかねぇじゃ」
「それなら僕が働きます」
「ーーちょっ、まっ!?ーーいったぁぁぁぁぁ!?」
「こらコナー!だか動くなって!」
宿ありで飯なしという条件を出してきた青年、そして彼が問う今後の方針にナイトは躊躇なく僕が働くと答えた。
そのあまりに流れに乗りすぎた返事に一拍遅れてコナーが突っ込もうとするが、又しても動きの代償として痛みが振り込まれ、又してもナイトの禁止の叫びが飛ぶ。
「はあ、はあ、ナイト、お前本気で言ってんのか?俺たちは村を出たばっかでまだ右も左も分かんねえ状態なんだ、お前一人で、どうにかなるはずねぇよ、だから俺も一緒に...」
「そのことじゃったら、俺に任してん」
痛みを押し殺しながらナイトの選択の危険性を説くコナー。
確かにナイトもコナーも無知に等しく自分たちの村以外は何も知らない。
結果二人無知が集まったところで無知は無知なのだが、一人よりかは幾分かマシなはず、ということを最後まで言おうとしたのを青年は言葉半ばで断ち切った。
そして彼が口にしたのは大丈夫だという安堵をもたらす言葉だった。
「俺は見たん通り冒険者なんじゃい、おまんが働くってんならいくらんでも仕事をやっぞ」
「ぼ、冒険者!?つ、つまり迷宮に潜って財宝を探したり、ロードを倒したりするってことですか!?」
青年の口から冒険者という言葉が出た瞬間からナイトの表情が一変、餌を目の前にした飼い犬のように目を光らせている。
青年はナイトの変わりように少しばかりと言わずかなり戸惑っている。
彼の中で冒険者とは夢でありその行為は幻想を求める最高の在り方。
端的に言えば憧れだ。
憧れの存在が目の前にいるとあらば興奮するのも至極当然。
けれども返ってきたのはやはり期待していたものとは違っていた。
「あ、ああ、確かにしはするんが、おまんたちにはまだそんなんやれんじゃい。おまんたちは鉱山の開拓やら薬草の採集なんかじゃ」
「...あ、そう」
「あからさまに態度が変わりよんな」
ナイトは思っていたことと違う内容であったことにひどく興味を亡くした。
それもそのはず、冒険者なのは青年であってナイトはただの少年、冒険者ではないから冒険者の仕事ができないのは当たり前だ。
「どうした、結局おまんは仕事を受けるんか受けないんか、どうするんか?否か?」
愚問だった。答えはとうに決まっていた。
確かに冒険者の仕事ができないというのは少しばかりショックを受けたが、ナイトの中でこの後どうするかは不変の決定があった。
一瞬コナーの方を見て、微笑んだ。
「もちろん受けます」
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