僕が隣にいるから

 ーーどうしてこうも、俺の人生は絶望に満ちているのだろう。


 茫洋とする思考の中、少年は己の人生を見つめていた。


 ーー早くから両親を亡くし、孤独を味わい、差し伸べられた手に救われ、受け入れてくれた村で幸せながら怯えた毎日。

 そして、そんな親切な村すらも失って、もう何が残っているのだろうか。


 きっとこれは罪なのだ、 逃れられない運命なのだ。

 罪に諦めた運命、運命に降伏した罪、当然の報いなんだ。

 コナーという少年には幸せになる資格なんて無いのだから。





 〜〜





 片目に差し込んでくる光に、一瞬目を開けられなかった。

 視界全体が白い輝きで染められ、何も見えないそのいっそ神々しさすら感じる眩さにーーああ、俺は死んだのか、と思い耽る。


 そういった死を実感する環境の中で、体に痛みは残るのだろうか、少なくともコナーには痛覚が機能している。

 初めは右腕の小さなものだった、それが徐々に徐々に張り巡って転移していき、今では全身が痛む。


 嗅覚もある、漂う湿った土と草や木々の野生の匂いがする。

 聴覚もある、吹き抜ける風の音や鳥たちの囀りが聞こえる。


 ーー不思議なものだ、死んだというのにこうも生きている時と同じ感覚を味わえるなんて、まるで世界が死を否定して、生を肯定しているかの様に。




 光に順応した瞳孔は小さく窄み、有るべき世界を映し出し、刹那の瞬間に思考が塗り替えられる。


 ーーコナーは生きている。

 眼前に広がる緑の森、その奥に青く澄み渡る青空、羽根を休めて鳴く鳥、地面を這い蹲る虫、危険から身を隠す小動物、魔族の気配は無い、その全てがコナーという少年の存命を証明する。


 ーーそれがどうした。

 死んでいない、生きているのならば逃げなければならない。

 たとえ魔族の姿が見えなくても、シスターの言葉に従い、もっと遠くに、村からもっと遠くに、あの少年を連れて遠くに遠くに逃げなければいけない。


 そんな強迫観念が彼を動かす、が少し動いただけで身体中が痛み、意識が朦朧とする。

 それでも先に進まないと、少年と一緒に逃げないと、そんな狂気が湧き上がって、湧き上がって。





「こ、コナー!だめだ今動いたら傷口が開く、大人しく...」


「......」





 無理に動いたことによりコナーの体にはより一層の血が滲んでいる。

 そんな無茶を止めるのは友としての責務、近くに腰を下ろして休んでいたナイトは、安静にするように呼びかけるが、彼は止まってくれない。

 まるで声が届いていないかのように、無視しているかのようにナイトの元に近寄ってきて、その震える手で肩を掴み、震える唇で弱々しい言葉を紡ぐ。





「だめだ、駄目なんだ、ここで止まったら...もっと遠くに逃げないと、村から離れないと...」


「一体、何があったっていうんだ...」


「いいから、今は逃げるんだ」





 肩を掴む手に力が込められる。

 でもそれはとても弱く、力を込めればすぐに壊れてしまいそうに儚く脆く、振りほどけてしまいそうで。





「ーーはあ、まったく君ってやつは、僕は君が何をそんなに背負っているのかわからない。」





 満身創痍のコナーの目が見開かれる。

 そんな言葉が、一番の理解者であると思っていたナイトの口から聞くことがあるなんて思っても見なかった。


 今まで自分の救いであった少年に突き放されたように、大切な存在が遠くに行ってしまうような、そんな気がして、自分の罪を露呈されたような気がして、

 手が震える、視界が揺らぐ、今まで築いてきた過程が崩れる。


 ーーけれども、そんなのは自分が作り出した虚構に過ぎない。





「ーーでも、困っているバカを助けるのは友達として当然の責務だろ」





 何も知らない少年が、友を裏切るなんて可能性は微塵もあり得なかった。

 そんな選択肢が、少年の中に存在しないことを忘れてしまっていた。





「今のお前は明らかにおかしい。だから助けてやるよ。何かあったら言え、一人で抱え込むんじゃない、辛いこと、悲しいこと、嬉しかったことも楽しかったことも、全て分け合うんだ。お前の隣にはいつも僕がいるんだからさ。」





 少年は少年の体を背負い、少年は少年の背中に身を委ね、十五歳になった朝の森を静かに歩き始める。


 もしかしたら、コナーという少年の中にはまだ固く施錠された『心の鍵』があったのかもしれない。

 だからこんなにも、あの時のように視界がぼやけるのだろうか。

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